日本社会の迷妄の根本的原因は老人たちにもある
ここ数年、日本から流れてくるニュースには、耳を疑うような、悍ましい事件がとても多いと思う。直近に起きた、老々介護の66歳息子による「散弾銃立てこもり医師殺害」事件は、「迷妄する高齢化社会の現実」を突き付けられた恐ろしい事件であった。
この犯人は、「死んで一日経った91歳の母親に蘇生措置をして生き返らせろ」と求めた。40代の在宅医療専門の医師がそれはできないことだと説明すると、医者を猟銃で撃ち殺し、そのチームスタッフを巻き添えにした。
文明社会の高齢者は、最新高度医療で「死んだ人」を生き返させることができると錯覚するほど愚かになってしまっているのか。犯人の生活環境や背景は全く知らないが、介護家庭の孤立した生活で高齢者が陥る絶望的な喪失感がこうも愚かな行動に向かわせたのか。高齢社会の断片に、心底から恐ろしいと感じた。
今の日本は「患者様」に手厚すぎる医療が施される「超高齢化の病み上手の死に下手社会」といわれる。また、家族も医師も、あらゆる手当を施して「死なせ下手」になる報道も後を絶たない。
ある93歳の老衰で亡くなった男性は、死の直前まで医師団による40分の胸部圧迫マッサージを受けた。それは、「父を生き返らせろ」と怒り狂った58歳の息子が医師を突き上げたことによるものだった。
老人の妻は、医師団に「もう止めて!」と泣きすがったという。なぜこのような「死なせ下手」手当をしなければならないのか。それは非常識極まりないモンスター患者家族からの有り得ない要求に応えなければならないからであろう。
高齢社会はなぜこうも愚かになってしまったのか
今高齢者は、青年期に史上稀な繁栄と平和を享受した。70年前までは、ほとんどの人が50代~60代までの一生だった。今の100歳時代は文字通りそれより半世紀長い第二の人生を生き、古き世代が経験できなかったほぼすべての欲望が現実的に満たされたはずである。
しかし、現実は、若者世代から「長生きは醜く、苦でしかない」と責められる社会にしている。新コロナ感染も相俟って、長寿化需要のために、国家財政も社会経済も、労力的にも破綻するのではないかという報道も後を絶たない。
「自由主義」をはき違えた学校教育、家庭教育結婚制度、社会制度の歪み、この社会はどのようにしたら矯正できるのだろうか。
倉本聰氏は、このような現状の「根本的原因は、今の老人たちにある」と断言している。
倉本聰氏といえば、テレビドラマ『北の国から』など多くの作品で著名な脚本家・文筆家である。現在89歳、尚現役で活動されている倉本氏が、主宰する富良野自然塾の季刊誌『カムイミンタラ』(2021年12月)に「老人への提言」をした。内容は、今日の世界規模の気候変動による環境問題活動に的を絞った提言ではあるが、同時に社会全般に及ぶ混乱の当事者である高齢者に覚醒を促すものだ。その主旨は次のとおりである。
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地球環境問題のために世界の世論が動きかけている。日本の若者にもこれに呼応する動きが出てきた。なのに日本の政治家識者、いわばこの国を動かす壮年層は寝呆けたように目覚めようとしない。こういうことで果たして良いのか。
残念ながら我々老人世代は、ここに至る太平の豊饒を自身で作り出し、そして享受し、今の環境危機を生み出してしまった。いわば犯人・元凶であり、贖罪をせねばならぬ立場にある。のんびり老後を楽しんでいないで、せめて立ち上がった若者たちに応援の旗印を上げようではないか。それもしっかり明確な形で。…略…
我々老人はかつて敗戦時の貧国を経験してきた世代である。敗戦時とまではいかないまでも、スマホのない時代、コンビニのない時代、パソコンのない時代を経験し、そうした新兵器が現われる以前には、それがなくても何の不思議もなく、何の不満も感じずに人生の倖せを謳歌してきた筈だ。
その時代を一寸思い出せないか。少しだけ過去に戻れないか。それが今我々老人にできる、せねばならないことなのではあるまいか。それが僕の書いた提言の主旨である。…略…
仕事を終えた老人たちよ。あなたたちは今こそ立ち止まって自分の遺したまちがいに対し、贖罪の方法を考えられないか。
