チベット亡命政権代表部事務所は世界13カ国に存在し、通称チベットハウスと呼ばれている。活動目的は、チベット問題に関して正しい国際理解の形成を図り、チベットとの友好を促進し、文化交流を推進することである。ブラジル事務所は2016年3月、サンパウロ市ジャルジン地区(Al. Lorena, 349, Jd Paulista)に設立され、ラテンアメリカ全体での活動を管轄している。日本にも東京に事務所が存在する。
チベットハウス・ブラジルを訪れた際、施設案内をしてくれたシェリー・ボイルさんが「実は、チベットハウス・ブラジルの活動は日系人の方々に大きく支えられてきたのです」と教えてくれた。
チベットハウス・ブラジル設立以来、最高責任者を務めてきたのが小笹エリーザさん(53歳、サンパウロ州出身)だ。小笹さんがチベット文化に興味を持ったきっかけは、チベット仏教の持つ瞑想法からだった。小笹さんはサンパウロ連邦大学(UNIFESP)で、不安やうつ病の症状に対する瞑想と呼吸法の効果に関して研究を行い、博士号を取得した。
その後、米国に本部を持つ瞑想に関する非営利研究団体「マインド・アンド・ライフ・インスティテュート」のブラジルでの活動に参加するようになり、やがてダライ・ラマ14世が来伯する時のイベント実施の協力を行うまでに至った。そうした経歴が見込まれ、チベットハウス・ブラジルの開設時に最高責任者として招聘された。
小笹さんは「ブラジルでは、仏教やチベット文化に興味のある人を除いて、チベットについての認識は薄いと思います。ダライ・ラマの名前を聞いたことがあるくらいでしょう。それでも、ブラジルを4回訪問したダライ・ラマ14世は、いつも大変な歓迎を受けてきたため、ブラジルにチベットの文化と文明を学ぶための拠点を確立することが正しいと感じました」と事務所設立時のことを振り返る。
チベットハウス・ブラジルの設立には、サンパウロ市の教育系非営利団体「パラス・アテナ(Palas Athena)協会」も大きな役割を果たした。
同協会は「教育、健康、人権、環境、社会振興」の分野で様々なプロジェクトを実施。創設者はアルゼンチン人ジャーナリストのリア・ディスキンさん。ブラジル人僧侶のラマ・リンチェンさんらが運営に協力している。
ダライ・ラマ14世が来伯する際の準備で中心的役割を果たし、チベット人のツェワン・プンツォさん(チベットハウス・ブラジル初代チーフ、後に初代所長)とともにチベットハウス・ブラジルの設立の基礎を固めた。
チベットハウス・ブラジルでは、ブラジルの人々と「チベットの精神的および文化的遺産を促進し、その深い知恵と美しさを共有する」というミッションを掲げている。瞑想や絵画、映画、料理、その他チベット文化に関する講義や講座が行われ、コロナ禍となった現在は、オンラインで活動が続けられている。
オンラインでの活動内容は、チベット人僧侶や学者、医師、芸術家を招いてのチベット仏教や哲学、心理学に関する講座、チベット芸術に関するワークショップ、チベット料理に関する講習会などだ。
小笹さんは「チベット文化に関する施設はチベットハウス以外にも、チベット寺院がブラジル内に数カ所あります。最もよく知られているのは南大河州トレス・コロアスのカドロ・リン(Khadro Ling)寺院で、サンパウロ州にはコチアやカブレウーヴァにもラマ教寺院があります。残念ながらコロナ禍になってからは閉鎖されています。対面式のイベントを行っていた以前の状態に早く戻ってほしいです」と語った。
2020年初頭、所長のプンツォさんと交代でチベット人ジグメ・ツェリンさん(54歳)がインドから着任した。チベットハウス・ブラジルの活動が軌道に乗り始め、ジグメさんの指揮の下、新たなスタートを切ろうとした矢先、コロナ禍が起こり、ブラジル社会は未曾有の混乱状態となった。ジグメさんは当時を振り返り「ブラジルでの生活には想像以上の『孤独』が存在しました」と語った。(つづく、取材/執筆 大浦智子)