《ブラジル記者コラム》ウクライナ侵攻後にロシア貿易が激増=BRICS銀行は新世界秩序の要?

ロシア貿易が2倍弱に激増

 ウクライナ戦争の最中、ブラジル・ロシア貿易激増という驚くべき事態が起きている。2月24日から軍事侵攻を始めたロシアに対して、国際決済システム(SWIFT)からの追放による支払い困難に加えて、大手貨物輸送会社がロシアの港への配送停止などによる物理的な輸送困難が起きている。主要な先進国がそろって経済制裁を進める中、普通なら貿易を維持するのすら難しいはずだが、驚くことにブラジルの場合は逆に激増している。
 ロシア国営メディア「スプートニク・ブラジル」サイトは3日付《ロシア・ブラジル間貿易が増加傾向だとAPEX長官がモスクワで公表》記事(https://br.sputniknews.com/20220603/apos-aumento-surpreendente-diretor-da-apex-em-moscou-revela-tendencias-do-comercio-brasil-russia-22902623.html)によれば、今年1月から4月の間にロシアからのブラジルへの輸入は昨年同期比で89%増、ロシア向け輸出は81%増加したことを、ブラジル輸出投資振興庁(APEX-Brazil)長官が公表したと報じた。
 ロシアからブラジルへの輸入は24億米ドル(約115億レアル)で、前年同期比89%増。主に肥料が増えたことによるもので、総額の68・67%を占める。
 ブラジルの対ロシア輸出も、7億4150万米ドル(約35億レアル)で前年同期比81・4%増となった。
 「コンテナ輸送」は、制裁を厳しく守ってきたヨーロッパの大手事業者4社に依存するため、輸出業者には選択肢がほとんどない。だが、大豆や砂糖のように「ばら積み貨物船」で輸送される場合は選択肢が多く、制裁をくぐり抜けることが比較的容易だと報じられている。
 その結果、現在ではブラジルにとってロシアは第5の主要供給国となった。これは戦争以前から準備されてきたことが、戦争によって拍車がかかったように見える。

大戦後の米国主導の国際金融体制に対抗?

新開発銀行の本部がある上海のビル(Bb3015, via Wikimedia Commons)

 と言うのも、ブラジル同様に対ロ貿易を増やしている国は、対ロ制裁を強力に推進する欧米と一定の距離を置く、インド、中国など基本的にBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)を中心とした国々だ。
 BRICS諸国には人口で世界の42%、領土で世界の30%、世界GDPの31・8%が集中しているので、その動向にはどうしても注目が集まる。
 かつては、ただの「図体のでかい新興国の集まり」に過ぎなかった。だが2014年前後から実体を持ち始めた感がある。2013年のBRICS首脳会議で提起され、翌14年に「新開発銀行」(通称BRICS銀行、Novo Banco de Desenvolvimento、NBD)が発足したからだ。同5カ国が共同運営する国際開発金融機関(サイトhttps://www.ndb.int/)だ。
 2014年7月、5カ国の首脳は、1千億ドルの資本金を持つ新開発銀行の設立に加え、1千億ドルにのぼる外貨準備基金の設立を記した文書に署名した。この二つの枠組みは、欧米主導の融資制度とドル通貨の影響力に対抗するものだった。5カ国間の輸出信用機関の協力を記した文書にも署名が行なわれた。本部は中国上海だ。これが、今回の戦争で効力を発揮していると言われる。

 これは、第2次世界大戦の主要戦勝国である5大国が、安全保障理事会の常任理事国となったのを真似た手法と言われ、新開発銀行の資本金は5カ国が平等に分担するのが特徴。拠出金額を一律にすることで、5カ国の発言力が対等なものになった。
 当時《第2次世界大戦後の米国主導の国際金融レジーム(体制)に対するだけでなく、冷戦後の国際秩序そのものに対する一つの挑戦》と騒がれたことは記憶に新しい。
 新開発銀行は2013年3月27日に南アフリカで開催された第4回BRICSサミットにおいて設立が合意され、ブラジルのフォルタレーザで開かれた第5回同サミットの初日2014年7月15日に実際に設立された。いずれも、反米を旗印にする左派PT政権・ジウマ大統領の時代だ。