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この提言は、今日の高齢者に猛省を促し、心身の引き締めよと叱咤している。具体的に何ができるか、その手段を考えることも良いが、まずは、この提言を読んで立ち止まり、「自分は賢い老年か。賢く生きているか」と顧みる。
そして、このように厳しく叱って、物事の道理を教えてくれる人生の大先輩が健在で、本質的な覚醒に導いてくれることがどれほどありがたいことだろうか、と思うことは必要ではないか。
「人生を後悔することなく、美しく老いていくにはどうしたらよいか」。改めて、この問いに応えてくれる一書を探してみた。
古代ローマのキケロの『老年論』
人間はいつの時代も、「理想的な生き方」を求めて学び続けてきた。そしてこの永遠の問いに対して数千年も前から、宗教や哲学で答えは提示されている。その数ある古典の一つに、古代ローマのキケロ(紀元前106年1月3日 – 紀元前43年12月7日)の『老年論』がある。
『老年論』は、今から2千年以上も前の紀元前106年、古代ローマ共和制末期の弁論家・哲学者・政治家であるマルクス・キケロが61歳の時に綴った名著である。
作者キケロの人生そのものは決して順風満帆ではなかった。平民と貴族の間の騎士階級の境遇に生まれ、教育熱心な父親によって幼い時から深くギリシャ哲学を学んだ。その教育成果を以て、普通なら決して登用されることのない騎士階級からローマ共和制の執政官に出世した。
その優れた知性に裏づけられた弁論者として活躍するが、ローマ最大の英雄ユリウス・シーザーによって政界を退くことになる。その後、余生を自己研鑽に没頭する中、最愛の子供と死別する。その経験から、彼の老人論を語る。
作品では、主人公に古代ローマの政治家で文人のカトーを登場させ、人生について悩む二人の青年との対話形式で話が進む。老人カトーは青年たちに向かって、青年期から壮年期にかけての時期に「望ましい老年へ向けての準備をすべし」と、その秘訣を一つ一つ具体的に教示するのである。
本作品中では人生の本質に迫った問答が、これでもかと述べられる。その中から感銘を受けた箇所を次のように要約してみた。
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●老いを嘆く理由
多くの人は長生きしたいと願っている。しかし、長生きすると不平不満が多くなり、何かにつけて悲観的に考える。その不満とは、「活動力の低下、体力の減退、快楽が欠如。迫りくる死」などである。
●老年と体力
老年期に体力が衰えるのは事実である。だから、「在るものを使う」というのが原則である。つまり、何事も自分の持っている体力に応じて行なうということであり、自分にできる範囲で力を発揮すればよい。老年は、体力を頼みとするような仕事ではなく、老年に相応しい精神的な仕事をもっぱら行なうようにすべし。
体力はあくまでその人間の一部分であり、活動するための手段の一つに過ぎない。体力がすべてであるような活動は、青年期にはそれなりに価値があるにせよ、青年期を過ぎれば、いつまでも固執すべき類のものではない。
老年には病に対するごとく、老いと戦わなければならない。健康に配慮すべきである。ほどよい運動を行い、飲食は自分に必要な分だけ、体力が回復されるだけを摂るべきである。また、肉体だけでなく、精神と心をいっそういたわらなければならない。このふたつもまた、ランプに油を継ぎ足すようにしてやらないと、老いと共に消えていくからだ。
「人生は知らぬ間に少しずつ老いていく。突如崩れるのではなく、長い時間をかけて消え去っていくのである」。
●老年と仕事
老年が心身の衰えによって、これまでの仕事、公職から引退せざるを得ないことはあるであろう。しかし、たとえ体力は衰えても、精神によって果たすことのできる、老人に相応しい仕事がある。
歴史的な天賦の才に恵まれた人々は寿命の限り自らの仕事に努力し続ける人びとがいるのである。農民達は、高齢に至ってもなお、種まき、取り入れ、貯蔵などの大切な農作業において大切な役割を果たしている。
しかしまた、彼らは自らには直接結果が返ってこない遥か将来のためにも、せっせと農事に励んでいるという。「次の世代に役立つようにと木を植える」とある作家が述べているように、彼らは不死なる神々のために、自分が先祖から受け継ぎ後の世に送り渡すために木を植えるのだという。
