《記者コラム》大統領選で注目集める「戦略投票」=今回は日系社会代表を政界に送り込めるか

PT「戦略投票しないと流血事件が起きるかも」

 投票日まであと5日――「Voto útil(戦略投票)」という言葉に注目が集まっている。現在、主にルーラ率いる労働者党(PT)陣営が呼びかけている投票行動で、世界的にも良く使われている考え方だ。
 「戦略投票」とは、有権者本人が一番良いと思う候補に投票するのでなく、現在の支持率動向に照らし合わせて戦略的に投票先を決める行為のことだ。「戦略的投票行動」とも言われる。
 現在の世論調査では各社おおむねルーラが45%前後、ボルソナロが30%余り、3位のシロが5%程度の数字で安定している。投票当日は白票や無効票などをのぞいた「有効投票数」で計算されるから、それだとルーラはわずか2~3%増えれば過半数を制することが出来る。
 第1次投票で過半数(有効投票数の半数+1票)を得れば、ここで大統領選の勝敗が決する。だから決選投票は無くなる。
 ルーラ陣営が戦略投票を訴えているのは、少なくとも2人のPT党員がボルソナロ支持者に殺害され、ダッタフォーリャなどの世論調査員が相次いで襲撃されている現実があるからだ。
 もし第1次投票で決まらず、決選投票に持ちこまれて僅差でルーラが勝った場合、ボルソナロ派の狂信的な武装集団がさらに血なまぐさい事件を起こしたり、米国の連邦議会議事堂襲撃事件の二の舞が起きるのではないかという心配があるからだ。
 その不安をルーラ陣営は煽っている。その流れでここへ来て、ライバルだった元大統領選候補、人気俳優や歌手などの芸能人がルーラ支持表明を続々としている。
 仮に第1次投票で、世論調査で今出ているような10%以上の圧倒的な差で勝敗が決まれば「選挙で不正があった」とは主張しづらく、暴力事件につながりづらい。そのような理由でPT陣営は、支持率第3位のシロ支持者、第4位のシモネ支持者らにルーラへの投票を呼びかけている。
 このように、有権者からすると本当はシロやシモネに投票したいが、それだと「望ましい平和的な投票結果」にならない可能性があるので、それなら不本意ながらルーラに投票して結果的に「安穏な選挙」になった方が良い、という風に考えさせる「戦略投票」キャンペーンをPT陣営は先週から繰り出している。
 ここで重要な役割をするのが、世論調査を毎週実施する調査機関と、その調査結果を報道する大手マスコミだ。有権者が選挙結果を予測するには、世論調査の結果を見るしかない。これを基に有権者の戦略的な判断が行われるからだ。
 ルーラ陣営が訴える「戦略投票」は、実はブラジル国民には分かりやすい考え方だ。現在のようなルーラ/ボルソナロの両極化が起きている背景には、「好き嫌いとは関係なく、自分にとってより害の少ない強者に従う」思考があるからだ。ブラジル人がよく使う表現でいえば「Menos mau(害が少ない)」がこの思考に近いと思う。
 理想とする候補者がいない現実の中で、「Menos mau」を選ぶのは自然な判断基準とも言える。

