「第3次世界大戦に発展しても南米にミサイルは飛んでこない」
世界で何が起きているのか、本当に分かりにくいご時世だ。先週たまたま南米生活30年の日本人移住者ら大先輩二人と、昼食をともにする機会があった。
その際、「この戦争で南米はどんな影響を受けると思いますか?」と尋ねたところ、一人は「戦争の度に南米は儲けさせてもらうんです。これは第1次大戦の頃からそう。戦争で荒廃した欧州やアジアなどに大量の食糧を輸出した。世界で南米ほど食糧や資源を輸出する余力を持っている地域は他にありません。今回もその恩恵を受けています」と即座に答えた。
たしかにブラジルでも年初からコモディティやそれ関連の株価がどんどん上がり、レアルも対ドルでどんどん上がっていた。ただし米国が政策金利を本格的に上げ始めるシグナルを出してからは、レアルや株価は一転して下落傾向に戻りつつある。だが、戦争のおかげでコモディティは依然として高いままだ。
さらにコラム子が「でも第3次世界大戦に発展したとしても、火事場見物を決め込んでいても大丈夫なんでしょうか?」とたたみ込んでみた。
すると、もう一人も「戦争が起きているのは南米ではありません。南米には北半球の紛争に首を突っ込まない伝統がある。現在の情勢からすれば、ここで直接の戦火を交えることはあり得ない。北半球の皆さんには申し訳ないが、たとえ第3次世界大戦に発展したところで、南米にミサイルは飛んでこない」と相づちを打った。
確かに、いまのブラジルの外交的な位置取りはかなり独特だ。外務省は基本的に欧米と共同歩調をとっており、ロシアが戦争を始めたことへの非難声明に賛成した。だがその一方で、ボルソナロ大統領は頑として「中立を保つ」ことに終始しており、ロシアの敵対国リストにブラジルは入っていない。国の外交方針はどっちつかずの玉虫色外交となっている。
さらに先日の米タイム誌に掲載されたルーラ元大統領の「ゼレンスキー大統領(ウクライナ)はプーチンと同じくらい今回の戦争に対して責任がある」「自分がテレビに出るために周囲を戦争に巻き込まないで欲しい」「バイデン米大統領がモスクワに行き、(戦争回避のために)プーチン氏と会談しないのはリーダーとして責任ある態度とはいえない」などの発言も、あきらかに欧米とは一線を画している。つまり、10月の選挙でボルソナロとルーラのどっちが勝っても国際政治における方針はBRICS寄りになりそうだ。
南米の裏事情に通じた強者の意見に、目からウロコが落ちた気分だった。
ハリウッド俳優が続々とルーラ応援
先週にはとくに「米国からのブラジル国内政治への介入」が目立つようになってきたので、そんな南米のあり方に対して影響力を強めようとする北半球の国際勢力からのせめぎ合いを感じる。その代表的な例は次の3人。
一人目は本紙5日付《ボルソナロ大統領が米俳優ディカプリオに「黙れ!」=若年層の選挙登録が急増で=国境越えて左派芸能人が協力》(https://www.brasilnippou.com/2022/220505-12brasil.html)に紹介した米国の有名俳優レオナルド・ディカプリオ。ポルトガル語でのツイッター発信をかなり行っており、特に3日には「若者の有権者登録を支援するブラジルの民主主義の英雄に感謝」と言及し、ブラジルの若者に選挙への参加を促した。
彼のツイッターには1963万人のフォロワーがおり、彼がポルトガル語で「#SeuVotoImporta(あなたの投票は重要)」に賛同を示した投稿には2日間でリツイート2万1千、いいね10万9千がついた。ここに米国での活動する人気ブラジル人歌手アニータも協調行動をとる。
「#SeuVotoImporta」は投票任意の年齢層(16〜17歳)が有権者登録を行い、選挙に参加することを奨励した。若年層は左派支持者が多く、PT(労働者党)政権時代に増えたが、その後減少傾向にあった。現政権にとっては歓迎されない有権者層といえる。
この年齢層が影響を受けやすいのが有名アーティストで、ここにもPT支持者が多い。若年層投票参加呼びかけは、間接的にその筋を支援する雰囲気が濃厚だ。だからボルソナロは「ディカプリオ黙れ!」とツイッターで叫んだ。
ブラジルのK―POPファンを覚醒させる超人ハルク
