《記者コラム》なぜボルソナロはロシア訪問したのか=選挙時のサイバー攻撃依頼説が浮上⁈

ボルソナロ大統領とプーチン大統領が笑顔で握手する様子(Foto: Alan Santos/PR)

 16日、ボルソナロ大統領とプーチン大統領が仲良く握手する写真が世界中を駆け巡った。プーチン氏との会談を総括してボルソナロ氏は「完全な婚姻だ」(casamento perfeito)と賞賛した。プーチン氏も「ブラジルはラ米最大のパートナーだ」と持ち上げた。
 直前にプーチン氏と会談したマクロン仏大統領やショルツ独首相は、5メートル以上も離れた長いテーブル越しだったのに対し、ボルソナロ氏は隣り合って会談して握手までした。PCR検査の件も含めて、距離感の近さを感じさせる。
 それに対し、エスタード紙18日付には《ボルソナロとプーチン「ブラジルはまるで国際社会の逆側にいるようだ」と米国》(https://internacional.estadao.com.br/noticias/geral,brasil-parece-estar-do-lado-oposto-da-comunidade-internacional-dizem-eua-sobre-bolsonaro-e-putin,70003983779?utm_source=webpush_notificacao&utm_medium=webpush_notificacao&utm_campaign=webpush_notificacao)との米国からの批判が報じられた。
 これを見て、ブラジルの「風向きが変わった」印象を受けた。

エスタード紙18日付《ボルソナロとプーチン「ブラジルはまるで国際社会の逆側にいるようだ」と米国》

 同記事では、ホワイトハウスのジェン・サキ報道官は18日、《国際社会の大半が、他国に侵攻する行為へのヴィジョンを共有し、他国の土地に侵略してその国民を混乱させることはグローバルな価値観にそぐわないのに、ブラジルはまるで国際社会の逆側にいるようだ》と記者会見で述べたと言う。ホワイトハウスは訪ロ前から「今訪ロすれば、ウクライナ侵攻を是認することになる。止めるべきだ」と釘を刺していた。
 バイデン政権の米国を敵に回したことに関して、UOLサイト19日付のジャミル・シャデ氏のコラムは、《国際的な不信の的となっているボルソナロ氏は今週、自らの行動がもたらす結果を知った。ロシア訪問を強行したことで、ブラジルの大統領は追い詰められることになった。ボルソナロは、共和国の最も強固な機関の一つであるイタマラチィ(外務省)を3年間破壊し続けたことで、本質的に高い代償を払っている》(https://noticias.uol.com.br/colunas/jamil-chade/2022/02/19/amadorismo-e-ideologia-encurralam-bolsonaro-na-cena-internacional.htm)と非難。
 サキ報道官の言葉に対してボルソナロ大統領本人は、《的外れだ(extrapolações)》(https://www.cartacapital.com.br/politica/governo-brasileiro-rebate-eua-por-criticas-sobre-a-visita-de-bolsonaro-a-russia/)と反論した。明らかに米国とは一線を引いた言い方だ。
 米国の情報筋が「ウクライナ侵攻は2月16日か」と言っているまさにその日に、ブラジル大統領はロシア大統領と会談し、にこやかに連帯の意を表明し合った。威信に泥を塗られた米国大統領にとっては、さぞや腹立たしいことに違いない。
 コラム子の個人的な想像(妄想?)にすぎないかもしれないが、ボルソナロ氏がこの時期にロシアにわざわざ行ったのは、実は選挙対策だったのではないかと思えてきた。
 昨年8月から決まっていた訪ロ日程だとはいえ、今までほぼ外交をしてこなかった大統領が、様々な圧力を振り切ってまで行ったのには、自身の進退に関わるぐらいの重大な何かがあったように思えるからだ。