大統領派「調査会社とマスコミが結託している」

22日付G1サイト記事《戦略投票:有権者の11%は第1回投票で大統領選を終わらせるために投票先を変えてもいいと考えているとダッタフォーリャ》の一部

 22日付G1サイト記事《戦略投票:有権者の11%は第1回投票で大統領選を終わらせるために投票先を変えてもいいと考えているとダッタフォーリャ》(24日参照、https://g1.globo.com/politica/eleicoes/2022/pesquisa-eleitoral/noticia/2022/09/23/voto-util-11percent-dos-eleitores-mudariam-de-voto-para-encerrar-disputa-a-presidencia-no-1o-turno-aponta-datafolha.ghtml)によれば、第1次投票で入れる候補を変えてもいいと答えている有権者11%の大半は、シロ・ゴメスとシモネ・テビチの支持者だ。
 86%は「投票先を変えるつもりはない」、残り2%が「決めていない」となっている。
 PT側にしてみれば、決選投票になれば最終的にルーラ勝利という大きな流れはあるが、第1次投票で勝敗が決するにこしたコトはない。それが11%の有権者にかかっている。当然のこと、票を削られるシロとシモネはこのキャンペーンに大反発している。
 戦略的な判断をする際、いろいろな判断材料が有権者の前に提示されている。現在はネット上でさまざまな意見、陰謀論が山のように出てくるから、有権者は大いに迷わされる。そんなときに「単純で分かりやすい論理」は有権者に採用されやすい傾向がある。
 「戦略投票」は第1次投票で決着をつけたいPT側の「単純で分かりやすい論理」だが、ボルソナロ側は「調査機関と大手マスコミが結託して世論調査の数字をごまかしている」という主張を展開している。
 PT側は「10%以上の圧倒的な差で勝敗を決める」ことの重要性を主張している。ボルソナロ陣営の政治家と話していて気づいたが、ボルソナロ陣営から言わせると、「世論調査に出てくる10%の票差」は次のような解釈になる。
 「ダッタフォーリャなどの世論調査結果は、常に2~3%の誤差範囲を含んでいる。彼らはそれを悪用して、常にルーラには多く、ボルソナロには少なく発表している。だから10%の差と言っても、3+3=6を差し引いて考えれば実際には4%しかない」。
 10%差と4%差では、有権者が選挙結果を予測する際、まったく世論調査の結果の印象が異なる。4%差なら「もう少し増えればボルソナロがひっくり返せる」と有権者の世論が盛り上がる可能性がある。だが10%差なら「これだけの差をひっくり返すのはムリだ」となりがちだ。ボルソナロ陣営は「世論調査会社と大手マスコミが結託してルーラ圧勝を印象づけて、大統領の票が伸び悩む状況を作り上げている」と主張する。
 調査会社が誤差を悪用しているというこの考え方を、サンパウロ州知事選等に適用すると、1位のハダジと2位のタルシジオはもっと票差が少ないので「実は拮抗しているのに隠している」という風な言説につながる。

飯星連邦下議候補、野村市議、羽藤州議会議員候補

サンパウロ州から日系下議候補33人、州議37人立候補

 24日朝、野村アウレリオサンパウロ市議に率いられた飯星ワルテル連邦下議候補、羽藤ジェオルジ州議候補(現サンパウロ市議)が編集部にやってきて、非常に興味深い話を聴いた。
 野村市議は、「日系候補が乱立する中、戦略投票をしないと、日系候補者同士がお互いの足を引っ張り合った結果、前回のように日系社会と絆が強い候補全員が落選する」と訴えた。2018年10月9日付ニッケイ新聞《統一選サンパウロ州=戦後初、コロニア関連が全員落選=飯星、太田、安倍氏ら涙呑む=パラナ州では西森氏当選》(https://www.nikkeyshimbun.jp/2018/181009-71colonia.html)という状態だ。
 今回、サンパウロ州から立候補している日系人の連邦下議候補は33人、州議会議院候補は37人、上院議員2人、副知事1人もいる乱立状況だ。
 4年前も同様に多くの日系候補が出馬して票を食い合った結果、日系社会と強い絆を持つ候補が全員落選した。パラナ州からは西森ルイス氏が当選したが、サンパウロ州から日系連邦議員はキム・カタギリのみ。カタギリ氏は選挙地盤が元々ブラジル人若者層であり、日系社会との強い絆は持っていない。州議会議員も同様で、日系社会と絆の強い候補はみな落選した。
 当たり前だがサンパウロ州民は西森氏に投票できない。西森氏はパラナ州民が選んだ連邦下院議員であり、地元案件が何ものにも優先するのは当然のことであり、他州の案件は二の次になる。
 サンパウロ州はサンパウロ州でキチンと日系社会代表を送り込む必要がある。日系社会200万人と言われる現在、人口比から考えれば半分以上の100万人はサンパウロ州にいるはずだ。
 サンパウロ州から連邦下院議員を送り込むには最低10万票が必要と言われる。日系社会が戦略的に投票を特定候補に集中することが出来れば、常時4~5人の日系下院議員がいてもおかしくない。
 事実、日本移民百周年の後、日系連邦下議5人時代があった。パラナ州選出の連邦下院議員2人(西森ルイス、高山ヒデカズ)、サンパウロ州選出が3人(飯星ワルテル、大田慶子、ウイリアム・ウー)の頃だ。大半が日系社会と絆が強い政治家だった。それが現在はパラナ州1人のみだ。
 野村市議は「サンパウロ州の日系社会に関係した案件を州政府や連邦政府に上げるとき、強い絆を持つ議員がいるといないでは大違いだ。そのために良い結果を出せるチャンスをたくさん失ってきた」としみじみ語った。
 例えば、イビラプエラ公園の日本館や慰霊碑に対して、「オスカー・ニーマイヤーの初期構想の図面にはないからどかそう」という政治的動きが出たとき、日系州議会議員との連係なくして撤回させることは出来なかったという。
 現在もリベルダーデ日本広場周辺では、日系モニュメントをどかして黒人のそれを増やそうという動きが出ているという。これらの動きと調和的に対処するには、「日系人のブラジルへの貢献をよく知っていて、キチンと主張でき、強力な勢力と真っ正面から利害調整する能力がある政治家が必要だ」と野村市議は説明する。
 だから今回は自分の選挙ではないのに、他の日系候補のために一肌脱ぐ。野村市議は今回、飯星連邦下議候補と羽藤州議候補と「選挙協力(dobradinha)」を結び、投票を呼びかける運動をしている。