二人目の目立った活動をする米俳優はマーク・アラン・ラファロだ。12年の映画『アベンジャーズ』ではアメコミのヒーローの超人ハルクに抜擢され、ツイッターでは803万人、インスタグラムでは2066万人のフォロアーがいる人気者だ。
その彼がツイッターを使ってポルトガル語で《K―POPファンはすごい影響力を持っている。彼らは(ドナルド・)トランプの集会を空にし、チリの選挙でトロール(SNSのコメント欄や掲示板などを「荒らす人」を意味する英語のスラング)と戦いました。K―POPファンは、若者がより良い未来を築くために投票することができることを知っています。彼らが16歳、17歳のブラジル人に選挙登録を呼びかけているのです。私は彼らと一緒にいます》と投稿した。
彼はK―POPの代表格であるBTSのブラジル人ファンによる選挙登録の呼びかけ投稿をシェアー(https://twitter.com/MarkRuffalo/status/1513897120440455182?ref_src=twsrc%5Etfw)して拡散した。
米国ではK―POPファンがトランプの選挙運動の妨害をしたのは有名だ。米フォーブス誌サイト20年6月22日付は《ドナルド・トランプ大統領は6月20日夜、オクラホマ州タルサで11月の大統領選に向けた選挙集会を開いたが、会場には空席が目立った。トランプ陣営は翌日の声明で、数万人のTikTokユーザーやK―Popファンらが、集会を妨害する目的で偽の電話番号を用いて席を予約していたと述べた。
1万9000人を収容可能な会場に当日集まったのは、わずか6200人だった。トランプ陣営は当初、「100万人を超えるチケットの申し込みがあった」と豪語し、会場に入りきれない人々のために屋外での演説も計画していたが、来場者の少なさによりキャンセルしていた》(https://forbesjapan.com/articles/detail/35329)
ブラジルでもK―POPバンドは10月の選挙の直前、続々と全国公演をする。6月には2Zが4都市、7月にはWILD KARDが4都市、8月にはMCNDが4都市などと公演予定が発表されている。さらに年末には代表格のBTSが再びブラジル公演をするとの噂まで流れている。
まさに選挙の前後の時期だけに、K―POPファンがブラジルでも反ボルソナロ的な動きをしても不思議はない。
ルーク・スカイウォーカーが「選挙人登録を」
三人目、極めつけはマーク・ハミルだ。大人気SF映画『スター・ウォーズ』の主役ルーク・スカイウォーカー役で知られる彼は、若年層登録届けの期限である4日直前の2日に、次の投稿をした。映画の一場面の動画に加え、「ブラジルの若者よ、4日までに選挙人登録をして!」とポ語で書いた上で、最後に「May the 4th be with you…ALL!」(みんな、5月4日にはあなたと共に)との決めぜりふを書いた。
1977年5月4日に同映画の公開が始まったことを記念して、世界中のファンが4日を「スター・ウォーズの日」として祝う。この言葉は、映画で有名なフレーズ「フォースと共にあらんことを(May the Force be with you)」をもじっている。マーク・ハミエルはさらにそれを一ひねりして、ブラジルのファンに訴えた訳だ。
この3人はお互いにリツイートして拡散させた。
5日付エスタード紙によれば、このキャンペーンなどに触発され、1月から4月までの間に、なんと200万人もの16~18歳の若年層が選挙人登録をしたと選挙高等裁判所のエジソン・ファッキン長官が5日に発表した。
この年齢層はブラジル人口の13・6%を占めており、決選投票での接戦が予想される10月選挙において、勝利を左右する可能性がある。
裏にいるのはジョージ・ソロスか
これに対して、BBCブラジルは《ボルソナロをいら立たせたディカプリオの若年層選挙人登録投稿の、後ろにいるのは誰か?》(https://www.bbc.com/portuguese/brasil-61347034)という興味深い記事を報じた。
