「暴力や破壊に同意するわけにはいかない」
20日に編集部を訪れた西森ルイス連邦下院議員(73歳、PSD、伯日議員連盟会長)に、8日の三権中枢施設襲撃事件に関するコメントを求めると、「8日は、全ブラジル国民にとって悲しい一日になった。起きてはいけないことが起きてしまった。たとえブラジルが真っ二つに割れているとしても、暴力や破壊に同意するわけにはいかない。きちんと罰されるべき」と明言した。
連邦議会は襲撃によって破壊されたが、幸いなことに議員事務所ビルには侵入されなかったので、「仕事にはまったく差し障りがない」という。
西森氏はボルソナロ前大統領と仲が良く、大統領就任前から一緒に訪日した他、農牧族議員として前政権の中で重要な役割をになっていた。だが、襲撃事件に関しては「あれは過激派の仕業。どんなに良いことを主張していても、暴力や破壊行為が伴うなら、それは正当化されない」と言下に否定した。
その上で「選挙高等裁判所に上がっているボルソナロへの16の訴訟の判決次第だが」と前置きしつつ、「4年後に彼が出馬できない可能性はかなり高い」と前大統領の被選挙権が8年間剥奪される可能性を示唆した。
ルーラは最高裁を始めとする司法当局関係者と良好な関係を保っていると見ており、ルーラの意のままにならない連邦議会とは違って、大統領の人事権がものを言う司法界には影響力を行使できる素地があるようだ。この点がボルソナロのアキレス腱となりそうだ。
「セントロンの役割はかつてないほど重要」
「今セントロンの役割は、かつてないぐらい重要になっている。右にも左にも偏らないようにバランスを取るのは、我々の役割だ」――西森議員は現在の政治状況をそう総括した。
西森氏は「もちろん、政治は最後の最後まで何が起きるか分からないが、2月1日の下院議長選挙は、セントロンのリーダーである現職アルトゥール・リラの再選で決まり。そうなれば誰が大統領であれ、セントロンが下院の趨勢を握る。上院では与党議員が下院より少ないから、ルーラは上院の票集めでもっと苦労することになるはずだ。だからどんな政策を考えても、セントロンの同意を得られなければ承認実施されない」と見ている。
事実、21日付ベージャ誌サイト《連邦議会選挙の最終直線でリラとパシェッコ(上院議長)が優位》(https://veja.abril.com.br/politica/favoritismo-de-lira-e-pacheco-marca-a-reta-final-para-eleicao-no-congresso/)にも、「二人とも襲撃事件に厳しく対処し、ルーラに連帯を示したことで連邦政府から得点を上げた」と報じられている。
連邦議会の議長選挙は、昨年10月に選ばれた新議員が初召集される本会議の2月1日に行われる。
同誌によれば下院議長選に関してリラは、昨年末にルーラと手を組んでPECを通す裏交渉を通してPTら左派票を握った。その結果、「全513人中257人があれば充分なところを、16党以上の400議員の票をまとめている」との圧倒的優位性を伝えた。
下院議長選の最大のライバル候補はルイス・フィリッペ・オルレアン・エ・ブラガンサ(PL)。上院議長選挙で現職パシェッコは、やはりPTを始め与野党から50票を確保していると報じられており、必要最低限の41票を大きく超えている。こちらも最大のライバル候補はPLのロジェリロ・マリニョと見られているが、大差で勝つ見通しだ。
両院とも基本的に「セントロン+PT与党連合」VS「孤立したボルソナロのPL」という構図になっており、この図式は次の4年間を占うものと言えそうだ。
リラもパシェッコもすでに襲撃事件を強く非難する声明を出しており、セントロンであるなしと関係なく、ボルソナロと距離を置く方向性を打ち出している。思想信条とは関係なく、権力がある側にすり寄るのがセントロンの信条だ。
票まとめが難しいのもセントロンの特徴
昨年10月7日付けポデル360サイト(https://www.poder360.com.br/eleicoes/raio-x-das-eleicoes-leia-tudo-das-disputas-para-a-camara/)によれば、ボルソナロ支持のセントロン系下議は513人中の273人。一方、PT寄りの左派下議は138人しかおらず、左派議員数は1998年以降で最も少ないのが現状だ。
セントロン系議員は昨年までボルソナロ政権の与党として機能し、昨年10月の選挙では下院議会の大勢を占める結果を勝ち取った。そのため、今年からの下院議会で法案を通すには、セントロンの賛同を得ないと何も進まない状態になっている。
ルーラ政権の新閣僚からは、テメル政権時代に行われた労働法改革や年金制度改革の見直しの声がすぐに出たが、もう引っ込められた。だがセントロンが強く推進を求めている税制改革に関して、ハダジ財相は取り組むとのコメントを出している。このような政権とセントロンとのやり取りが今後延々と続く。
《セントロンとは何か? ブラジル政治における役割とは》(https://www.politize.com.br/o-que-e-o-centrao/)によれば、1988年から存在し、党を超えて常時170~220人程度を擁する中道派連邦議員の最大派閥だ。主な議員の所属政党はPP、レプブリカーノス、ソリダリエダーデ、PTBを中心に、PSD、MDB、DEM、PROS、PSC、アヴァンチ、パトリオッタ(愛国者)などの党からも加わる。
