久々に感動して、胸をなでおろす気持ちになった。毛利律子さんの新著書『ソロー流、究極のシンプルライフ』を読み下ろしたからだ。
著者がこの本の主人公ソローを探究することになったきっかけが興味深い。なんと、あの文豪、司馬遼太郎本人の勧めですべてが始まったと、「あとがき」に記載されてある。
毛利先生は1949年生まれ、アメリカ合衆国テキサス州フォートワース市タラントカウンティカレッジ・リベラルアーツ終了、東京の慶應義塾大学文学部卒、現在ブラジル・サンパウロ在住の方である。
1994年に出版された『ソローとはこんな人』の著作者でもある。またこの題名は、あの司馬遼太郎氏本人から命名されたタイトルと示されてある。
私がこの文章を書く事になったのは、ちょっとした偶然のいきさつがある。それは、私も所属する、「清和の友の会」― 元ブラジル日本会議の友人からの勧めで、読んだ感想を求められたからである。
読みだして、多くの共感する点があるのに驚いた。ヘンリー・デイビット・ソロー(1817―1862)は、およそ170年前にアメリカ合衆国マサチューセッツ州で生きた哲人であった。
著者の毛利さんは、本の中で、アメリカ滞在中に司馬遼太郎ブームにはまり、「竜馬がゆく」、「坂の上の雲」などを片っ端から読まれたことを記している。
実は私もそれに似た体験があって、同じ頃、司馬遼太郎の本にはまり、人生の岐路が変わるほど物事の考え方に変化を感じる影響を受けているのだ。
書かれた内容を読むに従って、何故、司馬遼太郎氏たる大作家が、毛利さんに、「ソロー」に関して書かれるよう勧められたか疑問を感じ、「竜馬がゆく」など、本棚から取り出して、再度めくってみたり、インターネットで検索してみて、「なるほど」と思った。
私は、子供のころから日本の歴史に興味があり、ここ数年、日本語の不自由な二世、三世やブラジル人対象に、我流ではあるが、日本の歴史、文化、または、NHK大河ドラマの解説などを行っている。
そこで、これまた偶然、ちょうど今、幕末、明治初期に関して、幕府の万延元年遺米に関して紹介していた。そのため、この毛利さんの著書にある、ソローが書き下ろされたことを照らし合わせると、当時のアメリカのことが、手に取るように手ごたえを感じることができ、深い感銘を受けた。
そして、ソローが45歳の若さで亡くなる2年前に、幕府の万延元年遺米使節団(80名)が、ニューヨークのブロードウェイで5万人の大衆の前で、礼儀正しく、厳かに行進された事がアメリカのメディアに大きく取り上げられたと、司馬遼太郎氏の「明治という国家」に細かく書かれている。
私のつまらない推測であるが、どうも、ここら辺の事が、この偉大なる作家が毛利さんにソローに関しての探究を勧められたのではないかと感じた。よく知られていることだが、司馬遼太郎先生は何事かを書く前に、トラック一台分に及ぶ、膨大な資料を集め、勉強されたらしい。
アメリカものの「明治という国家」「アメリカ素描」などを書かれるにあたり、ヘンリー・デイビット・ソローに関しても勉強され、小学生にも読めるように、アメリカ文学の学生の毛利さんに託されたと。
「この人物に関して探究し、ソローの思想を広く一般人に知らせなくてはならない。小学生にも知らせて欲しいという強いお考えをもっておられました」と、その後、毛利さんより直に、次のように聞かされた。
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ソローとの出逢いは、アメリカ留学中の1968―1970年、司馬先生との出逢いは、岡山大学院でアメリカ学を研究していた1990年代です。当時は主婦が大学院で勉強するのはあまりありませんでしたから、司馬先生はその事を激励して下さいました。
また、司馬先生は、ソローと重なる日本の大転換明治時代の歴史的人物の発掘に精魂を込めておられましたから、そのように勧めて下さいました。
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ソローは、一種の「器用な何でも屋」でもあった。十指に余る仕事を持っていたので、測量、大工や村のいろいろな日雇い仕事でも稼げた。
シンプルに、何でも自分で手をかけて修理し、優れた洞察力を持っていた。簡単な方式で、コンコード市の近辺にあるウオールデン湖畔の水深を測量したが、その結果は、150年後に精密な測定器で測量されたところ、驚くべきことにほぼ同じであった。ソローの方式はシンプルながら、極めて精度の高い湖の水深マップが作成されていたのだ。
この本の主人公ソローの生い立ちであるが、当時の北米のハーバード大学のあるボストンの近くのコンコード市で鉛筆の工場を経営していた一家の次男として生まれ、恵まれた環境の中で優れた才能が育まれた。
早くして、最も敬愛する兄を亡くす悲しい体験に一生付きまとわされながらも、読書好きで、ハーバード大学の前身ハーバード・カレッジの図書館で読み漁り、父の死後、受け継いだ鉛筆工場を世界的な大企業に発展させ、大富豪になった。
そして、先に述べた、「究極なシンプルライフ」をとことんまで追求して、偉大なる業績を残している。170年も前の人物であるが、この著書は、何と現代社会に、今話題の自然環境の保護を、生き生きと肌に感じさせてくれることか。
是非、多くの人にお勧めしたい作品である。また、枕元に置き、何回も読み直し、ゆっくり、急がず、読まれることが好ましいと思う。読者が一生お付き合いする本となる事を確信する。
*この本は、来る7月15、16、17日に開催される「日本祭り」の「ブラジル日系文学会」のブースで販売され、運が良ければ、作者の毛利さんともお話しできる機会があると思います。
お問い合わせは: 「清和友の会」(細井=11・94149・0732、宮村=11・98296・8834)
〈サンパウロ 2022年5月30日記〉