クリミア危機に前後して発足したBRICS銀行

この時にBRICS銀行は発足した。2014年7月15日のBRICS会議での5カ国首脳(Marcelo Camargo/Agência Brasil)

 今思えば、実に意味深な時期に設立されている。と言うのも、ロシアによるウクライナ領のクリミア半島編入にいたる「クリミア危機」はその間の2014年2月から始まったからだ。それを発端に、8年後の今年2月24日に今回のウクライナ侵攻が始まった。うがった見方をすれば、ロシアは、いずれくる欧米からの経済制裁に備えて、新開発銀行設立を進めていたと見えなくもない。
 既存の米国主導の国際金融レジーム(体制)の根幹は、1944年7月のブレトン・ウッズ会議で設立された国際通貨基金(IMF)と世界銀行だ。これらが先進国主導であることに、この5カ国は不満を強く持っており、新銀行設立によって独自の途上国開発支援の枠組みを作ることを目的にする。だから、この銀行の融資で第一に重視されるのがインフラ計画への融資だ。
 このIMFと世銀は、「累積債務危機以降のラテンアメリカやアフリカ諸国に対して、西側先進国の先兵として横暴な政策を強制してきた」と現地では受け止められている。この二つの国際機関は、中立性を前面に押し出しつつ、債務危機に陥った途上国に融資をする代わりに、厳しい経済改革を求め、並行して西側諸国への利益を確保させることも珍しくなかったからだと見られている。
 さらに「既存の国際金融秩序」の中心には、いわゆるドル覇権があり、それ以外の通貨による貿易を振興する意味合いもあると言われる。
 スプートニク・ブラジル5月16日付《ソファの上のBRICS:世界GDPの30%以上を集中させるグループの基本的な課題とは何か?》(https://br.sputniknews.com/20220516/brics-no-diva-desafios-do-bloco-concentra-mais-30-pib-mundial-22666247.html)記事で、リオPUC大学国際政治学のマリア・エレナ・ロドリゲス教授は、《自国通貨による貿易取引は、BRICS諸国の特徴であり要求であり、ドルへの依存度を下げ、米国通貨の影響力を低下させることを目的としている。この点、ロシアと中国の流れは、ルーブルと人民元の使い分けがすでに数年前から行われているため際立っている。また、新開発銀行のプロジェクトの中には、特に中国や南アフリカ向けの融資で現地通貨を決済手段として使っているものがいくつかある》と述べている。

米国利上げで出番を迎えるか緊急時外貨準備金基金

新開発銀行のサイト

 例えば、NBDと同時に作られた「緊急時外貨準備金基金」の目的は、国際金融市場の流動性への備えを提供することにある。これは、参加国の自国通貨が国際的な金融逼迫の悪影響を受けている場合の通貨不安を支える役割が求められている。だから「ミニIMF」とも呼ばれる。
 このNBDは、米国が大規模な金融緩和を止めた結果として生じる可能性の高い経済不安定を蒙る国々に対し、援助を提供することも役割としている。まさに、米国の金融政策を決める連邦準備制度理事会(FRB)が、長引く物価高からテーパリング(金融緩和の引き締め)終了後、早期に利上げするとの観測が高まっている今、NBDの出番となりそうな雰囲気だ。
 NBDサイト(https://www.ndb.int/about-us/organisation/members/)によれば、創立5カ国に加え、昨年9月にはバングラデシュ、10月にはアラブ首長国連邦が加盟した。次に加盟候補として挙がっているのがエジプト、ウルグアイだ。昨年からメンバーが増え始めている。
 また、スプートニク・ブラジル5月20日付《BRICSは新しい世界規律の土台を形成できると専門家はグループ拡張を評価》(https://br.sputniknews.com/20220520/brics-pode-formar-base-de-nova-ordem-mundial-especialista-avalia-perspectiva-de-expansao-do-bloco-22716794.html)によれば、インドネシア、イラン、トルコ、アルゼンチン、メキシコ、サウジアラビア、カザフスタン、ナイジェリア、セネガル、タイなども、すでに招待国として会議に参加している。
 なかでもアルゼンチンは、ボルソナロ大統領が訪ロする1週間前の2月上旬、フェルナンデス大統領がロシアを訪問してプーチン大統領と会談していた。RFIラジオによると、フェルナンデス大統領はロシア大統領に対し、IMFに対するアルゼンチンの多額の債務について議論したほか、アルゼンチンがBRICSに加盟する可能性を評価するよう提案した。
 その数日後、フェルナンデスは北京で習近平に同じ提案をした。かなり近づいている雰囲気が漂っているが、ボルソナロ大統領が「ブラジルの存在感が薄くなる」と反対していると報じられており、今のままでは加盟は難しそうだ。
 戦争の真っ最中でも、その当事者ロシアがいるBRICSに近づく国々が出ていること自体、先進国側の視点とは違う動きが水面下で起きていることを感じさせる。

