「仕事」「保育園運営」「ボランティア活動」を3本柱に、創業者として活躍する貴志(きし)マルシア光子(みつこ)の人となりを取材した。濃厚な地域密着をベースに日本とブラジル2国間の相互理解と関係強化に貢献をしている現状をレポートする。ブラジルへの母国愛をバックボーンに確かなリーダーシップを持つ日系経営者がいることを伝えたい。
太陽コーポレーションとマルシア光子
1995年に2度目の来日をしたマルシア光子(以下マルシア)。スーツケース一つで日系ブラジル人の就職先を開拓するために日本に来た。
日系ブラジル人のためになんとしても事業を成功させたいという強い気持ちで、仕事と子育ての両立をしながら一心不乱で働いた。そしていまその夢を実現させている。
その仕事の拠点は、静岡県、愛知県、群馬県といったデカセギ日系人の多い3県ではなく、首都圏への通勤圏にもなっている茨城県常総市(じょうそうし)に本社機能を置く。同県の南西部にあり東京都心から55キロ離れており、鉄道や車で約1時間弱だ。1996年から現在まで地域と一体化した市民目線の会社経営者として活躍している。
いま日本でも世界でも共通の悩みと課題になっているコロナ禍時代における太陽コーポレーショングループの対策は、「国のガイドラインに沿ってしっかり対応する」こと。
例えば送迎用バスは、飛沫対策用のビニールシート、乗車時アルコール消毒と検温、乗車席の間隔などで、事務所や来客者対応もガイドラインに沿った対策が講じられていることをまず伝えたい。
彼女が創業した太陽コーポレーション(1996年創業、現社名は2007年から)は人材派遣会社だ。創業以来、大手食品会社と提携し食品製造の請負を行っている。業務内容は、スーパーマーケットやコンビニエンスストア向けの食品(ピザ、肉団子、ハンバーガー、加工肉)などの生産。女性は製品準備とラインサービスを、男性はライン(生肉、ソースなど)の供給、製品の準備、包装などのサービスだ。
同社の強さについてマルシアは「創業以来、日本は3回の深刻な金融危機や大震災(1998年、2008年、2011年)を経験したが、それにもかかわらず、太陽コーポレーションは雇用が保証され一人の解雇者も出さなかった。
会社は堅実で力強く現在に至っている。日本経済の雇用調整弁として、ブラジルから日本への出稼ぎが始まった1980年代半ば以降、多くのデカセギ者は好景気の時は採用され不況になると解雇されるという何とも理不尽な役割をさせられてきた。その事実を検証すればその先見性と食品会社との業務提携という決断力は確かなものだったといえよう。
日本留学後、人材派遣会社設立
サンパウロで生まれて以来、祖母の生まれ故郷である日本がマルシアを呼んでいたような人生を歩んでいる。1990年から2年間日本留学し、帰国後に日系人向けの人材斡旋旅行会社を設立。当時の社名は太陽リクルートコーポレーション。この4年後に工場立地が多い現在の常総市に支店をつくり、以後、1997年から日本の代表的な大手食品会社の加工工場で生産ラインの一部を担当する請負業を行っている。
現在、社員と従業員数は、日系ブラジル人が231人、他の外国人が77人、日本人が55人と、当初の思いが実現している。
太陽コーポレーションの社名の由来が経営理念にもつながっている。それは、「私の名前にも入っている「光」、そしてすべての従業員が太陽のように光り輝き、温かい気持ちで働ける会社を目指す」という意味が込められている。
この言葉通り、それは従業員に対する手厚い福利厚生にも反映されている。ブラジルから初めての日本暮らしでも安心した生活ができるように従業員向けに働くための4つの職場環境が整っている。
「安定した就職先」では食品部門ほど安定かつ安心して働ける雇用職種が他に見当たらないこと。「職場まで往復無料の送迎バス」「太陽ディケア」は就学前の幼児を持つ家族を支援するために、生後6カ月から5歳までをケアする保育園を持っていること。「住まい」は送迎ラインに沿って、暖房器具、冷蔵庫、洗濯機、エアコンを備えたワンベットルーム、または2ベッドルームのアパートを用意している。
これらの充実した受け入れ態勢により同社では長期間働く従業員が多い。サンパウロに連絡事務所を設置しており、家族の安否確認も含めて従業員も安心だ。同時に会社経営の特徴は一つの家族というファミリー意識に支えられていることだ。
マルシアの考えを反映したアットホーム(家庭的)な社風を前提に、従業員と家族のような思いやりで真摯に対応し子供たちも健やかに成長できることにつなげる。取引先との関係でも、思いやり、約束ごとの尊守、相互理解に重点を置いており、相互信頼という盤石な関係を実現させている。
女性企業家としての苦労も