党派を越えて日系社会代表として連係

サンチーニョ

 この動きが興味深いのは、日系社会代表を州や連邦の政界に送り込むために、党派を越えて団結を図っていることだ。
 たとえば野村市議は民主社会党(PSDB)だから、州知事選挙ではロドリゴ・ガルシア候補の政治派閥、同党は大統領選ではシモネ・テビチ候補だ。
 対する飯星候補は社会民主党(PSD)で、州知事はタルシジオ・フレイタス候補は、大統領ならボルソナロ派だ。
 羽藤候補はブラジル民主運動(MDB)で、同党は政党連盟ウニオン・ブラジルに属しているから、州知事選ではロドリゴ・ガルシア候補。大統領選ではシモネ・テビチ候補を推している。
 このように政局においては敵味方に分かれる政治家だが、日系社会代表を州・連邦に送り込むために団結をしている。これはかつて無い動きであり、野村市議のリーダーシップは賞賛に値する。

2009年3月に訪日して麻生太郎首相と懇談する飯星連邦下院議員(肩書きは当時)

 飯星連邦下議候補は、「選挙運動のためにパウリスタ地方やノロエステ地方に足繁く通っているが、パンデミックによって活動が停止した日系団体がたくさんある。大組織はほぼ活動を再開しているが、少人数の団体では未だ休止したまま、事実上解散したところも出ている。たとえばバウルーはまったく停止してしまった。人数が少なくて高齢者が多かったところほど影響を受け、若者が多いところほど再開している傾向を感じる。グアイサーラのようにコロナ禍前の幹部は高齢者ばかりだったが、今は若者に入れ替わったところもある。地方の日系社会を再活性化することは我々の急務だと思っている。そのための支援を政治の側からしたい」と真剣な表情で語った。
 飯星氏は日系票を固めるために、もともとライバルだった安倍順二元連邦下議、ウイリアム・ウー元連邦下議らの支持も取り付けた。

スポーツ振興へのこだわりを語る羽藤州議候補

 羽藤州議候補も「我々は時に政治的にライバルだったこともあるが、決してイニミーゴ(敵)だと思ったことはない。日系社会を支援するという大目的のためには、利害を超えて団結することが大事だ」「今まで市議としてスポーツ振興を通して、病気の予防などを啓蒙普及してきた。その活動を州全体に広げたい」と熱く語った。
 野村市議は「日系候補はたくさんいるが、日系人の歴史や日系社会のことをよく知っていて、政治家としての実績を一番備えているのはこの二人。ぜひ連邦政府と州政府に〝我々の顔〟を送り込もう」と呼びかけた。
     ☆
 「戦略投票」という考え方は、民主主義において「諸刃の刃」ともいえる考え方だ。大統領選の場合のように「長いものに巻かれろ」とばかりに第3の候補ら少数派の言論を抹殺する方向に効果を発揮する場合もある。
 だが日系社会の場合、日系候補が乱立している状況では、何気なく投票しているだけでは、再び日系社会と絆が強い候補全員が落選することになる。戦略的に特定の候補に票を集中させないと、来年の移民115周年、次の120周年につながる盛り上がりを作りづらくなる。
 泣いても笑ってもあと5日間。日系社会の代表がブラジリアや州議会に送り込めるかは、日系人一人一人の考え方にかかっている。(深)

★2022年9月23日《ブラジル》ダッタフォーリャ調査員に殴る蹴るの暴力行為=ボルソナロ派による被害続く

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