「主の御名をみだりに使った」=『聖書』汚職利用の教育相辞任

パラー州で配られた聖書に組まれた、ロビイストの牧師やリベイロ氏らの写真入りページ(28日付G1サイトの記事の一部)
パラー州で配られた聖書に組まれた、ロビイストの牧師やリベイロ氏らの写真入りページ(28日付G1サイトの記事の一部)

 フォーリャ紙が21日に報じた教育省を巡るスキャンダルで、現政権4人目の教育相ミルトン・リベイロ氏が辞任した。同件に関し24日付エスタード紙が「教育省は主の御名をみだりに使った」と論説している記事を読み、思わず襟を正した。
 「あなたの神、主の御名を、みだりに唱えてはならない」というのは聖書の中の「十戒」の一つで、「主は、御名をみだりに唱える者を、罰せずにはおかない」と続く。
 教育省に出入りしていたロビイスト2人はペンテコステ系教会の牧師であり、リベイロ氏は長老教会の牧師だから、十戒やその意味するところは重々承知のはずだ。だが、そのような人物が自分達の写真や名前入りの聖書を販売、配布し、教育省関連の資金を不正に差配していたというのだから驚く。
 連邦議会の福音派議員は次々にリベイロ氏らの行為を批判しているが、各教会が3人をいかに処分するかにも注目したい。
 前述の記事はボルソナロ大統領が繰り返す「神は全ての上に(Deus acima de todos)」という言葉も引用している。この表現は大統領が信仰を前面に押し立てて生きている印象を与えるが、大統領や彼が指名した福音派閣僚らの言動からは、「神」という言葉を使う事が信仰に基づいた言動を意味しているとは思えない事も多い。
 もちろん、人は誰しも過ちや失敗を繰り返し、後悔もする。だが、後悔後も行動が変わらなければ、信用や信頼を失い、裁きを受ける事態も起こり得る。この場合の裁きには人間界の裁きと神の裁きの両方が含まれる。
 再選を目指すボルソナロ大統領にとって、リベイロ氏の辞任は大統領のイメージを壊さないための最善の方法だったとも言われているが、リベイロ氏は「大統領の指示で資金供出を決めた」とも供述している。捜査は始まったばかりだが、環境相、教育相が汚職絡みのスキャンダルで辞任した今、大統領が語る、「3年余り汚職のない政権」という言葉がこれまで以上に空しく響いた。(み)

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