パスポート取得も狭き門
ツェリンさんは就労ビザを取得し、ブラジルに入国した。インド政府はチベット人難民にインド市民権とパスポートの発行を行っているが、官僚的な手続きが実質的な交付の妨げとなっており、パスポートの取得は狭き門となっている。また、一般にインドのチベット人難民は、ビザを取得するのが難しい。チベット人はインド人とは異なり、海外へ渡航するために、警察からの出国許可など多くの手続きを経なければいけないからだ。
孤独を救った仏教の知恵と日系人に感謝
ツェリンさんの母語はチベット語で、英語とヒンディー語も話すが、ポルトガル語は未知の言語だった。
「ブラジルに来た当初は、ポルトガル語を学ぶ機会も得られず、とても困りました。その様な中で、自習のできるオンラインクラスを提供してくれたのが、日系人の富松セリア先生で、とても親切にサポートしてくれました」という。ブラジルに来てからは想像していた以上に日系人との縁があったと振り返る。
「インドにはなかった孤独という状況の中で、チベット仏教の知恵やチベットハウスのビジョンが心の支えとなりました」という。自身の状況を照らし合わせながら、コロナ禍のストレスに対処できるよう、チベット仏教の心理学をオンライン講座でも取り入れるなど、前向きに活動した。
次世代によるチベット文化保護への希望
「チベット人とは、雪の降るチベット高原に属し、チベット語を話し、チベット料理を食べる人のことです。チベット人は、インドの暑い平原よりも、雪国に住むように遺伝的に備えられています。しかし、今では亡命中に異国で生まれた2世と3世のチベット人も多く、先の定義はもう当てはまらないかもしれません。新世代のチベット人は、国際化の波にうまく適応しながら、チベット文明を保護するために最善を尽くしています」と次世代チベット人の活躍に期待を寄せた。
「チベットは私の祖先の土地。住んだことは一度もありませんが、自分の家、国とは、何があっても大切な場所です。チベットからインドに亡命した私の両親も、避難先で生まれた私も、他のチベット人も、帰りたい場所はチベットです。私たちは夢と希望を決してあきらめません。願いが叶うまで、私たちは世界中でチベット文化を維持し、大切に継承し続けます」
心の故郷チベットに戻って生活するのが夢のツェリンさんだが、今はサンパウロ市のチベットハウスでの活動を通じて、人類普遍の兄弟愛と平和のメッセージを広めるという、ダライ・ラマ法王のビジョンをブラジルで果たすことに力を尽くす。(つづく、取材/執筆 大浦智子)