大半の人のチベットについての知識は「チベット問題」や「ダライ・ラマ」など、学校教科書に載っている程度だろう。チベットは中国の南西部、ネパールの北に位置し、現在は国ではなく、中国の「西藏自治区」として扱われている。人口は約700万人で、その殆どが仏教徒。ネパールとの国境にはヒマラヤ山脈が連なり、エベレストをはじめとする雄大な自然を有している。全世界に約15万人の「亡命者」が散住しており、ブラジルには3人のチベット人が住んでいるそうだ。そんな数少ない在ブラジルチベット人の方々の様子を知るため、昨年2月にニッケイ紙で連載した『サンパウロのアジア系住人の今④韓国編』以来のチベット編を連載する。(取材・文/大浦智子)
ブラジルのチベット人事情について、チベットハウスブラジル事務所のチーフ、ジグメ・ツェリンさん(55歳、インド出身)は「チベット人亡命者の大部分はインドとネパールに住んでいます。今ある情報によると、ブラジルには3人だけが暮らしています。ブラジル女性と結婚しているオギェン・シャキさん、ブラジル唯一のチベット人女性のタシ・ドルマさん。この2人はリオグランデドスール州に住んでいます。そして最後の1人はサンパウロ市に住む私です」と教えてくれた。
チベットに近しい在サンパウロ日本人
サンパウロ市在住の松浦弘智さん(51歳、茨城県生、ソフトウェアエンジニア)は、海外在住のチベット人を「『難民』として見ることができる」と独自の見解を持つ。日本では「亡命者(政治的理由で外国へ逃亡した人)」との印象があるチベット人を、世界が解決すべき「難民(様々な理由によって居住区域を強制的に追われた人々)」として捉える発想は、あまり馴染みがない。
2019年からブラジルで暮らす松浦さんは、かねてから世界の難民問題に興味を持っていた。
興味を持ったきっかけは、京都で難民のことを紹介するラジオ番組「難民ナウ!」を運営している宗田勝也さんと知り合ったこと。そして大谷大学(京都府)に職員として赴任していた時に、大学図書館のコンピュータシステムを整備する中で、チベット大蔵経関連資料など、膨大なチベットに関する資料が自らの職場にあることを知り、より興味を深めた。
大谷大学には、チベットから日本に帰化した先生やチベット文字のデジタル化の研究をしている人もいた。さらに、毎年、学生がインド研修でチベット人が多いブッダガヤを訪ね、日本でも一番チベットに近い大学にいるという認識を持つようになった。松浦さん自身、2007年に学生たちと一緒に仏教の歴史遺跡を学ぶために研修旅行へ参加した。
ブッダガヤに暮らすチベット人達は「外国から来た私から見ても『本来はここに居るべきでないのに仕方なく滞在している』という雰囲気だった」という。
そんな松浦さんが、チベットとは程遠いと思っていたブラジルに来て、思いがけず出会ったのが、チベット難民の心情を読んだ「テンジン・ツンドイ」の詩のポルトガル語翻訳だった。
松浦さんは、昨年5月にサンパウロ市在住のジゼル・ウォルコフさん(サンパウロ州出身、大学教授)が翻訳・発行した、インド在住のテンジン・ツンドイさん(Tenzin Tsundue、1975年、インド出身)による「テンジン・ツンドイ詩撰集(Poesia Selecionada de Tenzin Tsundue)」のデジタル化に協力したのだ。(つづく)