【新年創刊特別号】《記者コラム》22年大統領選を占う=ボルソナロ再選、それともルーラ再登板か?

 2022年のブラジルにとって最も重要なものといえば、独立200周年という大きな節目を祝うこと以外では、間違いなく10月に行われる大統領選挙だ。2018年に大騒動の末に生まれた極右大統領ボルソナロ氏(自由党・PL)は、これまでの3年の任期の中、物議をかもす言動の連続で国内のみならず、全世界的に騒動を巻き起こしてきた。今回の選挙でそれが終わるのか、あるいは続くことになるのか。それを占ってみたいと思う。

ボルソナロは過半数の支持を得られるか?

前回の大統領選キャンペーン中、腹部を刺される事件が起きたボルソナロ氏(patrocinio online, , via Wikimedia Commons)

 まず、今回の選挙でボルソナロ氏が再選するかどうかだが、現状ではかなり厳しいと言わざるをえない。それは同氏が、前回選挙時に国民が期待したものに応えたとは言いがたく、すでに支持率を大きく下げ、拒絶率を過半数にまで高めてしまっているためだ。
 中でも深刻なのはコロナ対策での失政だ。社会的隔離への反対を煽って、それを信じた自分の支持者たちを重症、最悪の場合は死に至らしめた。さらに、医学的な効果がないとされるクロロキンを推奨し、ワクチン対策でも遅れをとった。その結果、コロナ死者は世界第2位の60万人台だ。
 さらに「フェイクニュース」の問題がある。そもそもボルソナロ氏自身が、ツイッターやフェイスブックで虚報を拡散したとして、何度も投稿削除処分を受けている。それだけでなく、次男カルロス氏も連邦政府内の「憎悪部隊」と呼ばれる、ネット上で政敵やコロナに関する虚報の拡散活動を行う秘密チームのリーダー格と目されている。
 こんなことは過去の大統領では前代未聞だが、彼らを中心に大統領のほかの息子たちや家来のような政治家たち、親密な極右ジャーナリストたちがこぞって最高裁のフェイクニュース捜査の対象となり、信用を落としている。彼らを中心に行われた連邦議会・最高裁に反抗する「反民主主義デモ」も国民の大多数に不評だった。
 これに加え、国際的にはボルソナロ政権が推進したアマゾンでの森林伐採が批判の対象になり続け、とりわけフランスをはじめとした欧州各国に悪印象を残した。
 こうしたことが重なり、ボルソナロ氏の過激な極右路線に反発した中道右派的な支持層が去った。とりわけ、同氏が大統領に就くことで新自由主義型経済モデルで経済成長を願っていた財界の支持を失ったのが痛かった。現在のボルソナロ氏は世論調査の支持率で2割割れ、不支持率で6割到達が恐れられるまでになっている。

「何も起こらなければルーラ圧勝」だが

大統領時代のルーラ氏(Ricardo Stuckert/Presidência da República, via Wikimedia Commons)

 ボルソナロ氏が支持率を急落させる中、世論調査で好調なのがルーラ元大統領(労働者党・PT)だ。現時点ではどの調査でも支持率は40%を超えており、決選投票のシミュレーションでも他の候補に10ポイント以上の差をつけて勝つとされている状態だ。
 ルーラ氏に問題があるとすれば「無事に選挙に出られるかどうか」。すべてはここにかかっている。前回2018年は支持率で圧倒的にトップながら、ラヴァ・ジャット作戦で2審の有罪判決を受け、「フィッシャ・リンパ法適用で出馬を断念」で終わっていた。
 今回に関しては、すでにラヴァ・ジャットでの有罪も完全に無効となっており、やりなおしとなる同件の裁判が選挙期間に入る7月までに出馬禁止対象の「2審有罪」となることは不可能だ。それどころか検察側は再審の起訴さえ起こそうとしていない。
 ルーラ氏のラヴァ・ジャット裁判での無効を最高裁で決めたのも21年4月で、判事投票も8対3の圧勝だった。この件の最高裁での再審理が起こることも考え難い。
 だが、ここ10年、やたらと政変ドラマには事欠かないブラジル政界だ。いざ選挙がはじまってみるまでは何もわからない。
 76歳と高齢のルーラ氏が突如、健康を害したりしないか。また、熱狂的な支持と同時に根強いアンチも少なくない同氏のこと。元大統領の再就任を疎ましく思う暴漢が出現することも決して考えられないことではない。実際、2018年の大統領選ではボルソナロ氏の刺傷事件も起こっている。
 また、2021年1月6日の米国でのバイデン氏大統領承認直前のトランプ支持派による連邦議会襲撃事件に象徴されるように、極右政治家が絡む選挙では国際的に不穏な空気も漂っている。民主主義を裏切るような由々しき事態が起きるのでは―という懸念は残る。

