参議院選挙に立候補したウイグル人女性
グリスタン、そして家族に中国当局の圧力が加えられるようになったのは、彼女が日本でウイグル人の支援活動にかかわってからだ。
ウイグル人の留学生が一時帰国し、本を買って日本に戻ろうとした。それが機密情報を海外に持ち出そうとしたとして身柄を拘束された。
「その人の救出運動にかかわった。そうした情報が中国当局に伝わってしまった」
帰るに帰れない状況に追い込まれてしまった。帰国すれば強制収容所送りになるか、それどころか殺される恐れさえもあった。
日本で生きていくためには、留学生の査証を更新していくしかない。留学生査証で就労できる時間は、1週間で28時間までと決められている。生活を切り詰めながら、査証を更新し、大学を卒業した。
その後、日本の会社に就職し、在留資格を留学生から「技術・人文知識・国際業務」査証に切り替え、最終的には日本に帰化した。
それでもウイグルにはいまだに帰れない。
「カナダ国籍を取得したウイグル人が殺された例もあります」
家族の安否もいまだに確認が取れない。
「私の家族に、弟の件は、連帯責任だと中国当局が言い放ったようです」
7月の参議院選挙に彼女は立候補した。
「そんなひどいことまで中国はしないだろうと、多くのウイグル人はそう思っていた。でも、気がついたら、とんでもないことになってしまった。私は帰化した日本人として、日本をウイグルのようにしたくない。今も弾圧に苦しむアジアの人たちのために人権を守りたい」
これが彼女の立候補の理由だ。
選挙戦ではウイグル問題を有権者に訴えた。2万2千票を取ったが落選。
この原稿を書いている最中に、フランスの国民議会選挙で、コートジボワール出身の元ホテル清掃係の女性が初当選を果たしたというニュースが飛び込んできた。
彼女は15年にフランス国籍を取得している。
今後はこうしたことが日本でも起きるのではないか。
グリスタンは、査証の切り替え手続き、帰化申請では筆舌に尽くしがたい苦労を経験してきた。入管行政に厳しい意見を言うのかと、私は思っていた。
「私は、無制限に外国人を受け入れるのは、実は反対なんです」
中国に文化、言葉を奪われ、中国批判をする者は強制収容所送りになるか、生命の危機に直面する。こうした現実をまざまざと見せつけられてきた彼女には、日本の現在の姿は、ウイグルと同じ道を歩んでいるように思えるのだろう。その危機感が立候補につながっているようにも思える。
移民認定率はイギリス63%、カナダ62%、日本0・7%
21年、難民に認定されたのはわずかに74人で、難民認定率は0・7パーセント。人道上の配慮から特別在留許可を得た者580人。これに対してイギリスの63・4パーセント、カナダ62・1パーセント、ドイツは25・9パーセントだが、4万人近い難民を受け入れている。日本は比べようもなく低い数字を示している。
さらに難民審査にあたって、トルコ、ミャンマー、そして中国に対しても、特別な配慮が働いているのではないだろうか。
移民は自分の国を離れて、国境を越えて他国に移り住む人を差すが、その中でも紛争や迫害から逃れるために国外に逃れた人々が難民だ。
難民であろうが移民であろうが、外国人は受け入れないという日本の政策は、一貫している。日本は決して移民を認めようとはしない。
私の古巣でもあるサンパウロのニッケイ新聞(現ブラジル日報・2018年11月13日)は、こう報じている。
☆
《「隠れ移民大国」日本は、キチンとした移住政策をとるべき》
ブラジルよりも移民大国ではないかと、あきれた。ブラジルは今もベネズエラ人移民だけで6万人も受け入れるなど、依然として「移民大国」というイメージが強いが、実はとっくに実態としてはその状態を卒業してしまっているからだ。(略)
実は総人口2億700万人に対して、外国人人口は75万人しかおらず、公式な外国人比率はたった「0・3%」に過ぎない。つまり、割合としては日本の7分の1だ。
ただし、ブラジルの場合、常に非公式だが、より現実に近い数字がある。ビザなしの人たちを入れた実際の外国人総数をその3倍とする推測が、UOL電子版記事「ブラジルには少ししか移民がいない」にある。それでも人口の0・9%に過ぎない。つまり、日本の方がはるかに「移民大国」だ。(略)
「移民ではない」という日本政府の姿勢は、「クジラは漢字で書けば『鯨』で、魚ヘンが入っているから魚類だ」と言い張っているようなものだ。政府がそうせざるを得ないように圧力をかけている産業界、そしてそれを許している日本国民の意識が問題の根本だ。
