2022年のサッカーW杯はアルゼンチンの優勝に終わり、ブラジル代表(セレソン)の優勝はならなかった。今回の大会は早くから「HEXA(6回目)」という言葉が至る所から聴こえ、ここ10数年でももっとも期待されていたが、夢は4年後に持ち越しとなってしまった。
今回のセレソンがとりわけ期待されていた理由
セレソンがW杯で優勝を期待されることは毎度のことであるが、今回は特に期待度が高かった。自国開催だった2014年より圧倒的に高かったと言っても過言ではない。それはなぜか。ずばり「戦力整備」。2010年以降の大会以降で最も出来上がっていたからだ。
今回のセレソンほど、各選手の所属クラブが豪勢だったことは、少なくともこの4回ではなかった。ほとんどの選手の所属がレアル・マドリッドやPSG、マンチェスター・ユナイテッド、ユベントス、アーセナルといった、他の代表チームからしたら垂涎ものの選手がずらりと揃っていたためだ。それが攻撃の選手に目立っていた。
今思い返しても2014年は攻撃陣が貧弱だった。フォワードのネイマールはともかく、他の2人がフレッジとフッキ。かたや国内リーグ、かたや国際リーグ市場ではB級のロシア・リーグのエースだった。そうなってしまっていたのは、2002〜06年のセレソン黄金期の攻撃陣であわよくば14年大会も30代での出場が期待されていたロナウジーニョ、カカー、アドリアーノ、ロビーニョの衰えが想像以上に早く、後続を育ち損ねていたからだ。
従って14年大会は当時まだ22歳だったネイマールに全てを託さなければならず、準々決勝での彼の負傷退場後、準決勝のドイツ戦での1―7の屈辱の敗戦につながっていた。
そこからブラジルは攻撃陣を立て直し、今年はヴィニシウス・ジュニオル、リシャルリソン、ラフィーニャ、アントニー、ロドリゴ、ガブリエル・ジェズス、マルチネッリと、ネイマール以外にもそうそうたる若手の精鋭たちが並んだ。
そこに加え、守備の要に鉄壁の名手が揃っていた。ゴールキーパーのアリソン、センターバックのチアゴ・シウバ、ボランチのカゼミロ。いずれも国際的にも一目置かれる存在。若く層の熱い攻撃陣に、経験豊富な30代の守備の名手。この組み合わせが良かった上に、監督はチッチ氏。2012年にコリンチャンスでクラブ世界一も経験している、国内指導者としては最高の人物。「これだけ揃っていたら」。そういう思いが強かったのは確かだ。
2013年からの嫌な流れを断ち切りたかった
今年のセレソンを国民が望んだのには政治的な理由もあった。それはとりわけ左派に強かった。22年の大統領選ではルーラ氏がボルソナロ氏を破って当選を決めたが、ボルソナロ氏への嫌悪感が強かった左派としては、サッカーでもボルソナロ色を一掃したかったのが本音だった気がする。
ひとつには、ボルソナロ派が「愛国のしるし」としてセレソンのユニフォームを着はじめたことにある。極右、保守派によるセレソンの一方的な私物化。2019年の同政権発足が、左派の人たちがセレソンのユニフォームを着ることはためらわれる傾向ができあがっていたのは否定できない。
それプラス、ブラジルサッカー界に2013年からできた重い空気の払拭。左派の人たちはこれも行いたかったのではないだろうか。そう思わずにはいられない。
それまで未曾有の好景気で国際的にも羨まれさえもしていた労働者党(PT)政権に、保守派を中心とした国民が反旗を翻したのがこの2013年のサッカーのコンフェデレーション杯。このときから翌年にかけ、「PT政権はW杯の優勝まで金で買った」という陰謀論まで出回り、反PT派がネット上でセレソンの負けさえをも願うような異例な状況もかなり多く見られた。
