7日はペルー史上最も緊迫した日
12月7日水曜日はペルー史上、もっとも緊迫した日の一つとなった。ペドロ・カスティージョ前大統領は、自己クーデターに失敗し、国会により弾劾決議案の採決が行われている最中にメキシコ大使館に逃亡しようとしたところをペルー警察に拘束され、副大統領であるディナ・ボルアルテ氏が大統領に就任した。この劇的な一日を振り返るとともに、カスティージョ前大統領支持派による抗議活動への対処に苦慮しているボルアルテ政権が抱える課題についても考えていきたい。
12月7日には、ペドロ・カスティージョ大統領に対する3回目の弾劾決議案の審議及び採決が午後3時から実施される予定であった。
ペドロ・カスティージョ大統領に対しては、ペルーの検事総長が7つもの汚職疑惑で憲法告発をしていた。その上、大統領府の事務局長、最も親しい間柄の大臣、親族である甥、従妹などにも検察庁による汚職での捜査が及んでいた。
報道関係者の間では、3回目のカスティージョ大統領に対する弾劾決議案の採決においては、可決に必要な87票にわずかに届かないが、可決される可能性もあるとの予想がされていた。
しかしながら、当日の午前中、国会の監査委員会において、前住宅建設上下水道省最高顧問がヘイナー・アルバラード元住宅建設上下水道大臣を通じて、カスティージョ大統領に毎月賄賂を渡していた」との証言があり、カスティージョ大統領とその側近にとって非常に緊迫した状況になっていた。
そして、正午頃、カスティージョ大統領が「国会の暫定的な解散と臨時政府の樹立を宣言する。司法組織を再編し、制憲議会を発足させるための選挙を9カ月以内に実施する」と発表した。この異常な事態を受け予定を前倒して国会において本会議が行われ、「道徳的無能力」を理由とする弾劾決議案の採決が実施され、賛成票101票、反対票6票、棄権10票で可決され、カスティージョ大統領は罷免された。
その後、カスティージョ政権の大臣が全員辞任し、警察と国軍がカスティージョ前大統領による自己クーデターを支持しないことを公式に発表し、自己クーデターの失敗は明らかになった。そして、カスティージョ前大統領がペルー警察に拘束され、午後4時前には副大統領だったディナ・ボルアルテ氏が大統領として宣誓した。ペルーでは初の女性大統領の誕生となり、7日の夜にはカスティージョ前大統領が刑務所に収監された。
過激化する抗議活動に緊急事態宣言発出まで
次の日、特に内陸部においてカスティージョ前大統領の支持者らが「カスティージョ前大統領に自由を」「国会を解散しろ」「総選挙の前倒し」などのプラカードを持ち、抗議活動を始め、徐々に拡大していった。
抗議活動参加者が警察官に対して爆発物を投げるなどの攻撃をするなどより暴力的になり、死者や負傷者が報告されるようになった。ディナ・ボルアルテ大統領はこのような状況を踏まえ、11日の深夜に2024年4月に総選挙を前倒しする法案を国会に提出すると発表した。
しかしながら、抗議活動は収まる気配はなく、一部のグループは破壊行為をするようになってきた。15日現在、抗議参加者らは、ペルー各地の約50カ所の幹線道路や高速道路を封鎖し、国内の4カ所の空港を占拠し、工場などを襲撃し、地方の官公庁に放火し、商店などで略奪をしている。16日現在、同抗議活動による死者は20人に達し、警察官の負傷者も200人を超えている。
12日夜には、ペルー警察反テロ対策局長のオスカル・アリオラ氏は「今回ペルー各地で行われている抗議活動においては、テロ組織センデロ・ルミノソから派生した組織であるMOVADEF(恩赦と基本的権利のための運動)が絶え間なく活動している」と語った。
このような事態を受け、政府は14日には国内秩序の維持を目的として、ペルー全土に30日間の緊急事態宣言を発出した。同措置により集会、住居の不可侵、通過の自由などの権利が停止され、警察官が要所に配置され、ペルー国軍の兵士の支援を受けて警備にあたった。また、15日の夜には抗議活動が激化している8県15郡に5日間の夜間外出禁止令が発令された。さらに、同日の夜、反逆罪の疑いで7日間の予備拘束の措置を受けていたカスティージョ前大統領に対して18カ間の未決拘留の判決が下された。
ボルアルテ政権の大課題
果たしてペルーは平穏を取り戻すことができるのだろうか。ディナ・ボルアルテ大統領の内閣の人選を見る限りは、左派の急進的な勢力とは距離を置き、カスティージョ前大統領が最初から最後まで続けた「権力の割当」による人事とは一線を画し、カスティージョ政権時代に途切れた近年のペルーの「大臣の半数は女性」という政治的な慣習が戻った。
しかしながら、今のように平時ではなく、まるでジェットコースターのようなスピードで変化している政治・社会情勢において、基盤となる政党がないディナ・ボルアルテ大統領が生き残れるかは未知数である。
歴史的な転換期である現在のペルーでは文字通り数時間毎に政局が動いている。例えば、現在この記事を一通りまとめた16日昼から2時間ぐらいの間にも、国会では総選挙の前倒しに関する憲法改革案が賛成票49票、反対票33票、棄権25票で否決された。
また、15日にアヤクチョ県に位置する空港を占拠しようとした抗議活動参加者と警察官、国軍の兵士との間で空港の外で発生した衝突により8人が死亡し、52人が負傷したことを受け、2人の弁護士がボルアルテ大統領の他、治安維持に関連する大臣4人に対して刑事告発をした。
そして、抗議活動において死者が多くでていることから就任後一週間しか経っていない文化大臣と教育大臣が辞表を提出した。一方で、午後3時からはペルー各地で市民が暴力化する抗議活動に反対する平和を求める大規模な行進が始まるなどの様々な変化が生じている。
12月4日、ワルド・メンドサ元経済財政大臣はエル・コメルシオ紙に掲載されたコラムにおいて、「ペルーが直面している政治危機や民間投資の麻痺などの要因により、ペルーが過去30年間享受してきた比較的高く持続的な経済成長の長いサイクルが終焉を迎えた」との意見を発表している。
ボルアルテ政権はカスティージョ政権が残した負の遺産を克服し、次に実施される総選挙を、透明性を確保した上で実施するという大きく、そして難しい課題を抱えている。
筆者略歴
都丸大輔。青森県生まれ東京都育ち、将棋三段、日本語教育能力試験合格。日本では教育委員会の嘱託職員として外国人児童の日本語教育、学校生活の支援に取り組むとともに、スペイン語圏話者向けの個人レッスン専門の日本語教師、スペイン語通訳に従事。2012年からペルーに定住し、個人レッスンを中心とした日本語教育に携わりながら、ペルーにおける将棋普及活動に取り組む。2017年からはペルー日系社会のためのスペイン語と日本語の2カ国語の新聞を発行するペルー新報社(https://www.perushimpo.com/)の日本語編集部編集長に就任。2021年からはねこまど将棋教室の将棋講師として、オンラインでの将棋の普及活動にも取り組んでいる