ここに至るまでの苦労話は、仕事上では「女性であるために日本人の取引先から信頼を得るのに時間がかかった」ことで、解決策は「お互いを理解することに努力した。相手が何を望んでいるか、それを実現するにはどう行動したらよいか、あらゆる努力をしてきた」。
日常生活では「子供が幼かったために仕事と子育ての両立が大変だった」こと。地域社会との関係では「日本文化を尊重し法律を守るといった物事を行うルールを知ることがとても大切」だと語った。
太陽コーポレーションはいま「日本とブラジルとの関係強化を進め、先端技術と資源である人材との統合化に努めながら創意工夫の事業展開を目指している」。そして決断力と実行力の経営者といわれるマルシアが参加している公的な加盟機関と団体は、2003年から「常総・つくばみらい地区適正雇用推進連絡協議会委員」、2005年から「コミュニティリーダー(委嘱者)」、2005年から「入国管理協会委員」、2008年から「自警団『太陽』会長」、2010年から「常総市商工会会員」と、日本の社会システムにがっちりと適応した経営者になっている。
ブラジル風パン屋さんを常総市内に開店
日本の大手食品会社との提携に加えて、地域のコミュニティ全体のためにブラジルのパンを独自に生産するPao de Casa Bakery(パンの家)を2013年から開店させている。市内在住者を中心に焼き立てのおいしさが受けている。
フランスパンやポン・デ・ケージョ(チーズパン)、ソーニョ(クリーム入り揚げパン)など、ブラジル風のパンやお菓子を扱うパン屋さんだ。菓子パンが35種、調理パン40種、惣菜5種と、多品目製造でお客様のニーズに応えている。
お客様からはおいしい焼き立てのパンが食べられると評判も良く価格もリーズナブルだ。店内でそのまま食べられ、ランチはもちろん朝の早い時間から近所の人たちが利用している。土曜、日曜などは家族で朝食を食べている。
使用する材料(小麦粉・水など)にこだわってパンを作っていることも、評判が良い理由の一つ。ブラジルの食文化を発信し続けて9年目に入り、日本とブラジルの友情と信頼づくりに大きく寄与している。
このパン屋開業の目的は「新しい分野での事業を開拓したいと考えていたところ、ブラジルの食文化を地元の消費者に直接販売することで、市場の反応もダイレクトに受けられる」というメリットがあることだった。
今後の事業展開についてマルシアは「店舗販売だけではなく、病院売店での販売、また高校の購買での販売もできるようになった」とパンの普及拡大に意欲を持って取り組んでいる。
たいよう保育園(企業主導型保育園)と教育
2001年に(主にブラジルから来た)従業員家族の子供が、言葉の教育が行き届かないため「日本のことを知らない」ことを是正する目的で「たいよう保育園」を開園した。教育が行き届くことで子供本人の将来の進路も明確になるという考えをもっている。
6年前からは企業主導型保育園(2016年から内閣府が開始した助成制度を利用し運営する保育園をいう)になり、特に以下の2点に特徴がある。第1点が「建築で使用される地元産木材という地域資源の活用とエコロジーな環境づくり」。
第2点が「新たなコミュニティの創出」。オーナーであるマルシアの企業で働く職員の多くが日系ブラジル人であることから、「地域のコミュニティと子どもたち、若い世代等との異文化交流の拠点ともなるよう、職員の子どもたちに加えて、近隣の子どもたちも積極的に受け入れる地域枠を設ける事にした」という。
さらに常総市は県内で外国人の働き手が最も多く住んでおり、日本の多文化共生社会の先進地域であるといえる。「外国人の子育ての環境を地域社会がどう受け入れていくのか、日本人と外国人といった人間関係の接点をどう構築して行くのか、新たな社会的価値を生み出す試み」として取り組んでいる。
同時に「学童クラブ」も充実している。従業員の子供たちが学校終了後から親が勤務を終える時間まで学童の仲間たちと一緒に宿題をしたり、国語、ポルトガル語、音楽、バレエなどを勉強しながら親の帰りを持つ。親も安心してその間仕事に集中でき、子供も寂しい思いをしなくてすむ。子供の親からは「自社で運営していることで安心して子供を預けることができる」と好評だ。
マルシアは子供たちの学力向上と社会常識の向上に並々ならぬ情熱と努力を捧げている。そしてこう語った。「日本で働く従業員の子供は言葉の教育が不十分なため日本語や日本を知らない子供が多く、それを少しでも理解できるようにさせていくことが大切だ。また日本で生まれた子供の多くはポルトガル語が不十分なまま帰国し母国に馴染めない問題もでている。将来の生活の軸足を日本に置くのか、ブラジルに置くのかで学習方法も異なってくるために言葉教育のジレンマがある」という。
ボランティアで地域の安全向上に取り組む