当時は政界ではラヴァ・ジャット作戦のスキャンダルが大きくなり始めていた頃。国民の国への不信感が高まる一方だった。だが、国民が望んだはずのPT政権の終焉は政界浄化のはずだったラヴァ・ジャットの失墜やボルソナロ政権の失政で崩れ、政界も元の鞘に戻るかのようにルーラ氏のPT政権復活へと導かれていった。
今回のW杯の初戦のセルビア戦でリシャルリソンがオーバーヘッド・キックのシュートを鮮やかに決めた時、やや過剰とさえ思えた熱狂が沸き起こった背景にもそれがあるように思えた。リシャルリソンはかねてからセレソンきっての社会派で、ボルソナロ氏が嫌った人種差別や環境問題に関しての論客であることは予てから知られていた。
そんな彼がW杯の大一番で豪快なシュートを決めたことで、左派のあいだでリシャルリソンをセレソンのニュー・リーダーともてはやす人が続出。さらにはボルソナロ派で知られるネイマールが故障したのに乗じて「ネイマール不要論」を叫ぶ、やや行き過ぎた流れまでもが実際に起こった。
好調だったセレソンに起こった異変
久々に高まった国民の期待とリシャルリソンのスーパーシュートなどのおかげで、今回のW杯でのセレソンの滑り出しは良かった。2戦目のスイス戦までは参加32チーム中でも上位の滑り出しだったように思う。
ただ、それが3戦目のカメルーン戦で狂った。その日のセレソンは、すでに決勝トーナメント進出が決定していたことから、先発を全て控え選手にして臨んだ。それは決して「対戦相手をなめていた」ということではなく、その次の決勝トーナメントが中2日の休みだけで行われる強行日程だったための対策でもあった。だが控えも一流選手揃いだったことから、「この試合で活躍でもすれば、新たなスターも生まれるだろう」くらいの楽観的な空気もあった。
ところが、この試合でセレソンはいくらシュートを打とうが点が入らなかった。その数、実に21本。結局、無得点に終わっただけでなく、最後は試合終了間際にカメルーンに1点を決められよもやの敗北を喫してしまった。
これで良かったはずの空気が淀んでしまった。そこに加えて、アレックス・サンドロ、アレックス・テレスの両サイドバックの相次ぐ故障も起き、戦力的にも不安が高まってしまった。
気分を変える対策を怠ったままの敗戦
そこで何か新しい戦略でも試せばまた雰囲気も変わったかもしれないが、チッチ監督は続く韓国戦で故障で戻ってきたネイマールと、セルビア戦で右サイドバックで先発したダニーロを左サイドバックで起用したにとどまった。
このとき、サッカーファンの間からは「サイドバックが不足しているのなら、その負担がかからない3バックや5バックをなぜ試さないのか」の声が実際に起こっていた。5バックなら、余剰気味の有能なフォワードをサイドで起用できたりもして、思わぬ収穫も期待できた。だが、そういう起用は起こらなかった。
韓国戦こそ、序盤に幸先良く4点を取れて圧勝した。だが、それがセレソンにとっての根本解決にはなっていなかったことが準々決勝のクロアチア戦で再び露呈されてしまった。
この試合でもセレソンはとにかく攻めに攻めた。だが、延長の30分も含め、放ったシュートは21本にして、得点はわずか1点。相手キーパーのリバコビッチが好守備を見せていたのは確かだが、しかし、セレソンの放ったシュートはほとんどキーパーの正面を突くばかりで、キャッチの難しいものはほとんどなし。あわてて打った単調なシュートが目立った。もう少し考えて慎重に打てば、また違った展開もあったような気がしてならない。
そして、その拙攻が、この日、たったひとつだけ出た守備のミスを致命傷にしてしまった。延長含め120分間のうち117分まではクロアチアの攻撃を完璧に封じこんでいただけに本当に惜しかった。しかも、そのミスを犯してしまったのが、延長後半から途中出場のフレッジというのが痛かった。
