連載小説=自分史「たんぽぽ」=黒木 慧=第94話

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 日本では宮崎の日向市で妹の七海が私と美佐子が約十年間払っていた国民年金の私の分、六十五才満期の受取り手続きを進めてくれてた。
 そして、美佐子の六十五才になる二〇〇三年の六月から、二人分合わせて、年に約五十一万円受取ることになり、七海への謝礼三万円を差し引いてもまだ四十八万円くらい受取るので、二年分を貯めて、約一〇〇万円あれば二年に一回は日本に遊びに行けるね、と笑って話すこの頃である。
 さて、老後の金銭的保障は前述のようだけど、今後のライフスタイルと言うか、人生設計はどうなるのか。
 若い頃に画いた様な大きな望みはもう画けないけど、まだやりたいことは沢山ある。
 仕事のことは第一線から後退はしたものの、自分の力で自分の生活は守りたい。息子、悟の重荷になりたくない。力の続く限り、他の人に迷惑をかけたくない。私にしろ美佐子にしろ、性格的に出来るだけ明るく人生を楽しみたい方で、人とのつき合いはより多くの場所に出たい方であり、また、カラオケやマレットゴルフを楽しみ、もし金に余裕が出来たら、旅行も楽しみたい。ちょっと欲張りかな!!
 そのためには前述の年金だけでは足りないので、私共はまだまだ稼がねばならない。十年まえの現役の頃の様に家族を養って行くと言う義務はないし、唯一、自分達の楽しみの分を稼げばよいので。気分的にそれほど重圧は感じないけど、それでもこの不況でなかなかままならぬことである。
 ところで六十五才になって健康上の面でみると、一ヵ月前に受けた人間ドックでそれほど大きな欠かんはない。食べ過ぎによる胃の小さな潰瘍も食事のコントロールですぐに治る。
 昨年からひざの半月板の傷を早瀬さん指導のお灸療法により大体治って、あとは筋肉強化で完治すると思う。ただ、年々不相応のきつい仕事をしたりすると、まず足腰に痛みを感じるので、今からは若い頃の様に無理は出来ない。ただ、私は若い頃から外部器官に失かんがあり、眼は五十過ぎから近視と乱視の眼がねをかけており、歯も五十五才で総入れ歯だし、耳は子供の頃から難聴だし、五十五才位から耳鳴りが始まった。このように外部器官は他人より感度が鈍いけど六十五才の現在、それほど不自由は感じない。ただ、私が自慢できる一つの物と言ったら頭毛である。まだ黒々として、同年齢の仲間から羨ましがられる。でも、昔から見たら大分毛が細くなって量も少なくなった。内部器官は血圧、血糖値、心臓、下腹部の超音波でも肺も皆問題ないようだ。美佐子は私より三年と八ヶ月若い。彼女も健康面で余り問題なく、まだ仕事に頑張っている。

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