常総市内でなじみの有名人になったマルシアは2005年から常総署の協議会で外部有識者として「コミュニティリーダー(委嘱者)」の一人になっている。常総市の中で、ケアの相談などで外国人と地元とをつなぐ役割を果たしており、共生社会を生きるリーダーの一人でもある。
14年前の2008年に太陽コーポレーションとして従業員400人が参加し、自警団「太陽」を組織化し常総署の支持のもとに町中をパトロールして犯罪撲滅に取り組んでいる。当時こうした運動は全国的にも珍しく注目された。
こうした数々の功績が認められて、市役所や警察署などからの表彰状や感謝状が多数ある。同時に従業員による出退時の「パトロール中」とする車両のステッカー添付の行動も、地域社会や町内会から評価されている。さらに教育関係者とも小学生の登下校時の交通安全に賛同し、教職員と児童に関する情報交換も行っている。
マルシアの生き方と人材育成=「人のために尽くす」貫く
マルシアの人材育成における独自性は、「従業員個々の長所を見極めて得意なところや好きなことを伸ばしていく。またほとんどがブラジルからの夢や希望をもって日本に来ている人たちなので、その夢や希望を達成できるように、日本やブラジルでも成功できるように、可能な限りバックアップしている」ことだ。
同社の従業員定着率が同業他社と比べて高い理由について「家族でブラジルから来日し家族で働けるところでしょうか。子供さんを安心して預けられる保育園もあるし、同じ職場で家族が働ける点が定着率の高さにつながっていると思う」。
願いの一つは「創業当初から一緒に働いてくれた従業員が定年まで働くことができ、日本での年金受給資格を得て、安心して日本やブラジルで引退後の生活が出来ること」というマルシア。続けて「人は教育を受けることによって人生が変わる。物を与えるよりも知恵が極めて大事だ。知恵は財産と信じている」と人づくりの持論をのべた。
社員や従業員からみたマルシア評は、「厳しいことも話すがそれは結局従業員のことを考えて言っている」、「日頃から社会に貢献することを考えて行動されていると思う」、「創業期から子供2人を抱えて仕事との両立でやってこられたことは同じ女性として尊敬する」、「社長はリーダーシップ型でやりたいことは自分で決め周りの人を動かす力がある」、「強い、挑戦者、困っている従業員を助ける大きな心がある」などなど、磨き抜かれた経営者としての力量がある。
マルシア自身からみた自分評は、経営が成功し続けるキーポイントは「信念、情熱、チャレンジ」という。生きていく人生の3要素は「情熱、誠実、謙虚」の3点を挙げた。
さらに「子供の頃から人と同じことはしたくない。何か周りの皆とは違うことはないか、それを探し求め、見つけて、そしてチャレンジしてきた」と、少女期より確かな人生針路の道を実践自立で切り開いてきた。
少女時代に両親から教えられたことは、父からは「素直」、母からは「やりたいことを探して、やりたいことをやりなさい」だった。それがいまの人生にどう役立っているかを聞くと「日本での仕事をするきっかけであり、仕事を続けていく上での基礎になっていると思う」と率直に語った。
座右の銘は「実るほど 頭を垂れる 稲穂かな」と日本の精神文化も持っている。
個人としての自分らしさは「職業に関係なく、皆が平等な立場で、力を合わせて、人生を楽しむことが生きがい」という。
最後に日伯関係について持論を聞いた。「お互いの文化を守りつつ、お互いの文化を学び、良いところを取り入れながら、より強く、良好な関係を築くべきだと思う。よりよい関係を築くためには、お互いを知り、受け入れることだと信じている」と取材を結んだ。
茨城県常総市とは
常総市は2006年1月1日、水海道市と石下町の合併により誕生した。近年は田園都市づくりと工業開発や住宅地開発に取り組み、首都圏における生活拠点及び住宅地供給の役割も担う、利便性の高い快適で安心して暮らせる都市づくりを目指している(市の行政資料から抜粋)。学術都市(つくば市)に隣接しており、近い将来ロードピア(圏央道)ICに45haを用地とする「道の駅」の完成を計画中だ。
常総市市役所ホームページには、住民である外国人(茨城県内では最も高い市の人口比で9・5%を占め、44カ国の出身者5607人が住む、うちブラジル人は1934人)に対して、親切で丁寧、かつ分かりやすい説明で、住まいと暮らしの手引きが書かれている。全国の地方自治体でも多文化共生社会に対応している案内欄である「外国人(がいこくじん)のみなさまへ」(Gaikokujin no tameno Seikatsu Gaido Bukku)は大きく評価できよう。特に漢字全文にひらがなのルビをうっていたり、日本語、ポルトガル語、英語、タガログ語、ベトナム語、中国語、スペイン語と7カ国語に対応している立派なものだ。