記者コラム「海岸山脈」=クーデターより怖い選挙独裁主義=気付かぬうちに非民主主義国家に?!

フラヴィオ「父はクーデターを勧められた」

2021年9月7日、サンパウロ市パウリスタ大通りを埋めた支持者を前に演説するボルソナロ大統領(Foto: Isac Nóbrega/PR)

 21年12月17日付エスタード紙は《フラヴィオ・ボルソナロは「父はクーデターを起こすようにアドバイスされた」と告白》と報じている(https://politica.estadao.com.br/noticias/geral,flavio-bolsonaro-jair-golpe-7-setembro-entrevista,70003929115)。
 これは昨年9月7日のブラジル独立記念日当日にピークを迎えた、大統領によるクーデター呼びかけの動きの裏幕に関して、ジャーナリストのダヴィ・マデイロス氏が報じた記事だ。
 昨年、最高裁のアレシャンドレ・デ・モラエス判事が大統領やその家族や支援者を容疑者とする捜査を始め、ルイス・ロベルト・バローゾ同判事は印刷付投票に関して大統領の方針に真っ向から反する判断を出した。
 それに反発して感情的になったボルソナロ支持者の反最高裁運動の高まりを受け、大統領がクーデターを煽るという前代未聞の騒ぎを起こした。
 同記事中、大統領長男のフラヴィオ上議はこう語っている。《「大統領はもう屈服すべきではない、最高裁は限界を超えた、もう終わりだ、と言っているアドバイザーがいた」と、このアドバイザーが誰であるかは明らかにせずに、上院議員は語った。
「もし大統領がこの人たちの思い通りになったら、ここに独裁者が誕生することになる。しかし、それは父のプロフィールではない」と付け加えた》
 ニッケイ新聞21年9月7日付《記者コラム》「常にある軍事クーデターの危険性=自作自演で議会や最高裁乱入か」には、当時の大統領の発言が《我々は憲法の4行から外れる必要はない。そこには我々の必要な全てがある。だが、誰かがこの4行から外れたことをしたいなら、我々も同じことができることを示してやる》と要約されている。
 最高裁など「司法」、連邦政府「行政」、上下両院「立法」の3権が不調和状態に陥ったとき、軍が「調停力」(poder moderador)として政変を起こして政権を握ることを憲法が認めているとボルソナロ氏や軍は解釈している。そのことが「憲法の4行」という言葉に込められている。
 最終的に、テーメル前大統領が仲裁役を買って出て、大統領とモラエス判事を電話で直接対話させ、同9月9日に「国民への宣言」という大統領の反省文を公表させて問題を納めたことは記憶に新しい。
 これ以降、大統領は「クーデターによる独裁化を夢みる」という火遊びを辞めて舵を切り直し、セントロンと二人三脚状態になっていった流れだ。

オラーヴォ「大統領選はすでに負け戦だ」

ブラジル新右翼の教祖と呼ばれ、105万人のフォロアーを抱える極右思想家オラーヴォ・デ・カルヴァーリョのユーチューブ・チャンネル

 このアドバイザーが誰であるかは分からない。だが、可能性のある人物の一人は〝ボルソナロのグル(師匠)〟極右思想家オラーヴォ・デ・カルヴァーリョだ。
 興味深いことに、オラーヴォは冒頭のフラヴィオの記事が出た3日後、20日に同じエスタード紙の取材に応じ、本年の大統領選に関して《すでに負け戦だ》と断言し、大統領には将来がないと突き放す発言をしている。「クーデターを勧めた」ことを暗にバラされて腹を立て、縁を切ったかのようなタイミングだ。
 オラーヴォは続けて《ブラジルは大変なことになる。馬鹿な期待をするなと言っている。再選の可能性はあるが、非常に低い》と発言をした(https://politica.estadao.com.br/noticias/geral,olavo-carvalho-jair-bolsonaro-conserva-talk-usado-briga-perdida,70003932390)。
 〝グル〟の呼称に関しても《それは全くの嘘だ。私は人生で4回彼と話をしたが、彼は私の本を全部読んだかどうか疑問。私の大統領への影響力はゼロだ》と距離を置くように語った。
 実際、オラーヴョが指名して送り込んだ閣僚は次々に問題発言で辞めさせられ、大統領は守らなかった。〝グル〟は一昨年11月、ボルソナロに「最も忠実な友人たちを守らないなら辞任すべきだ」とまで強く批判していた。
 彼は大統領がブラジルの右派を代表するような存在になるという考えも否定した。《ブラジルでは共産主義者か中立か、二つしかない。右も左もない。どちらでもないボルソナリズムがあるだけ》と結論づけた。つまり、極右勢力からはボルソナロは右ですらない。
 彼が送り込んだ右派政治家は辞任に追い込まれ、大統領はクーデター騒ぎでも不発に終わり、右左とは関係のない実利主義集団セントロンの傘下に下ったことに幻滅して「今年すでに負け戦」と見ている。