また、老人が育てるのは農作物や木だけではない。感性豊かな青年を育てることに楽しみを見出し、青年たちも徳を教え導いてくれる老人の教訓を喜ぶ。若者に敬愛されながら彼らを教育する幸せな老人像を示し、若者を徳によって導くことが、結局は国家に対する奉仕として、最高の職務のひとつである。
新たな挑戦や活動にいそしむ老年は、現役を引退しても、決して仕事や活動の場がないと嘆く必要はなく、新たな場で働くその姿は、若者にとっても人生そのものの師として、まさに敬愛の対象に相応しい存在たり得る。
●記憶力
老いると記憶力が衰える。しかし、人は年齢の如何によらず何でも覚えているものであり、年老いても、依然として、きわめて豊かな記憶を保持している。夜にその日の出来事すべてを思い出す方法で記憶力の鍛錬を怠らない。このように、熱意と勤勉が持続すれば、老齢でも記憶力や知力が維持される。
老いは単なる衰退ではなく、成熟であり完成への接近を意味することである。常に何かを学ぶ。それが強みになるのである。
「私は日々、何かを新たに学び、知りながら老いていく」(ソロンの言葉)
●老年の快楽
多くの同年代の仲間が老年を残念に思う主な理由は、快楽がなくなったということと、以前は常に敬意を払ってくれていた人達から、老いて軽んじられるようになったということ。
しかし、結局のところ、何を喜びとし快楽とするかが問題であって、老年には老年に相応しい、しかも老年になってこそ可能となる喜びや快楽がある。そうした喜びを追求し実現している人々も多くいるのである。
老年の喜びは宴会の喜びも、飲み食いの楽しみから、友との交わりや会話を中心とするものへと移っていく。いざというときに頼られる老年ほど喜ばしいものはない。まっとうに生きた前半生は、最後にいたって権威という果実を摘むのだ。
つまり、老年期を充実して過ごすには、青年期における過ごし方や準備が大切である。老年に達してからも、なおも学び深め行くことの喜びや楽しみをこそ追求すべきであり、老年期に真の喜びを達成し実現することを心に留めて、若いときから徳に満ちた生き方をすべきである、
●老年を守るのに最も相応しい武器は諸々の徳を身につけ実践することである
老年は、若者や周囲から敬慕され続け、充実の内に老年期を全うすることができる。結局のところ、老年期に違いをもたらすのは、その人の人格であり、つまるところ徳の有無である。「老年を守るのに最も相応しい武器は諸々の徳を身につけ実践することである」。いかに年老いても、その人の最期に至るまで、徳はその人を見捨てることはない。
人生とは折り返しのない一本の道である。少年期の儚さ、青年期の大胆さ、中年期の重厚さ、老年期の成熟。これらは、その時にしか収穫できない、果実である。
●老年と死の接近
人生のそれぞれの時期になすべきことを成し遂げ、人生の意味や意義を真に理解するに至った老年は、死を恐れず、むしろその時を待望しさえすると考えている。
私は子供(キケロは娘、カトーは息子)を失い、どれほど死が身近にあるかを知った。迫りくる死は老人だけのものではない。この世は住み続けるところではなく、仮りの宿である。いつか必ず返さねばならない。
そして、多くの魂が一堂に会する処に私もそのうち旅立つであろう。そこには、これまで語り合った人々や子供が待っている。
私は子供を葬った。しかし、あの子を置き去りにしたのではない。あの子は、いつか必ず私が会いに来ることを信じながら去っていったのだ。自分と我が子を隔てる別れは、それほど長くないと自分に言い聞かせてきた。周りは不幸に耐える気丈な人間と思うだろうが、そうではない。私は魂の不滅を信じている。間違っているかもしれない。しかし、この信念があるからこそ、私はずっと幸せであった。
そしてこれからもそうでありたい。
老人は人生という舞台の最後の一幕だ。十分生き切ったと思う時が、幕を引くときである。あとは若者たちが、年を重ね、今私が伝えたことを体験するだけだ。
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今、高齢者向けの医学情報は日々更新されて読者に届く時代であるが、迷走は止まらない。高齢社会向けの情報も同じ傾向だ。「こうしたらよい、ああしたらよい」と現状に沿った情報案内はそれなりに有意義であるが、不動の本質は何か、それが知りたい。
文中のソロンの言葉、「私は日々、何かを新たに学び、知りながら老いていく」。そういう歩みを以ってほかに賢い老人にはなれないかもしれない。
【参考文献】中務哲郎、岩波文庫青661―2『老年について』