《記者コラム》サンパウロ州北部海岸水害は天災なのか=「予告された悲劇」と言われる背景

サンセバスチャン市山間部の土砂崩れの様子(Wikimedia Commons, Governo do Estado de São Paulo)

なぜかセルトン、バイアーナ、ノルデスチーナ等の地名が散在するのか

 《「サンセバスチャンで死んだのは貧しい人たちだ」と活動家》――ANF(フェベーラ情報通信)24日付記事(26日参照、http://www.terra.com.br/comunidade/visao-do-corre/pega-a-visao/quem-morreu-em-sao-sebastiao-e-gente-pobre-diz-ativista,aa6cc14d64d9a68d)を読みながら、「また繰り返されてしまったか」と悲しくなった。
 「ブラジルの水害は、自然災害ではなく人災だ」「水害は〝予告された悲劇〟だ」という専門家の意見は、水害のたびに出てくるからだ。
 2月19日晩にサンセバスチャンやウバツーバなどのサンパウロ州北部海岸を襲った豪雨では、64人の死者が確認された。5日時点で、まだ1千人もの被災者が学校や民宿などに非難している。
 一方、本紙2月23日付2面《サンパウロ州北部海岸豪雨=日系2団体に被害無し》(https://www.brasilnippou.com/2023/230223-21colonia.html)では、《サンセバスチャン市のアトランチコ文化体育協会日本人会の前会長、故森孝子さんの娘エヴァさんに被害状況を確認したところ「会館に被害はない。私が知っている日系人の間でも被害もなかった」と話した。(中略)一方で、「市の南側は海のすぐそばに山脈があって、山脈近くにあった幹線道路や家なんかは全部流されちゃったわ」といい、同市南区に住むエヴァさんの友人は水の供給が途絶える水害被害に遭っているという。「水を持っていってあげたくても、持っていきようがない」と心配していた》との声を報じた。
 つまり、日系人が住んでいるような地区ではほぼ被害はなく、もっと山側の地区に被害が集中した。同市はもろに海岸山脈に面した地区で、海岸沿いの平地はわずかで、後背地はみな斜面のような地形。その尾根部分が民宿や安ホテル街になっている。
 今回被害多かったサンセバスチャン南部地区をグーグル地図で見ると、独特な名前が目についた。「Sertão de Boiçucanga」「Vila Baiana」「Vila Nordestina」「Morro dos Mineiros」などだ。
 前掲記事によれば、ブラジル北東の半砂漠地帯セルトン地方(Sertão)からサンパウロ州北部海岸地方に仕事を求めてきた国内出稼ぎ労働者が、集団で定着した場所にそのような名前が付いているという。セルトン、バイアーナ(バイーア州民)、ノルデスチーナ(東北民)、ミネイロ(ミナス州民)などの出身地名にちなんだ地名が付けられた。

狭い地域に凝縮された社会格差の問題

 北部海岸の風光明媚な海のそばの平地には、昔から富裕層の別荘が立ち並んでいる。そのような別荘で国内出稼ぎ労働者は、女性なら清掃婦や家政婦、男性なら豪華別荘やマンションの建築作業員や庭師として雇われた。
 男性は建築現場が終わると解雇され、海岸で露天商をしてしのぎながら次の建設が始まるのを待つ生活だったという。彼らは家賃が高い海岸近くには住めないから、危険な山側を切り開いて家を作って住み着いた。定着してポウザーダ(民宿)やレストランなどの観光業を始めた人も多い。
 だから山側には、そんな名前の街区があちこちにでき、今回のような豪雨では集中的に被害を受けた…。
 そんな国内出稼ぎ労働者は、豪華別荘の主人ら富裕層を「tubarões」(サメ)と呼んでいると同記事に書かれている。元々の地域住民は少数派で、現住民の大半は国内出稼ぎ労働者など国内移民であり、不安定な収入しかなく、住んでいるのも危険な地区という状態のようだ。
 今回の豪雨では危険地帯として強制避難させられた千人あまりが学校などの一次避難所にいる。州政府の計画では一時的な仮設住宅に移らせ、その間にミンニャ・カーザ・ミンニャ・ビーダのような庶民向け公営住宅を建てて最終的にはそちらに住ませる予定だと報じられている。
 問題は、平地が少ない地域だけに公営住宅が何十キロも離れた場所にできることだ。避難民は仕事場に近い、今まで住んでいた場所から離れたくない。とりあえずの仮設住宅の予定地が、豪華別荘が集まるコンドミニオのすぐ近くにあるため、今度はその別荘住民が立地反対運動をしていると報じられている。
 富裕層からしてみれば、その公営住宅はいつ完成するか分からないし、なし崩しに貧民が同じ地区に住むのはイヤなようだ。同市のフィリッペ・アウグスト市長は「中流の上のクラスの住民500人が、貧民向け住宅建設に反対している」と生々しく動画(https://youtu.be/86OmhJx2Rbw)で語っている。

14年から髙リスクと警告されていた地区

海側から見たサンセバスチャンの波止場。すぐ後ろが斜面になってそこに人家がどんどん建っている様子が分かる(2014年撮影)