この大会で守備の粗さをファンからたびたび指摘されていた選手だ。チッチの守備シフトをここまで順守出来ていなかったメンバーを信じて守備につかせた結果、不要な攻撃参加が相手選手のマークをガラ空きにさせ、痛恨の失点につながった。
直接的な決着は延長戦後のPKで決まったものの、この拙攻と1度だけの守備のミスこそが招いたも同然だった。
短期決戦で勝つ采配をしたアルゼンチン
セレソンの敗戦はその期待値が大きかっただけに落ち込みも大きなものだった。だが、準決勝のアルゼンチン対クロアチア戦を見たとき、どこが「優勝のためのサッカー」をやっているかは一目瞭然にわかった。
この日、アルゼンチンはクロアチア得意のカウンターサッカーをやらせまいとしてあえて積極的にせめず、むしろクロアチア側に攻めさせた。そして逆にアルゼンチンは少ないチャンスを効果的に生かし、慎重なパス回しや攻め上げを行った末、より厳選した形でシュートを放った。その結果、シュート数わずか9本で3点を奪うという効果的かつ頭脳的なサッカーでクロアチアに圧勝した。
アルゼンチンは初戦のサウジアラビア戦こそ落としたものの、そこからは先発メンバーもフォーメーションも毎試合変える臨機応変ぶりで調子を1試合ごとにあげていった。とりわけ、初戦には先発していなかった2人の若手、22歳のセンター・フォワードのフリアン・アルヴァレス、21歳のボランチ、エンゾ・フェルナンデス。
この2人をこの大会でこれまでになかった開花をさせたのは大きかった。ややもするとエース、メッシばかりが注目されがちなこのチームで、ポスト・メッシを担える若手を急ピッチで育成したことは他チームにとっては脅威だった。
そんなアルゼンチンを指揮するスカローニ監督の采配は決勝のフランス戦でも冴えた。若手の活躍が目立っていた中、先発には大ベテランのディ・マリアをウィングで起用すると、前半だけで2得点に絡む活躍を見せた。さらに延長戦後半では、かねてから実力を高く評価されながらメッシの控え選手として陰に隠れ続けていたディバラを起用。PK戦でアルゼンチン2人目のキッカーとして登場させた。
先行のフランス2人目がゴールを外した直後、確実にゴールを決め、アルゼンチンがPKを優位に進めるきっかけを作った。こうした、それぞれの局面において、選手にやる気を喚起させる采配が果たしてチッチ監督に出来ていたか――。そこに大きな疑問が残った。
次回大会のセレソンに期待するもの
セレソンの今大会での優勝はかなわなかった。6度目制覇の夢は4年後に持ち越された。今回優勝を逃したのは、守備陣が円熟期だっただけに貴重なチャンスを逃したことはたしかだ。
だが攻撃陣が次回大会でもほぼ全員20代と、連続出場が可能な年齢だ。加えて、そのさらに若い世代からも16歳のエンドリック、17歳のヴィットール・ロッケなど、楽しむな逸材も登場してきている。ネイマールは34歳になるが、まだ体は動くし、今のブラジルで手薄になっている攻撃的ミッドフィールダーに守備位置を移せば、4年後でも十分やれそうだ。
ただ、監督だけはこれまでにない人事を望みたい。ズバリ、外国人監督だ。これまでのブラジルサッカーにこだわらない、とりわけ、この5大会で連続して敗れている欧州のサッカーに通じた人を監督に据えてもらいたい。
すでにブラジルの全国選手権やリベルタドーレスでは、ポルトガル人指揮官が率いたフラメンゴやパルメイラスが南米随一の圧倒的な強豪となっている。なにかちょっとしたコツのようなものがあるような気がするのだ。そこさえ見えてくれば、ここ5大会の産みの苦しみが嘘のように、あっさり優勝できるような気もしているのだが。(沢田太陽)