特別寄稿=ペルー在住者レポート=大統領の不支持率66%に=左派新政権発足から8カ月=何が起きているのか

地方低所得層の支持得てカスティージョ政権誕生

ホセ・ペドロ・カスティージョ・テロネス大統領(ペルー大統領, via Wikimedia Commons)

 2021年7月28日、ペルーでは急進左派のペドロ・カスティージョ政権が誕生した。
 カスティージョ大統領の所属するペルー・リブレ党はマルクス・レーニン主義を綱領に掲げる強い左翼思想を持つ政党で、大統領選においては、特定産業の国有化及び特定品目の輸入停止の実施、制憲議会を発足させ、新たな憲法を作ることなどを公約に掲げていた。
 2021年4月11日の大統領選挙投票日の一週間前にはカスティージョ氏が勝利することを誰も予想していなかった。しかしながら、汚職が相次ぐ伝統的な政党に対する強い反発と新型コロナウイルスによる経済危機で、ペルーの地方部の困窮した低所得層の人々らの強い支持を得たカスティージョ氏が得票率で第一位となり、6月6日に実施された決選投票ではケイコ・フジモリ氏に僅か4万4千票差で競り勝ち、大統領として当選した。
 そして、カスティージョ大統領が7月28日に就任し、ペルー・リブレ党の中でも最も左派の立場を取るギド・ベジド氏が首相に任命された。

今までにない急激な社会変化を予感する国民

 新政権誕生により、多くのペルー国民は「今回ばかりは政治によって自分たちの生活が急激に変化するかもしれない。何が起こるかわからないから準備しなければならない」という強い緊張感を覚えた。
 ペルーにおいては、「たとえ政治が不安定になったとしても、国内総生産の約半分以上を占める鉱業、農業などの輸出が好調で、マクロ経済も健全性を保った運営がされているから、経済には大きな影響はでないだろう」という一種の安心感があった。
 ペルーでは大統領の任期は5年であるものの2016年からの5年間にブラジル建設会社大手のオーデブレヒト社に関わる政治家による汚職事件などにより、カスティージョ大統領を含めると5人もの大統領が誕生するという異常な事態となっていた。それでも、「政治の問題により自分たちの生活が急激に変わることはない」というような感覚があった。
 しかし、今回は違った。
 当時の緊迫感を良く表しているペルー国内の記事(RPP報道局)として、2021年8月に調査会社イプソス社が国内の都市部・農村部の18歳以上の1209人を対象に対面形式で実施した世論調査がある。
 同世論調査によると、「アンケート回答者の36%は『できることなら外国に移住したい』と回答し、同じ質問に対して、リマ首都圏では52%が『国を離れる』と回答した。ペルーの自由と民主主義に関しては「全国レベルでは、52%が『カスティージョ政権下で危機にさらされている』と回答し、リマ首都圏では67%が『自由と民主主義が危険にさらされている』と回答した」というものがある。
 当時は、「いざという時に外国に行けるようにしておかなければならない」と考える人が増えたことから、ペルー移民局においてパスポートの新規申請をするための予約がいっぱいで、半年先でも予約できないという異常な状況も発生していた。

天然ガス田の国有化示唆で政権不信は最高潮に

学校の授業再開の様子を視察するカスティージョ大統領(アンディーナ通信社3月21日の記事より)

 また、与党ペルー・リブレ党は国会を通さずに、国民投票を通じて制憲議会を発足させ、同党主導の新たな憲法を作ることを目指した署名活動を活発に行った。憲法にどのような修正がされるのかがはっきりしない状況の中、国民の恐怖心は煽られていった。
 その上、カスティージョ大統領がテロ組織「センデロ・ルミノソ」と関わりがあったり、明らかに問題のある人物を大臣や政府の要職に就かせていることも国民の間のカスティージョ政権に対する不信感を高めていた。
 もっとも緊張が高まったのは、政権内で意思統一が取れていないうちに当時のギド・ベジド首相がカミセア天然ガス田の国有化を示唆した時であった。
 カスティージョ政権誕生前の2021年3月30日のペルー通貨「ソル」の米ドル為替レートは、1米ドル=3・76ソルであった。それが2021年10月6日には1米ドル=4・134ソルにまで上昇。政府の言動を不安視したペルー国民の多くが貯蓄の一部を米ドルに替えたことが原因だ。
 カミセア天然ガス田国有化についての発言は経済界をはじめ政権内でも強い反発を招き、結局ギド・ベジド氏は首相の職を辞することとなった。

政策穏健化で社会不安落ち着くも、不支持率は66%に

 ギド・ベジド首相が辞任し、穏健左派で国会議長を務めた経験もある、対話を重視するミルタ・バスケス氏が10月6日夜に首相に就任し、「制憲議会の発足は政府としての優先事項ではない」と発言したのをきっかけとして、ペルー国内の政治不安による緊迫感は徐々に収まってきた。
 また、10月8日には、大統領令によりペルー中央準備銀行(BCR)の総裁を15年間務め、2020年には「ファイナン・シャルタイムズ」の金融専門誌「THE BANKER」から米州最優秀中銀総裁に選出されたフリオ・ベラルデ氏を中央準備銀行(BCR)の総裁に正式に再任したことにより、10月14日の米ドル対ソル為替相場は1米ドル=3・92ソルまで下落した。
 当時のミルタ・バスケス首相やペドロ・フランケ経済財政大臣がペルー・リブレ党と距離を置き、同党によって主張されていた強い左翼思想がある政策を徐々に一つずつ訂正し、現実に合わせた形に修正する発言をしたことによって、徐々に国民の中にあった不安は和らいでいった。
 ミルタ・バスケス氏の首相就任後も、現在までに2人首相が変わっている。カスティージョ大統領は疑惑がある大臣を任命し続け、国会による問責決議などにより、頻繁に大臣を交代させる状況が続いている。
 様々な汚職問題を追求されているカスティージョ大統領に対する不支持率は、調査会社イプソス・ペルー社によると3月10日の時点で66%と高く、国会において3月28日にはカスティージョ大統領の罷免を巡る審議と決議案の採決が予定されているなど、政治的不安定な状況は依然続いている。(文章:都丸大輔)

筆者略歴

都丸大輔(とまるだいすけ)。青森県生まれ東京都育ち、将棋三段、日本語教育能力試験合格。日本では教育委員会の嘱託職員として外国人児童の日本語教育、学校生活の支援に取り組むとともに、スペイン語圏話者向けの個人レッスン専門の日本語教師、スペイン語通訳に従事。2012年からペルーに定住し、個人レッスンを中心とした日本語教育に携わりながら、ペルーにおける将棋普及活動に取り組む。2017年からはペルー日系社会のためのスペイン語と日本語の二カ国語の新聞を発行するペルー新報社(https://www.perushimpo.com/)の日本語編集部編集長に就任。2021年からはねこまど将棋教室の将棋講師として、オンラインでの将棋の普及活動にも取り組んでいる。

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