民主主義国が少数派に転落した世界の現実

東洋経済サイト21年6月30日付《もはや民主主義国が少数派に転落した世界の現実》

 実は、たとえ大統領がクーデターを諦めたとしても、ブラジルを独裁主義国家に変える道は残されている。「民主主義国家が権威主義国家に変わるのにクーデターはいらない」「国民は変わったことすら気付かない可能性がある」という記事が昨年来、散見されるようになったからだ。
 例えば、東洋経済サイト21年6月30日付《もはや民主主義国が少数派に転落した世界の現実》(https://toyokeizai.net/articles/-/437423)で薬師寺克行東洋大学教授は、次のように論じている。
《2019年、スウェーデンの調査機関V―Demは、世界の民主主義国・地域が87カ国であるのに対し、非民主主義国は92カ国となり、18年ぶりに非民主主義国が多数派になったという報告を発表した。その後も民主主義が勢いを盛り返してはいないばかりか、権威主義国家の台頭ぶりが目立っている》という非民主主義国群の台頭を警告している。
 その結果、香港民主化運動鎮圧に対する中国の動きに対して、国際機関の中で批判する国は少数しかいないのが現実だと言う。
《逆転現象は国際機関の場でも明らかになっている。国連の人権理事会は2020年6月、民主化運動の弾圧を目的とする中国の香港国家安全維持法を取り上げ、中国批判派と支持派が対立する事態となった。批判派は日本をはじめ27カ国だったのに対し、支持派は約2倍の50カ国だった。その多くが権威主義国家、独裁国家と呼ばれる国々であり、中国の一帯一路政策の恩恵に浴している国々だった》

世界で最も多い統治形態は選挙独裁主義

2019年度フリーダムハウス指標による独裁傾向の世界地図。南米ではベネズエラが「非自由(独裁)」、コロンビア、エクアドール、パラグアイ、ウルグアイが「半自由」、それ以外が「自由」(User:Sinus46, via Wikimedia Commons)

 ニューズウィーク誌日本版サイト21年3月23日《世界でもっとも多い統治形態は民主主義の理念を掲げる独裁国家だった》(https://www.newsweekjapan.jp/ichida/2021/03/post-22_1.php)と報じた。世界の国々の中で民主主義と独裁主義(権威主義)はほぼ拮抗しており、同じぐらい多いと言う。
 デンマークの民主主義指標V―Demでは《統治形態を自由民主主義(Liberal Democracy)、選挙民主主義(Electoral Democracy)、選挙独裁主義(Electoral Autocracy)、完全な独裁主義(Closed Autocracy)の4つに分けている。今回の調査で民主主義(自由民主主義、選挙民主主義)の人口は32%に減少した。世界の人口の3分の2が非民主主義の国で暮らしていることになる》と紹介している。
 つまり、選挙は実施しているが実質的な独裁主義国家「選挙独裁主義国」というのがあるのだ。
 同指標によれば、2000年代に入ってから選挙民主主義が減少して、入れ替わるように選挙独裁主義が増加している。その結果《現在もっとも多い統治形態は、選挙独裁主義で、62カ国、世界人口の43%となっている》という驚愕の調査結果が報告されている。
 例えば、ロシアは誰もがプーチン独裁だと認識しているが、形だけの選挙を実施している。これはお隣ベネズエラもまったく一緒だ。
 V―Demで、選挙民主主義から選挙独裁主義への移行パターンを次のように解説しているのを見て、ゾッとした。
(1)選挙によって政権を取る
(2)メディアと市民社会を弾圧する
(3)社会を分断する
(4)敵対者を貶める
(5)選挙をコントロールする
 すでにブラジルでも始まっている現象ではないか…。