結論から言えば「後ろ」にいるのはジョージ・ソロスとの説だ。《国際的な俳優や出資者が参加する(若年層選挙人登録)キャンペーンは、大統領府に不快感をもたらした。これに対し、ボルソナロ大統領の国際関係特別顧問であるフィリペ・マルティンス氏はツイッターを通じて、「(今週ルーラの表紙を掲載した)タイム(誌)やレオナルド・ディカプリオだけがブラジルの内政に干渉しているのではない」と発言した。「ブラジル人を操り、今年の選挙争いの結果に影響を与えようとするこの試みには、この俳優やハリウッドの仲間たちよりもはるかに危険な人々が関わっているのだ。その一人がジョージ・ソロスだ」》とのコメントを報じた。
もちろん、BBCブラジルは同キャンペーン関係者に取材し、《キャンペーンの意図が一方の候補者の利益や不利益になるものであることを否定した》とも報じている。
この大統領の国際関係特別顧問のフィリペ・マルティンスは、ニッケイ新聞21年4月6日付《【記者コラム】頼みの綱の軍部からも一線を引かれた大統領》(https://www.nikkeyshimbun.jp/2021/210406-column.html)にあるように、大統領親派のユーチューバー、サイトなどをコーディネートして敵対勢力へのSNS上のヘイト攻撃を繰り広げる「Gabinete do Ódio(憎悪キャビネット)」ネット部隊の中心人物だ。
本当に裏で糸を引いているのがソロスかどうか、真偽は分からない。でも大統領の側近がそう考え、世界のBBCが大統領選挙と絡めて報じているのは事実だ。
ソロスがブラジルで支援するのはFHC?
最もくせ者なのは、このジョージ・ソロス(91歳)だ。
ハンガリーのブダペスト生まれのユダヤ人にして、1956年にアメリカ移住して大成功した投資家だ。クオンタム・ファンドの設立者で政治運動家としても有名。子ども時代の悲惨な経験からソ連を嫌い、東欧の民主化を影から進めたと言われ、「国境なき政治家」を自称する。Black Lives Matterの主要な出資者の一人でもある。現在のウクライナ戦争も、その発端となった民主化運動に関わっていたと報道されている。
では、ソロスはブラジルでは何をしているのか。ガゼッタ・ド・ポーヴォ紙21年6月6日付《ジョージ・ソロスがブラジルで財政支援するのはFHC、タブーを破って判事》(https://www.gazetadopovo.com.br/vida-e-cidadania/quem-george-soros-financia-no-brasil/)では、ブラジルにおける彼の支援先が報じられている。
2016~19年の間に、彼のオープン・ソサエティ財団を通して3200万ドル(現在のレートで約1億6250万レアル、約41億8千億円)がブラジルで支援されている。同財団が賛同する活動の傾向としては「麻薬自由化」「避妊の合法化」「暴力的でない囚人の解放」「ジェンダー、性アイデンティティ、宗教、民族などの擁護」。
支援された団体の代表格はAssociação Direitos Humanos em Rede(人権ネットワーク協会)で230万ドル。主に囚人数削減などの働きかけをする人権団体だ。2番目はInstituto Sou da Paz(私は平和協会)で180万ドル。市民の武装解除を呼びかける活動をする。3番目はInstituto Igarapéで150万ドル。麻薬の合法化を呼びかける。避妊の合法化を進めるInstituto Anisにも24万5千ドル。
注目されたのは中道派PSDBの重鎮FHC元大統領のFundação Fernando Henrique Cardoso(フェルナンド・エンリッキ・カルドーゾ財団)に31万5千ドルが振り込まれていることだ。
ブラジルで当てはめるとおおかた左派ルーラ(PT)から極左PSOLの活動方針に近く、右派ボルソナロからはほど遠い。だからフィリペ・マルティンスは目の敵にしている。
瞬時に情報が世界を飛び交う現代において、冒頭で紹介した「北半球の騒ぎから南米が距離を置いた状況」を保てるのか。ミサイルは飛んでこなくても、ハリウッド俳優のSNSは直撃する。
現実に、誰も当選を予想していなかった左派若者候補が大統領になったチリ選挙、無名の左派学校教師が大統領に当選したペルー選挙など、きっとSNSの影響は強かったに違いない。
ブラジルもその国際圧力やSNSに晒されている。つまり、国際勢力による選挙戦の「仕込み」が相当進んでいるに違いない。(深)