モロとボルソナロの票の奪い合いに注目

セルジオ・モロ氏(CCJ – Comissão de Constituição, Justiça e Cidadania, via Wikimedia Commons)

 ボルソナロ氏とルーラ氏の争いの前に、ボルソナロ氏がセルジオ・モロ氏(ポデモス)を抑え込めるかにも注目が集まっている。モロ氏の場合、ラヴァ・ジャット作戦の元判事で、ルーラ氏に有罪判決を与えた人物である手前、ルーラ氏への票にはほぼ影響しない。
 だがモロ氏は、初期ボルソナロ政権の看板大臣(法相)であり、ラヴァ・ジャット判事時代から国民にとって「反PTの英雄」だったことから、ボルソナロ氏の票を食うことは十分に考えられる。
 とりわけ、PT政権時代に起きた2013年のサッカーのコンフェデ杯の時期の長期マニフェスタソンや、翌年からのラヴァ・ジャット作戦で政治意識に火がついた人たちは、「汚職を許さない」ということに敏感であると思われる。
 そうした人たちにとって、ボルソナロ一家が抱え続けている、親類を議員事務所に登録してその給料をほぼ全額ピンハネしていたとされる「ラシャジーニャ疑惑」は許し難いものであり、そういう人たちこそモロ氏に向かう傾向が強いだろう。
 ましてや、モロ氏が法相を辞任した理由が、ボルソナロ氏がラシャジーニャの渦中にあった長男フラヴィオ上議の捜査への介入を狙ったものとされているからなおさらのことだろう。
 ルーラ氏との戦いの前に、モロ氏との戦いを制さなければボルソナロ氏に勝ち目はないだろう。

チャンスがないわけではない他の候補

 現状ではルーラ、ボルソナロ、モロの3氏が注目されている大統領選だが、他の候補にもチャンスがないわけではない。
 2018年大統領選3位のシロ・ゴメス氏(民主労働党・PDT)は、ルーラ氏にもしものことがあった場合の左派票を取り込める可能性が十分ある。ルーラ氏が万が一出馬できなくなるようなことがあれば、PTは2018年同様、同選挙で次点だったフェルナンド・ハダジ氏を擁立する可能性があるが、そうなる展開は果たしてあるのか。
 また、18年大統領選での惨敗からの復活を狙いたい民主社会党(PSDB)は、ジョアン・ドリア・サンパウロ州知事の勝利に賭けている。現状での世論調査の人気は決して高いとは言えないが、政治経験が少ないモロ氏を副候補にして自分が正候補になるよう画策中などの説が浮上している。それがもし実現すれば、ドリア氏の勝利も不可能ではない。
 あと、勝利にまでこぎつけることは考え難いが、今回の選挙で現時点で唯一の女性候補、シモーネ・テベテ上議(民主運動・MDB)が、これから先の大統領選を視野に入れてどれくらい自分をアピールできるかも注目される。テベテ氏は上院でのコロナ禍での議会調査委員会(CPI)での鋭い質問で世間から高い注目を集めた。弁舌がうまいことは政界屈指なだけに、討論会で注目されたりすると、今後のステップアップにつながるはずだ。

ボルソナロが乗り越えないとならないもうひとつの課題

アレッシャンドレ・デ・モラエス最高裁判事(Fabio Rodrigues Pozzebom/Agência Brasil, via Wikimedia Commons)

 こうした対立候補との戦いも見もののボルソナロ氏だが、もうひとつ乗り越えるべき壁がある。それは高等選挙裁判所の存在だ。
 なぜなら、2018年の大統領選では、一次投票前にボルソナロ氏の陣営がワッツアップを使って大量に拡散した、フェルナンド・ハダジ氏に対するフェイクニュースにより、ボルソナロ氏が有利になったという疑惑が発生直後から指摘されて問題になったからだ。
 この件で罪を問われることは回避したボルソナロ氏だが、次期大統領選の際には選挙高裁長官になっている見込みのアレッシャンドレ・デ・モラエス最高裁判事は、すでに「今度同じことがあったら今度は選挙法違反だ」と事前に釘を刺している。
 モラエス判事は、コロナ禍における隔離政策の判断をボルソナロ大統領でなく州知事や市長にすることを命じ、さらにボルソナロ氏をフェイクニュース捜査の捜査対象に含めた、ボルソナロ氏にとっては因縁の相手だ。
 今回の選挙もすんなり進むとは思えない。ボルソナロ氏と同判事の激突も、今回の選挙の見どころの一つになるだろう。(陽)

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