右でも左でも起きえる選挙独裁主義

 指標となるのは、ネット世論操作や権力者による司法掌握などだ。
 ニューズウィーク日本版サイト20年10月7日付《ネット世論操作は怒りと混乱と分断で政権基盤を作る》(https://www.newsweekjapan.jp/ichida/2020/10/post-11_4.php)には恐ろしいことが書かれている。
 すでに中国やロシアで進められているネット世論操作や顔認証システムは、民主主義のはずのアメリカや日本でも導入の機運が高まっている。それに関して、次のような未来図を予測する。
《政権がやるという決断をすれば、ネット世論操作を行えば国民の支持を得て、批判勢力は顔認証システムで特定し、予測捜査ツールで犯罪者にすることが可能だ。批判する者や団体は、予測捜査ツールでテロリストあるいは犯罪者予備軍にして、監視対象にできる》
 ネット世論操作はブラジルでも行われいる。まだ顔認証は普及していないが、労働手帳デジタル化に顔認証を入れる動きがある。それに犯罪捜査に必要などの理由で一気に進む可能性はある。
 次の記述がもっともブラジルに関連する。《現代においては武装蜂起によるクーデターよりも、民主主義的プロセス(選挙)によって、非民主主義的指導者が選ばれ、非民主主義的体制へと移行してゆくことの方がはるかに多い。その際には政権基盤を盤石にするために次のことをする。
(1)不正を調査・処罰する権限をもつさまざまな機関(司法制度、法執行機関、諜報機関、税務機関、規制当局など)を抱き込む。司法や関係機関の人事への介入は代表的な方法。
(2)メディアの選別を行い、批判者を逮捕あるいは訴訟する。
(3)野党や政府を批判する実業家を攻撃する。
(4)文化人への抑圧》
 この(1)はまさにボルソナロによるスパイ機関ABINの掌握、法相や最高裁判事、連邦警察長官ら幹部任命など矢継ぎ早にこの3年間行われてきた。
 (2)は大統領によるグローボTV局やフォーリャ紙叩きと政府広告削減、反大統領派人気ユーチューバーへの捜査など思い当たる節がある。
 (3)の野党政治家攻撃は日常茶飯事だし、(4)もしかり。
 18年以降、この移行パターンが進んでいるように見えるのは、コラム子だけではないだろう。

もしメンサロン、LJ作戦が起きなかったら?

 知らないうちに、ブラジルも選挙独裁主義に変わるかもしれない。この動きが怖いのは、右でも左でも起きる点だ。
 もしもPT政権時代に、メンサロン事件が発覚せずにルーラが連邦議会の票を完全に掌握して好きな法案を通し、バラまき政策を繰り返して貧民層という最大の票田を掘り起こし続けていたら、PTは今頃、万年政権党になっていた。「ジルセウ官房長官はPT政権永続化計画を進めていた」という話は当時よく報じられた。
 当時のPTが、今のボルソナロがやっているような連邦検察庁や連邦警察の主要ポストや最高裁に自分の親派を送り込んでいたら、ラヴァ・ジャット作戦は始まらなかっただろう。
 現実にはメンサロン事件でPT幹部が罰され、ラヴァ・ジャット作戦の流れでルーラは前回大統領選の直前に逮捕されて勢いを失った。
 SNS選挙マーケティングによってネット世論操作をボルソナロが始めて勝利をおさめたから、PTは政権の座から降りた。PTがもう一回政権の座に上がれば、失敗から学び、次は〝もっと洗練された方法〟を試してくるだろう。
 今年の選挙活動を通して社会分断が進むのであれば、誰が勝っても要注意だ。(敬称略、深)

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