選挙高裁はロシアのサイバー攻撃脅威を認識

 前日15日にロシアが「部分的な軍の撤退」を発表し、緊張感がわずかに緩和した中で、両首脳の会談が行われた。ブラジル側で報道されている表向きの主要議題は、ロシアからの肥料安定供給を約束してもらうなど農業案件だった。
 だが、いくら農牧畜産族政治家が自分の主要な支持者とはいえ、米国を敵に回してまでして訪ロするだろうか。
 ボルソナロ本人が交渉したかったのは、10月の大統領選挙までの間、「自分の政敵であるルーラ候補やモロ候補の人気を落とすようなフェイクニュース拡散」「選挙高等裁(TSE)が誇るスーパーコンピュータとそのシステムをハッキングする」などのネット攻撃を依頼したかったのではという想像(妄想?)が湧いた。
 つまり、ボルソナロが以前から叫んでいる「2018年選挙で、私は第1次投票で勝っていた」という〝選挙不正疑惑〟を立証するようなハッキング事件を起こすように、プーチンに頼みに行ったのではないかという想像(妄想?)だ
 でも、これはコラム子だけの発想ではない。16日付UOLサイト記事《バローゾは電子投票へのロシアの支援を〝ユーモア番組〟のようだと揶揄した》(https://noticias.uol.com.br/politica/ultimas-noticias/2022/02/16/barroso-urnas-eletronicas-brasil-russia.htm)によれば、バローゾTSE長官はボルソナロ大統領がロシアに電子投票システムの安全性に関して支援を依頼することに関してジャーナリスト(Andreia Sadi)から質問され、「私に質問するより、(悪い冗談を扱う)ユーモア番組に向いているね。あなたは米国に尋ねるべきかもしれない。だって、米国議会はロシアによる選挙介入を捜査したところだから」と揶揄したと報じられている。
 米国議会は2016年の米国大統領選挙において、ロシアのサイバー攻撃がヒラリー陣営に打撃を与え、トランプを勝たせるように干渉したと結論づけたと報じられている。もちろん、ロシアは否定している。
 さらにバローゾ長官は同記事で《セイバーセキュリティという点では(ロシアの)専門分野は防御よりも攻撃の方ではないか》とも語った。
 バローゾ氏の後任として22日にTSE長官に就任するエジソン・ファキン氏も同記事の中で、ロシアによるサイバー攻撃の危険性を語っている。いわく《ロシアを含む様々なところからのサイバー攻撃に関して、様々な報告がでている。それには公共機関や民間団体もあり、マイクロソフトが昨年発表したものにはロシア発のサイバー攻撃は全体の58%を占めるとあった》とわざわざ語っている。
 これは、ロシア訪問の前後からボルソナロ大統領が、封印されていたはずの「印刷付電子投票の問題」「2018年選挙の不正疑惑」などを蒸し返し始めたことにも連動する。
 昨年この問題でボルソナロ氏は、印刷付電子投票に真っ向から反対するバローゾTSE長官や、ボルソナロ家や支援者を捜査対象とするフェイクニュース捜査を進めるアレシャンドレ・モラエス最高裁判事と激しく対立した。その不穏な騒ぎは昨年9月7日の独立記念日デモでは軍事クーデターを示唆して最高潮に達し、テメル前大統領の仲介でボルソナロ氏はいったん矛を納め、以来セントロンの言いなりになってこの問題を封印してきた経緯がある。
 セントロンとの約束を破ってこの問題を再燃させるからには、セントロンに変わるぐらいの別の後ろ盾ができたのではという想像が湧く。もちろん、ロシアだ

次男カルロスの謎の同行

16日、モスクワで開催されたロシア・ブラジル企業家懇談会でのカルロス・ボルソナロ氏(Palácio do Planalto from Brasilia, Brasil, via Wikimedia Commons)

 そこで鍵を握るのが、ボルソナロ家次男のカルロス氏だ。公式な肩書は単なる「リオ市議」にも関わらず、大統領訪問団に同行して、ブラジル・メディアから胡散臭がられている存在だ。知られている通り、カルロス氏は大統領府内にあると言われるネット秘密工作部隊「Gabinete do Ódio」を操っている人物で、今年の大統領選挙で父のSNS対策担当として挙動が注目されている。
 バローゾTSE長官や、10月選挙時のTSE長官のアレシャンドレ・モライス最高裁判事は、2018年選挙時のフェイクニュース不正疑惑は大目に見て罪は問わないが、「今度やったらただではすまない」と予告している。つまり国内では選挙時のフェイクニュース拡散はやりづらくなっている。そこでプロ中のプロであるロシアの〝専門家〟にそれを依頼するために今回、カルロス氏も同行したという説がでている。
 例えば、コレイオ・ブラジリエンセ紙17日付のヴィセンチ・ヌネス氏のコラム《ロシアでのカルロス・ボルソナロの秘密行動》(https://blogs.correiobraziliense.com.br/vicente/a-agenda-secreta-de-carlos-bolsonaro-na-russia/)には、こうある。

