17.邦字新聞で読んだ泥棒話2 銀行強盗
記者業とは聞こえはいいがそれだけでは懐がつらい。ある日、お金の工面に困り、銀行強盗でもしてやりたいぐらいの気持ちになったことがあったらしい。記者さんはそのときの気持ちを、こんな風に記事に書いた。
いわく、いざやると、俺がやったということではなく「ハポネがやった」と現地の新聞に載るだろう、珍しいことだからね。そうすると今まで培った日本人の評判は一気に落ちてしまうに違いない。先輩移住者への感謝の気持ちはある。
だが金はない。銀行の前で行ったり来たりしたが、もちろん断念した。
その帰り道にティントレリア(洗濯屋)が一軒あった。日本人経営だから、いつもどおり、ガラスの扉越しに会釈をしたら、そのおかみさんが、手振りで入ってらっしゃいと招くから、店内に入った。
カウンター越しに「今はちょっと忙しいけれども、一時間後にまたいらっしゃい」と言う。それをうのみにしてまた行くとね、「今日はたくさん御飯を作ったから困っていたんだ、さあさあ奥に入って」とご馳走をしてくれた。
どこのティントレリアもだいたいはカウンターがあって、左側の一部分があがって、中に入ることができた。かがんでくぐることもあった。
その先の左手に大きなアイロン台があり、ボイラーがあったり、丸い窓が付いた乾燥機があったり、上には二つに折りたたまれたズボンなどがビニールに覆われてつり下がり、それをおろすための先をYの字にしつらえた棒がたてかけてあった。
ズボンのカーテンの先を行けば、住居となっていた。そこからは土足ではなく室内履きに履き替えた。
移住者同士は本当に何も言わなくても分かることがある。おいしい御飯を一緒にいただきます、と食べれば、気持ちが軽くなることも多い。ありがたいことだ、銀行強盗をしなくて済んだ、という体験記が邦字新聞のコラムになっていた。
その日の食事は丁寧に細く切られた金糸たまごがたっぷりあるちらし寿司で、でんぶがほろほろしておいしかったそうだ。白身魚を家庭でほぐすから時々骨が混じっていることもあるから気をつけなければならないが、その日は気にもせずおいしくてご飯をかき込んで食べたそうだ。
その記事は大変評判を呼んだのを覚えている。私もいつかそんな感じの人が店の前を通りかかったら是非声をかけてあげようと思った。
えーと、いつから新聞はあったかね。最初は手書きのガリ版だったけれどもずいぶん前だけれども、いろいろな新聞があったね。どんな新聞でも、私たち移住者の代弁のようなものだった。
同じ県人会の人や頼母子(たのもし)の仲間に相談できないことはないが、お互いに遠くに住んでいたり毎日の仕事に追われて月に一度会えればいい方で、なかなか集まってゆっくり話すことはできない。
だから、新聞という媒体によっていろいろな地域やコロニアの皆さんの様子が分かり、投稿には政治的な意見から家庭問題や子女教育の意見もあった。投稿の反対意見や批判もあったし、そのような状況を総括した編集長さんのコラムも楽しみだった。
そんな状況なのは私だけではないんだ、という気持ちにさせられて嬉しかった。実は、今は少し見づらいのは、ルーパを使うようになったことだけれども、それでも郵便でやっと到着した新聞を見るのは、ときには数日分まとまって来ることもあるしね、週に数回訪れる楽しい時間だよ。
※注=「ハポネ」スペイン語で日本人という意味。japonésであるが、最後のs は子音のみなので、日本人の耳には聞こえない。地方では抜いて発音することもある/「ルーパ」スペイン語のlupa 天眼鏡。
《第1部終了》