☆
デニスなどクルド難民の弁護を務めている大橋毅弁護士はこう語る。
「外国人の受け入れについての政策は、人口政策、産業政策、労働政策、安全保障政策、文化政策、宗教政策、教育政策、社会保障政策、差別禁止の政策、治安政策などの総合的な政策でなければならないことは当然であって、労働者保護、信教の自由、民族的アイデンティティの維持の保障、教育の保障、差別禁止、社会保障などの面では法令の遵守が必要となります。
このような政策を担うのは、本質的に治安機関である入管庁では不都合だと思います。外国人の受け入れは、治安政策として位置づけられては、極めて狭い視野のものとなり、妥当でないと思います。
例えば、入管庁が、21年12月に、『現行入管法上の問題点』という資料をHPで発表しましたが、その中で『共生社会』について、『我が国に入国・在留する全ての外国人が適正な法的地位を保持することにより、外国人への差別・偏見をなくす。日本人と外国人が互いに信頼し、人権を尊重する』とし、『適正な法的地位を保持しない外国人は差別・偏見の対象とされ、不信の対象となり、人権が尊重されない』ことを示唆しており、多文化共生社会の本来の趣旨に反すると考えます。上記の総合政策を担当する官庁が、必要ではないでしょうか」
厚労省によれば、日本で働く外国人は172万4千人(20年10月)、この中には当然デカセギ日系人、技能実習生、留学生も含まれる。彼らも査証を更新しながら、日本に「定住」している。日系人が日本にデカセギに来日するようになってすでに32年が経過している。「定住」は「永住」化し、政府が移民は認めないといったところで、実態は移民そのものだ。
しかし、日本政府が査証の延期を拒めば、彼らは一瞬にしてオーバーステイの状態に置かれてしまう。入管施設に収容された難民への排撃的処遇が、彼らにも向けられる可能性がある。
ブラジル日系社会は称賛しても在日外国人は別
1908年6月18日、笠戸丸という移民船に乗船した第1回移民がブラジルの土を踏んだ日で、日系社会はこの日を移民の日と定めている。日本の首相からも現地の日本語メディアにメッセージが届くが、前者が19年、後者が15年のものだが、その一部を紹介する。
〈ブラジルは海外で最大の日系社会を有するまでになり、日本に対する強い信頼がブラジル社会全体に深く根を下ろしています。先人の精神を受け継ぎ、二世、三世、そして新世代の日系人の皆様が、ブラジル人としてブラジル社会でご活躍されていることに改めて敬意を表します。〉
〈ブラジルにおける日系社会の存在とその貢献が、現地で高い信頼と評価を受けていること、それが日本全体への信頼につながり、両国の友好を支える礎として大きな役割を果たしてきていることを改めて実感しました。〉
日系人が「ブラジル社会全体に深く根を下ろし」、つまり移民は幾多の試練を乗り越えて永住し、新世代の日系人は「ブラジル人として」活躍している。それが日本とブラジルの友好を支えていると讃えている。このメッセージの送り主はともに故・安倍晋三だ。
日本から海外に渡った移民は、現地に永住、ブラジル人と共生し、同化している。安倍晋三に限らず、ブラジルを訪れた多くの政治家、要人は決まりきったように日系社会をこう賛美する。その一方で、掌を返したように、助けを求めて日本に入国した難民を拒絶し、デカセギ日系人や技能実習生も移民とは認めない、これが日本の現実だ。矛盾もはなはだしい。
かつて満州移民がそうであったように、移民には侵略の先兵といった側面もある。グリスタンもそれを危惧していた。しかし、安倍晋三のメッセージはある意味では移民について的を射たものだ。移民は「友好を支える」存在になりえる。
移民は国境の壁を低くし、国家間の対立を緩和させる力を秘めている。だからこそ日本で暮らすことを望む移民や難民との共生を図る必要があるのではないだろうか。
難民の中には、来日後、子供が生まれているケースも出てきている。
「日本はそんな子供まで不法滞在扱いにするつもりですか。日本で生まれ育った子供まで、強制送還にするんですか」
クルド難民のデニスは言葉を荒らげた。
日本で暮らす外国人とどう向き合うのか、どう共生を進めるのか。90年代は国際化が、今はグローバル化、多文化共生と叫ばれている。しかし、これは日本が近い将来目指すべき指標ではなく、私たちがすでに直面している現実だ。(終わり、月刊『望星』2022年9月号初出)