コレイオ・ブラジリエンセ紙17日付のヴィセンチ・ヌネス氏のコラム《ロシアでのカルロス・ボルソナロの秘密行動》

 《カルロス・ボルソナロは父の選挙活動のSNS担当だ。カルロスの全てのロシアでのスケジュールは、ネット秘密工作部隊一員であるテルシオ・アルナウジ大統領補佐官が決めている。彼は本隊よりも一足先にモスクワ入りしてお膳立てをしていた。ウクライナ侵攻の危機の中で、わざわざボルソナロが訪ロした主要目的は、政府や企業のシステムを攻撃するマフィアに直接に接触して、フェイクニュース拡散などの指令を出すことだと、TSEの判事には確信がある。連邦議会には、カルロス・ボルソナロの秘密行動の内容を公開する申請の動きがあるようだ。次男はけっして間違った人物には会わない。必ず父のいう通りにしているはずだ》

フェイクニュースの飛び交う選挙戦に

 ボルソナロ支持者の多くはロシア製SNS「テレグラム」を使っている。このアプリケーションはブラジルに支社や代表者がおらず、ブラジル司法が情報公開を命じても、ワッツアップやフェイスブックと違って公開拒否を続けている。司法関係者にとってやっかいな存在だ。
 SNSはボルソナロの選挙活動にとってなくてはならないものであり、トランプ元大統領の時のように問題発言によってアカウント凍結されたりすると困る。だから支持者との連絡手段の確保という意味でも、ロシアのハッカー筋との協力関係を深めるのは、選挙対策としては重要といえる。
 ロシアのサイバー攻撃によって、サイバーセキュリティがしっかりしていると言われる米国選挙ですら影響を受けた。ブラジルの選挙システムがいかに堅牢であっても、どこに抜け穴があるかは誰にも分からない。しかも政権内部からそれを誘導するのであれば、やりようはいくらでもあるだろう。
 ボルソナロ大統領が個人的に最も忌み嫌うモラエス氏がTSE長官になった直後、投票集計で使うスーパーコンピュータをロシアにハッキングしてもらって屈辱を味わわせるというアイデアもありそうだ。
 「共産主義嫌い」で知られるボルソナロ氏はモスクワで、共産党のために戦った無名兵士記念碑に献花した。ブラジルの政治家の大半には本質的に思想信条がないことを見事に証明した一例だ。
 ボルソナロ氏は多分、共産主義者のプーチンと意気投合したように、必要があれば中国の習近平とも手を組むに違いない。今回のハンガリー訪問では独裁的首相と「兄弟の契り」を交わした。ボルソナロ氏は、独裁的な政治体制を構築した政治家に惹かれる性向を持っているようだ。

ハンガリーのホロコースト博物館で「この歴史は繰り返されるかも」と問題発言したボルソナロ氏のことを報じるULサイト

 しかも17日、ボルソナロ氏はハンガリーのユダヤ人ホロコースト博物館を訪問した際、「この歴史は繰り返されるかも。もっとヒドイことすらも」と発言したと報じられている(https://noticias.uol.com.br/politica/ultimas-noticias/2022/02/18/bolsonaro-em-memorial-aos-judeus-historia-pode-se-repetir.htm)。
 ボルソナロ氏は元軍人で、プーチン氏は元KGBエリートで、どこか全体主義的な臭いが共通している。プーチン氏のように選挙をやりつつも事実上の独裁的体制を構築したノウハウは、ボルソナロ氏としては是非とも拝聴したいのではないかと想像される。
 どうやって連邦議会や有力企業家らを裏から押さえ込むか、どう軍部を自分に手なづけるかなどの政治的な手法を、プーチン氏から指南されていたら――と想像するだけで背筋がゾッとする。米国を怒らせてまで、訪ロして「完璧な婚姻」と成果を総括したのは、実に意味深だ。
 大統領が約束を破って「印刷付電子投票」の件を蒸し返したことに、今後セントロンから反発が起きるだろう。大統領に〝熱いお灸〟を据えようと画策するに違いない
 ロシア訪問と前後してアラス連邦検察庁長官は、ボルソナロ氏への告発を立て続けに否定・却下して、野党政治家を激怒させる事態になっている。独裁志向の政治家がまず味方にするのは、自分を告発する可能性がある司法関係に手を回すことであり、それが見事に機能している。
 ルーラ/ジウマ/テメルら歴代大統領は司法という〝民主主義の聖域〟に手を突っ込まなかったから、そこからの捜査や罷免に苦しめられた。ボルソナロはまずそこを抑えたから続いている。
 現在ルーラ候補とは圧倒的な支持率の差をつけられており、下からはモロ候補に追い上げられそうなボウソナロ氏が、起死回生の選挙対策としてロシアからのフェイクニュースなどのハッカー攻撃に賭けた可能性は否定できない。
 ロシアの裏からの支援で、今回の大統領選もフェイクニュース合戦となり、もしもボルソナロ大統領が再選したら、来年から親露中路線に向かい、より独裁傾向が強まる可能性を感じる。(深)

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