セントロンの存在が注目されるようになったのは2014年、ジウマ政権下でエドアルド・クーニャが下院議長に就任してからだ。ジウマは司法の独立性を尊重して捜査に口出ししなかったため、汚職疑惑がつきまとうセントロン系政治家から嫌われ、大統領の座を追われるハメになった。
ルーラが新政権の大臣指名において、セントロン3政党から3大臣ずつを任命したのは、その票を期待しているからだ。だが、セントロン政党に大臣の椅子を与えたからと言って、素直にその党の議員全員の票が政権に流れる訳ではない。
西森議員も「私は党に予めこう伝えてある。もしも生産分野(農業や工業)に不利な法案が出てきたら、党の方針に逆らってでも反対票を入れる」と明言する。「農家票の圧倒的多数は昨年10月選挙でボルソナロに入った」と西森氏は明言した。そんな農業族の西森議員からすれば、党の方針より、票田の方が重要だ。
多くのエコノミストからは「今回のルーラは、第1期、第2期政権の時の〝控えめなルーラ〟とは違う。公然と中銀の独立性に異議を唱え、環境規制を強化する意思を明確に示し、財政規律よりも福祉政策を重視するなど、ルーラ3(第3期)はPTハイース(PT原理主義)に傾いているようだ」との不安視するコメントが出ている。
それを抑えるのがセントロンの役割だと西森氏は論じる。
林外相と小渕日伯議連副会長に要望5点
西森議員は昨年末に来伯してルーラ大統領就任式に出席した小渕優子特派大使(衆院議員、日本ブラジル友好議員連盟副会長)や、襲撃事件の時にブラジリアに居合わせた林芳正外務大臣に関して、「お二人とも素晴らしい政治家。しっかりとブラジルのことを勉強されて来られていたことに心底感心した」と述べた。二人には次の5点を提案したとのこと。
(1)日本は米国や中国やEUなどと直接に自由貿易協定を結び、その他にTPPなど貿易協定に加盟している。だが、ブラジルはメルコスルがあるために直接に日本と協定を結べない。そこで、「日本とブラジルの間では、それぞれが必要な商品に関してだけ、決まった金額まで無税で貿易をする取り決めをしたらどうか」と提案した。
(2)ボルソナロ政権が日本人に観光ビザ免除をしたが、ブラジル人が訪日する際にはビザが必要だ。「ぜひブラジル人にも観光ビザ免除して」と提案した。
日本政府がすでに観光ビザを免除した中南米諸国には、アルゼンチン、ウルグアイ、エルサルバドル、グアテマラ、コスタリカ、スリナム、チリ、バハマ、バルバドス、ホンジュラス、メキシコの12カ国がある。でもなぜかブラジルには免除されていない。
「観光ビザの次にはワーキング・ホリデー制度もぜひ実現させたい」と意気込む。これは、二国間の取決め等に基づいて相手国の青少年に対し、休暇目的の入国及び滞在期間中における旅行・滞在資金を補うための付随的な就労を認める制度だ。おおざっぱにいえば1年間就労しながら生活ができるビザだ。
南米ではアルゼンチン、チリではすでにこの制度が日本との間に実施されているが、なぜかブラジルには適用されていない。
(3)「4世ビザがもっと容易に取得できるようになんとかして欲しい。4世で引っかかっているなら、5世、6世はどうなるのか。日系社会を本当に大事だと思っているなら行動で示して」とお願いしたという。
(4)さらに、その延長として日系人だけでなく、ブラジル人も技能実習制度で訪日ができるようにして欲しいと要望した。
林外相は8日、日系団体による歓迎式典に出席するためサンパウロ市を訪れた際、日系団体代表を前に「中南米日系社会連携推進室の設置を決定した」と報告した。その推進室の最優先課題として、観光ビザ、ワーキング・ホリデー制度、4世ビザ、技能実習制度などを検討して解決して欲しいところだ。ぜひお願いしたい。
(5)「鶏肉同様に、牛肉を日本に輸出させて欲しい。現在サンタカタリーナ州だけ許されている豚肉輸出を、パラナ州や南大河州にも広げて欲しい」とも要望した。
西森氏の希望としては、今年5月のG7広島サミットにルーラ大統領のゲスト参加を願っており、そこで日伯首脳会談をして、来年にブラジルで開催予定のG20では日本国首相が来伯するので、その時までにこれら5点の大半の話を水面下で合意し、来伯時に署名するような運びにできればと考えている。
西森議員の段取り通りに物事が進めば、日伯関係は一気に次の段階に上がるかもしれない。
夢の〝大統領〟になったアウキミン
22日、ルーラ大統領は就任後初めての外遊先アルゼンチンに旅立った。帰ってくる25日までの間、アウキミン副大統領が「大統領代行」を兼任する。PSDB時代にはアウキミンが夢にまで見ていた大統領の席が、一瞬とは言え、今は現実に自分のモノになった。
彼が中心メンバーの一人でもあったPSDBを辞めて、ライバル党に移ったことで、逆に夢を実現した。彼がPSDBを辞めるきっかけを作ったドリアは、アウキミン自身が後見人となって連れてきた人物だった。
彼本人はもちろんだが、長い間彼の治世下で暮らしてきたサンパウロ州民としても感慨深いものがある。(敬称略、深)