2月前半までブラジル国内で「覇権の多極化」が公に議論されることはほぼなかった。これは覇権国である米国の没落を肯定し、ドル一極体制に対して疑問を呈する考え方であり、常に欧米を仰ぎ見てきた南米としては、左派的なポジションを持つ一部の人の思考であると思われてきた。
公の政府機関が最近これを論じたのはPT政権時代の2011年、応用経済調査院(Ipea)が出版した『Traçando novos rumos: o Brasil em um mundo multipolar(新しい道を切り開く:多極化する世界におけるブラジル)』(https://www.ipea.gov.br/portal/index.php?option=com_content&view=article&id=7687)だと思われる。
当時は、08年の金融危機をブラジルは奇跡的な成長で乗り越えた時期であり、一種の夢物語として語られていた。
だがウクライナ侵攻の直前、米国の制止を振り切って右派ボルソナロ大統領がロシアを訪問し、2月16日にクレムリンでプーチン大統領と会談を行った。その時以来、少し怖いような現実味をもってブラジル・メディアでも扱われるようになった。
だがこの3年間のボルソナロ政権の外交はかなり破滅的だった。大統領は、国益よりもイデオロギーや個人的な親和性に基づいて外交を判断していたように見える。だからブラジルは現在、EUやバイデン米政権との対話がほとんどなく中国との問題も山積している。
次々に左派指導者が生まれるラテンアメリカにおいて、いくつかの国の左派当選者を攻撃することによって地域の協調を不安定にしている。そんな流れで突然、ボルソナロがロシアとは〝外交〟を始めた。
4月16日付CNNブラジルは、ボルソナロ大統領との単独取材の結果を報道した。そこでは、「プーチン大統領との密談」についても一部明らかにされた。
2月16日の会談とは別に、その後もプーチン大統領とほぼ「3時間」会話したとし、その日付を明らかにしなかった(https://www.cnnbrasil.com.br/politica/whatsapp-ir-e-putin-veja-os-principais-pontos-da-entrevista-exclusiva-de-bolsonaro-a-cnn/)。電話かオンライン会議ではないかと推測される。
「戦略的な会話」であり、内容を知っているのは本人と通訳、ブラガ・ネット(前国防相)だけ。「そこで扱われたことの中には、戦略上、公にできないものもある。3時間近く話し込んでしまった。リラックスできる瞬間もあった。彼(プーチン)がブラジルに関心を持っていることがわかった」と述べたという。
ボルソナロによれば2月の会談は、「肥料の受け取りを保証すること」が中心だったという。ウクライナ戦争におけるブラジルの位置づけについて、ボルソナロは「バランスを取ることを選んだ」との考察を述べた。「外から来た問題を自分の国に持ち込むことはできない。私はブラジルの大きさ、軍事的潜在力を知っている(中略)どちらかの味方になるというのは、ありえないことだ。ブラジル全体が損をする」
さらに今月20日、米国の首都ワシントンで開催される予定のG20財務相・中央銀行総裁会議には、ロシアがオンラインで出席の意向を示しており、ブラジルは「ロシアとの対話」を擁護することになっているとの報道が出ている(https://economia.uol.com.br/noticias/redacao/2022/04/14/apos-carta-a-guedes-ministerio-vai-defender-dialogo-com-russia-no-g20.htm)。
実は国連総会でも大差ない欧米勢と反欧米勢
国連総会は4月7日、ロシアを国連人権理事会から除名する決議について投票を行い、ウクライナや欧米など除名賛成国が93カ国となり勝利に終わった。だがブラジル、インド、南アフリカなどのBRICSを始め58カ国は棄権に回り、中国など24カ国は「反対」票を投じた。
これを《ウクライナと米国、欧州の同盟諸国にとって大きな勝利に終わった》(ロイター)などのように報じる欧米メディアもあるが、「親欧米派」93カ国VS「欧米に距離を置く派」82カ国だと思えば、大きな差は開いていない。
日本経済新聞4月8日付サイトも《国連人権理、ロシア追放も亀裂浮き彫り 反対・棄権急増》(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN07ED00X00C22A4000000/)とし、《一方でロシアや中国の切り崩し工作などを受け、過去の決議より消極的な国が増加。反対と棄権は計82カ国、無投票も合わせれば100カ国と賛成を上回り、国際社会の亀裂も浮き彫りになった》との見方を伝えた。
2月24日に始まったウクライナ戦争以降、ロシア国営通信スプートニクのポルトガル語版ではBRICSの求心力の高まりを強調する記事を次々に出しており、国連総会でのロシア追放決議に多数の国が棄権して中立なポジションをとったことに関しても次のように報じている。
スプートニク3月31日《BRICS諸国中立のポジションはロシアとの絆を強化するか?》(https://br.sputniknews.com/20220331/posicionamento-neutro-dos-paises-membros-do-brics-reforca-lacos-com-a-russia-22068198.html)では、《ロシアのウクライナでの特殊軍事作戦後も、BRICSの関係は何も変わっていない。ブラジル、インド、中国、南アフリカは、モスクワに対する制裁を求める圧力に抵抗し、外交的には中立的、等身大の立場を維持した》と論じる。
名前だけだった「BRICS」に実体が?
