琉大シンポ=中南米県系人との未来連携探る=留学生の拡大や支援強化を検討=「県系人の支援のおかげで開学」

「県系人の支援のお陰で4年制総合大学としてスタートできた」と感謝する西田学長

 第7回世界のウチナーンチュ大会を記念して琉球大学が主催したシンポジウム「琉球大学と中南米県系人との未来連携を考える~これまでの取り組み、今後の展望~」が、1日午後5時から同大学会館3階でハイブリッド形式により開催された。対面参加は約60人、オンラインでも同数が耳を傾けた。シンポを通して同大学と南米移民の関係を振り返り、あるべき将来像を探った。

 西田睦(むつみ)学長は開会の挨拶で1950年の同大開学時を振り返り、「海外県系人から物心両面の支援を受けたお陰で、4年制の総合大学としてスタートできた歴史がある。それに応えるために長年の留学生受入れに加え、03年には移民研究センターを開設した」との流れを振り返った。
 第1部の基調講演では次の6人が話した。最初は、外務省に34年間務め、その内27年間が中南米7カ国での駐在勤務だった三輪能弘(よしひろ)さんによる中南米の魅力紹介。次に宮内久光琉大教授が「琉球大学による中南米県系人への移民調査」をテーマに学究の歴史を概観した。
 3人目はLAC環境防災アドバイザーの伊良部秀輔さんによる「中南米地域における防災の取り組み」、さらに上智大学准教授の儀保ルシーラ悦子さんが琉大留学から東京の研究者になるまでの歩みを語った「県系人としての日本での歩み」、アルゼンチン初の県費留学生で現ブエノスアイレス大学助教授の宮城エルネストさんによる「沖縄留学経験」談、最後に渡邉英樹さん(代々木西脇ビルグループ会長)が「ボリビア開拓記外伝」を述べた。
 渡邉さん(81歳、長野県出身)は、琉球新報で60回に渡って連載した内容を『ボリビア開拓記外伝 コロニア・オキナワ 疾病・災害・差別を生き抜いた人々』として同社から7月に刊行したばかり。

琉球大学シンポ第2部の様子

 渡邉さんは1969年から74年までJICA職員として同コロニア建設に直接携わり、77年から82年まで企業駐在員として赴任し、その動静をつぶさに見てきた。コロニア・オキナワは当初入植者の9割が脱耕する厳しい時期を過ごした。その多くがブラジルへ流れてきた経緯がある。
 だが現在は、残った農家1戸当たりの栽培面積が300~500ヘクタールを誇るようになり、母県平均の100倍を超える大規模農業を実現した。現在では移住地成功例として高い評価を受けている。成功の糸口「農牧総合協同組合」(CAICO)設立の経緯などを熱く語った。
 第2部は討論会形式となり、壇上に6人が上がった。日本語が堪能なカストロ・ホワン・ホセ教授が司会役となり、大城肇(はじめ)特別顧問が学長時代にブラジル、アルゼンチン、ボリビア県人会を訪問して連携協力覚書を締結し、現在はペルー、ハワイ、台湾の6カ国地域に拡大している流れを説明。牛窪潔副学長からも「西田学長の指導の下、留学生の拡大や支援強化を検討していきたい」との方針が提示された。
 ブラジル県人会の高良律正会長からは「大学と県人会の関係は非常に重要。若手企業家がビジネスを学べる学部があると有り難い。工学、建築、医学など多彩な分野で留学を可能にしてほしい」との要望が上げられた。
 島袋栄喜元県人会長からも「ブラジルでは元留学生会ウリズンが大活躍している。在伯の日本企業は日本留学経験者をもっと優遇して欲しい。ドイツ系企業などではドイツ留学経験者が引っ張りだこになっている。日本企業がグローバル化するためにはもっと日本的価値を見直すべき」と提言した。
 その後、懇親会となり西田学長が「カリー」と乾杯の音頭をとって、海外県人会役員と大学幹部がしばし歓談した。
 シンポの前には学長室で、南米県人会代表らが西田学長、大城特別顧問らと懇談した。

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