ルーラ推しのスプートニク

2019年、5カ国首脳がブラジリアに勢揃い(Marcos Corrêa/PR)

 このスプートニク・ブラジルを読んでいて気になるのは、基本的にルーラを強く擁護していることだ。現役のボルソナロ大統領の影は薄い。
 例えば、5月7日付《BRICSやUsasul、新グローバル・ガバナンスや国家主権を擁護するルーラが大統領プレ候補に》(https://br.sputniknews.com/20220507/lula-lanca-pre-candidatura-defende-brics-unasul-mudanca-na-governanca-global-e-soberania-nacional-22557784.html)には、ルーラが《私たちは主権国家であり、世界で尊敬され、より豊かで強力な国々と対等に話すことができました》と大統領時代を振り返ったと強調し、現在のボルソナロよりも外交的に強い存在感を見せていたと報道した。
 ウクライナ戦争に関しては、ボルソナロ氏もルーラ氏も「ロシアを孤立させようとする欧米の試みに反対」と同意見だ。だが、ボルソナロ大統領が10月の選挙で勝った場合、BRICSへの姿勢は今とあまり変わらないが、ルーラが勝てば関わりが強まると見る専門家は多い。ルーラが勝利した場合、PT政権では南南協力や多国間主義が重視されたことから、ブラジルはブロック内の影響力を拡大するだろうと見られている。
 スプートニク・ブラジル5月16日付《ソファの上のBRICS:世界GDPの30%以上を集中させるグループの基本的な課題とは何か?》には、「BRICSは世界の多極化の一つ」「G7に代わる一形態」「覇権の再編成に直面している今、代替案を提案する能力を持つ」などの見方が紹介されている。
 一方、同グループが抱える課題としては《中国とインドの軍事的緊張と対立、ボルソナロ政権の対中外交政策の位置づけ等は、より広範でまとまったプロジェクトの調整と実施に困難をもたらし、経済分野での議論の限界を示す》などが挙げられている。
 事実、テメル政権までは、BRICSはブラジルの国際的な存在感を高めるための手段として政府は認識していたが、中国嫌いのボルソナロ政権が発足した際にはその重要性が低下していた。
 だが、トランプ米大統領が選挙で敗北したことで、ブラジルの外交政策も西半球(アメリカ大陸を中心に考えた世界の半分)重視からアジアの方向へ転換を迫られた。BRICSは、ブラジルのアジア・太平洋地域におけるパートナーシップを拡大するものだからだ。
 そんな現大統領ですらもウクライナ戦争直前にプーチン大統領と会談にいき、それから一気にロシア側に寄り、反中親ロのスタンスになった。
 10月の選挙で誰が当選するかで、国際政治におけるブラジルの存在感は大きく変わり、それが世界の国際金融秩序にも影響を与える可能性がありそうだ。(深)

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