さらに同スプートニク記事はリオ州立大学(UERJ)の国際政治学のパウロ・ベラスコ教授に取材し、国際関係の分野においてブラジルには時の政権にかかわらず、伝統的なポジションが存在するとの論を次のように報じている。
同教授は《ロシアに制裁を課さないという決定は、外交的な観点、国際的なレベルで行動するという観点から、ブラジル自身の伝統に非常によく収斂している。ブラジルが経済制裁を行わないのは、それが解決策と交渉による平和の探求にほとんど役立たないことを理解しているからだ》と論じ、追放決議に棄権したことを弁護した。
スプートニク3月30日《ロシア外務副大臣「BRICS諸国は新世界秩序の中心」》(https://br.sputniknews.com/20220330/paises-do-brics-estarao-no-centro-da-nova-ordem-mundial-diz-vice-chanceler-russo-22043066.html)ではさらに踏み込んだ将来像に言及する。
《「ロシアの外交官にとって、西側諸国がロシアに対して激しい制裁を開始し、ハイブリッド戦争を宣言している今、モスクワは他の地域に機会を求める必要があるのです。BRICS諸国(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)は、新しい世界秩序の中心になるだろう」とロシアのセルゲイ・リャブコフ外務副大臣は述べた》とある。
ロシア側からすれば西側諸国から厳しい制裁を受けるほどBRICSに近寄るしかなく、結果的に一つの極が生まれる流れと見ている。
この間まで名前だけの印象が強かった「BRICS」が、ウクライナ侵攻により実体を持ち始めているのかもしれない。
戦争開始後、激増するロシアへの輸出
4月2日付本紙《ブラジル貿易収支=73・8億ドルの黒字を計上=ウクライナ危機でロシアとの貿易激増》(https://www.brasilnippou.com/2022/220402-14brasil.html)では、ウクライナ侵攻後に対ロ貿易が増えた点に触れた。
《経済省によると、2月24日に始まったウクライナ危機は、いくつかの項目で輸出入額の減少を生じさせたが、原油や食糧などの国際価格が上昇し、ブラジルからの輸出額上昇や国外からの投資の増額を招いたという。特に顕著なのはロシアとの貿易で、輸出額が54%、輸入額は71%増加した。同国からの主要輸入品目の肥料の輸入額は4・55億ドルで、中国からの1・83億ドルやカナダからの1・67億ドル、ナイジェリアからの1・23億ドルを大きく上回っている》とある。
注目すべきはイタマラチー(ブラジル外務省)の重鎮・元ワシントン駐在ブラジル大使のルーベンス・バルボーザもブラジルの貿易はますます中国に依存していくと見ている点だ。
農牧関連の業界サイト「ノチシアス・アグリコラス」は、ロシア・ウクライナ戦争による世界の地政学的変動が農業に与える影響を同大使に取材して「新しい世界地政学的構造におけるブラジルの位置づけ」を質問している。
元大使は、この戦争は「西洋とユーラシアを対立させる動きの始まり」と見ている。「西洋」は米国を中心とするいわゆる欧米であり、「ユーラシア」は中国を中心とするアジアとロシアと見ているようだ。「この新しい世界構成は、冷戦時代の区分とは異なっている」としている。
この新しい覇権争いの中で、「友好国でない国とは貿易関係を断つかもしれない」という商業的なグループ分けが起きる。そのシナリオの中でブラジルの立場をどうするかが課題となる。
その中でバルボーサは「ブラジルの文化は西洋的だが、将来はアジアに商業的に依存することになるだろう」と見ている。中国だ。その方向性がうまくいかなかった場合は、再び中南米地域の視線を戻し、米国と足並みを揃えていくようになるだろうと見ている。
つまり彼も、一方に決定的につくのでなく曖昧さを残した立場がブラジルの伝統的な位置取りだと見ている。
次々にピンクタイドが広がる南米
ボルソナロ大統領が訪ロする1週間前にはアルゼンチンのフェルナンデス大統領が訪ロしてやはりプーチン大統領と会談し、その足で北京五輪開会式に出席していた。
南米諸国首脳が中ロ側に寄る大きな背景としては、再びピンクタイドが始まっている現実がある。共産化(赤色)まではいかないが、社会主義化や左傾化する傾向をピンクの波「ピンクタイド」と表す。
南米では、ベネズエラに加え、アルゼンチンのフェルナンデス大統領による19年の左派政権復活を先頭に、ボリビアでは左派ルイス・アルセ大統領が21年11月から、ペルーでも昨年7月から左派ペドロ・カスティジョが大統領に、チリでは3月から左派ガブリエル・ボリックが政権をとった。
来月にコロンビアで行われる大統領選では、急進左派のグスタボ・ペトロの優勢が伝えられている。加えて、10月のブラジル国政選挙では、現状の支持率トップは文句なしにルーラであり、このまま再当選を決めれば、この南米左派ドミノの流れが決定的になると見られている。
今まで左派PTが親中国共産党であり、右派ボルソナロは反中で知られていた。ところが2月の大統領訪ロ以来、ボルソナロは反中だが親ロであり、大きな意味での「反欧米勢」の一端であることが明らかになった。
つまり10月の選挙に向けて2極化した場合、ボルソナロが勝っても、ルーラが勝っても反欧米勢のポジションになりそうな雲行きだ。
左派でなくても、専制政治(独裁的民主主義政治=選挙はするが事実上の独裁政治)に関心のある為政者にとって、ロシアは見本となる存在だ。だからそこに近づいて反米勢力に入ることは可能であり、その意味で、ボルソナロ政権の今後の動きは注目される。
そのような流れに対し、バイデン米大統領は今頃になって焦り、6月にカリフォルニア州ロサンゼルスで6月に中南米の首脳を集めて「米州サミット」を開催し、ボルソナロも出席すると報じられている。
米国の動きは遅すぎたのではないか――。ボルソナロ大統領は一般に外交下手だと思われているが、どっちつかずの玉虫色ポジションを上手にとっている。意外にもブラジルはグローバルな舞台の中で、したたかな脇役を演じ始めているのかもしれない。(敬称略、深)