 2月25日付G1記事(https://g1.globo.com/sp/sao-paulo/noticia/2023/02/25/prefeitura-de-sao-sebastiao-sabia-desde-2014-do-risco-de-deslizamentos-na-vila-sahy.ghtml)にあるように、同市役所は今回、50軒以上の家屋が地滑りで埋没し、40人以上の死者が出たビラ・サイーに土砂崩れの危険があることを2014年から専門家に警告されていた。ビラ・サイーの最寄り海岸バレイアは、国内でも最も地価の高い高級リゾート地区だ。
 《2014年にサンセバスチャン市によって準備された持続可能な土地正規化プロジェクトには、1996年に実施された地質研究所(IG)によるマッピングが含まれており、ビラ・サイーはすでに非常に高いリスク、高いリスクの境界内にあることが特定されている》とある。
 この土地正規化プロジェクトにより2014年から《斜面や土壌、侵食プロセスが進んでいるため、物理的リスクの高い地域にある住居とその居住者を撤去する必要があり、再定住プロジェクト、これらの地域の住民を移転させること》と指摘され、市役所は転居を推奨してきたが、住民からは断られてきた。
 この転居を進める事業は《9年間、これは何も行われていない。それどころか、ビラ・サイーは、より不規則な物件の建設とともに成長を続けた》というのが現実だった。その結果が、今回の悲劇だ。

SCからリオまでの太平洋岸に集中する水害

サンパウロ州技術研究所(IPT)の論文にある水害死者の多い10州

 サンパウロ州技術研究所(IPT)の論文(https://static.poder360.com.br/2023/02/pesquisa-deslizamentos.pdf)によれば、1988年から2022年6月までに、ブラジルでは実に4146人もが土砂崩れにより亡くなっている。
 最多はリオ州の2143人(51%)、2位がサンパウロ州の567人(14%)、3位がミナス州の389人(9%)、4位のペルナンブッコ州の350人(8%)、5位はサンタカタリーナ州の237人(6%)となっている。つまりサンタカタリーナ州からリオ州までの大西洋沿岸からミナス州までに全死者数の8割が集中する。
 特に多かったのは2011年の969人だ。地滑りによる1年間の死者としては史上最多。これはリオ州の山岳地帯ノバ・フリブルゴ(429人)、テレゾポリス(382人)、ペトロポリス(72人)が一気に起きたからだ。
 この地域は貿易風(Ventos alísios)の循環によって、雨期になると特徴的な気象現象が起きる。おおざっぱに言えば、赤道付近の大西洋から暖かい湿気を含んだ気団(空気の塊)が、地球の自転に圧されてアマゾン河付近をさかのぼり、アンデス山脈にぶつかり、それに沿って大陸を南下する。それが大西洋の海上の南側から上がってくる寒気団とぶつかる場所が、サンタカタリーナ州からリオ州までの海岸山脈一体なのだ。
 北から下がってきた温かい湿気を含んだ気団が、南から上がってきた冷たい気団にぶつかって温度が急速に下がり、湿度が雨に変わって大雨を降らせる。
 だからこの海岸山脈一帯には、アマゾンと並ぶ世界有数の森林地帯「大西洋岸森林」(Mata Atlântica)が広がる。欧米では「アマゾン」ばかりに注目が集まりがちだが、熱帯雨林・常緑広葉樹林から南部の針葉樹帯までの多種多様な森林生態系を持つ地域だ。
 ただし、牧畜やコーヒー栽培などの農業の進展によって開拓が進み、現在ではもとの7%しか残っていない。その貴重な大西洋岸森林の山間部に、さらに人が住み始めていることが、今回の悲劇の背景にある。
 この地域の豪雨は、大自然の恩恵をもたらす恵みの雨のはずだった。そのような大雨が降る危険な場所だから、住む場所を選ばないと水害に遭うことは必定だ。
 住むのに適していない危険地区に、ムリヤリに住み始めたことから、自然の恩恵が水害に変わった。科学的に危険性を検証して、住まない方が良い地域には住ませないようにするのが本来の政治の役割だ。だが、選挙で不人気なそんな政策をやりたがる政治家はおらず、放って置かれ続けた結果起きた土砂崩れ災害といえそうだ。

ラニーニャ現象のときは要注意との説も

 さらに昨年中頃からペルー沖、東部太平洋で「ラニーニャ現象」が始まっていることも注目される。「エルニーニョ現象」は、中部・東部太平洋の赤道付近において海水温が1年以上にわたって上昇する現象のこと。その反対が「ラニーニャ現象」で、1年以上にわたって同地域の海水温が低下する。両者は表裏一体の自然現象だと言われる。
 エルニーニョに伴う海水温の変化は、その海域の大気の温度に影響を及ぼす。それが気圧変化となって周囲に影響を及ぼし、大気の流れを変えて天候を変えるという具合に、周り巡って世界中に波及して異常気象の原因となる。
 だからエルニーニョだとアマゾン地方で大雨になりやすいと言われ、ラニーニャの時は逆に少雨・干ばつとなる傾向があると指摘されている。そしてアマゾンで降らなかった水分が南下した後、大西洋森林地帯に降る可能性があるとも。
 ラニーニャ現象は今も続いており、同様の水害が来週、再び起きても何の不思議もない。
 当たり前だが、自然現象に罪はない。危険性のある場所だと分かって住みつつ、自分だけは被害に遭わないのでは―と楽観できる国民性と深く関係するのかもしれない。であれば「ブラジルは世界最大級の格差社会」という現実と切り離せない問題だろう。
 自分が住んでいる場所の気候を観察して理解し、大自然に逆らわずに自分の生活スタイルの方を順応させる。これは古代からの人間の知恵ではないだろうか。(深)

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