ラヴァ・ジャット作戦は米国の陰謀との見方
今回の訪中の間、ブラジルのルーラ大統領が示した反米親中路線のトーンが強かったことに驚いている欧米メディアが多かった。
ルーラ第3期政権(以下、ルーラ3)は、穏健な中道左派だった1、2の頃と比べて、立ち位置がかなり左寄りだ。ルーラがPT代表として反米姿勢を示している分には誰も驚かなかったが、今回は大統領としてやっているからインパクトが大きい。
おそらく極右路線を思うがままに進んだボルソナロから学んで「自分もやりたいようにやる」と腹をくくったのではないかと推測される。
「ブラジルが反米」なのではなく、「ルーラが反米」なのだ。ルーラの反米姿勢は、労働者党(PT)公式サイトに掲載された記事の数々を見ればすぐに分かる。
例えば、PT党公式サイト2019年5月13日付《国は主権を支えなければならず、米国に頭を下げてはならない》(6)には、左派ジャーナリストのケネディ・アレンカールのインタビューがある。
ルーラはそこで《私の意見では、ラヴァ・ジャト作戦(以下LJ作戦と略)とモロは米国司法省のために仕事をしている。私の逮捕を祝う米国の検察官のビデオがある》と力説している。なぜ米国がLJ作戦を裏から操ったかといえば、米国が石油利権を確保するために、ブラジルが世界に誇る石油公社ペトロブラスを解体、多国籍企業に買収させようと考えたからだとしている。
PT公式サイト2022年3月30日付《LJ作戦はペトロブラス解体とエネルギー主権への攻撃を促進した》(7)でも、ルーラは次のような考えを表明している。
《4年間に渡りブラジルメディアはモロやダラギノルがばら撒くLJ作戦というウソの人質になった。(中略)440万人がLJ作戦のために失業し、国際石油資本(石油メジャー)を入れる準備として、我々の石油公社は破壊された》との見解を述べた。
そう考えるようになった理由の一つとして、LJ作戦によってクリチバ連邦警察の留置場で監獄生活を送っていた間に『石油の世紀――支配者たちの興亡(O Petróleo)』(ダニエル・ヤーギン)を読んだことを挙げ、「1860年以降に起きたことの大半は石油が原因であると納得した。全てのことは米国に関係のある石油巨大企業が関わっている」と強調した。
つまり、ルーラの見方では、LJ作戦の裏には米国の石油利権を牛耳る勢力がうごめいており、自分はその陰謀によって貶められた政治的な犠牲者だと訴えている。もちろん、何の根拠も示されていない。ただの個人的な推測だが、それを大統領としての信念にして行動している。
前掲記事(6)には《なぜ私が怒っているか分かるか? モロが嘘つきだと証明する前に死ぬつもりはないし、ダラギノルが嘘つきだと証明する前にも死ねない。私に対する捜査が嘘であること、判決を下した裁判官が私について嘘をついたことを証明するまで、私は死ねない》というルサンチマン(怨恨)のこもった発言をしている。
さらに《スペインでオデブレヒトの弁護士をしていたブラジル人タクラ・ドゥランがいるが、モロは「彼は犯罪者だ」といって話をしようとしない。誰でも自分を告発しようとしている人と話をしたくない》などと2019年の時点で語っており、今まさにそのタクラがメディアや司法によって見直されている。
JL作戦で同弁護士は、オデブレヒトの欧州側の裏帳簿を操っていた人物としての容疑がかけられていた。誰が権力を握るかで、司法やメディアが見方を変える可能性があることは否めない。
訪中でドル覇権を批判する爆弾発言で世界驚かす
ルーラ大統領は13日、訪中先の上海でBRICS銀行(新開発銀行=NDB)頭取へのジウマ元大統領の就任式のイベント中、アルゼンチンを例に挙げて「国際通貨基金(IMF)が発展途上国を〝窒息〟させ続けることはできない」と国際金融システムを痛烈に批判した。
ルーラは「ブラジルが中国、あるいは他のBRICSの国々と貿易を行うのに、独自の通貨を持って何か悪いことがあるか?」とのべ、BRICS国間の国際貿易においてドルに代わる通貨を使用することを擁護し、貿易で自国通貨を使っても中央銀行はそれを処理できると爆弾発言した。
この発言は、既存のグローバル金融システムやドル覇権を切り崩そうとする反米勢力側にブラジルが位置したことを宣言するものとして、欧米で強い反発を招いた。
さらにルーラはテック世界的大手「ファーウェイ」本社を訪れ、5Gシステムなどについて説明を受けた。同社は米中対立の原因の一つだ。20年10月21日付ニッケイ新聞《米国が反中国の対応迫る=ファーウェイの5G参入阻止へ=来年の入札を前に》(11)にあるように、トランプ前大統領は中国政府の盗聴リスクに晒されるから、ブラジルがファーウェイを入札しないように強い圧力をかけた。
16日付エスタード紙《ルーラの外交顧問「ブラジルは一帯一路加入を検討」》(2)によれば、セルソ・アモリン外交顧問は、中国最高指導者だった鄧小平の言葉「ネズミを捕まえさえすれば猫の色は関係ない」を引用し、「テクノロジー自体にはイデオロギーがない」と強調した。「イデオロギーや地政学的な観点はあったとしても、ブラジルにとっては経済的に実現可能性があるものが重要」というプラグマティズムを強調した。
ルーラは14日、中国の国会・全国人民代表大会の常務委員会委員長の趙楽際との会談中、「世界統治を変えるための中国との地政学的パートナーシップを擁護する」と述べ、国連は世界の平和を維持する力を持っていないと批判した。
15日付ドイチェ・ヴェレサイトによれば、ルーラは訪中の間に、「戦争が始まって以来、ウクライナはいくつかのヨーロッパ諸国と米国から武器と弾薬を受け取り始めた。これにより各国はロシアの前進を抑え、プーチン大統領が数週間で終わらせようと計画していた紛争を戦争に変えることができた」「米国は戦争を助長するのをやめ、平和について話し始める必要がある」という発言までした。
つまりロシアが現在占領しているウクライナ領土を維持する形で戦争を終わらせるよう、第3国仲裁グループを作って停戦交渉をする提案だ。明らかに中ロ寄りといえる。
14日付スプートニクサイト《ブラジルは、ウクライナ紛争を終わらせる中国の提案を支持することを表明》(3)によれば、ルーラは習近平国家主席との共同宣言の中で、ブラジルはウクライナでの停戦を求める中国の提案への支持を表明し、「一つの中国の原則を堅持し、中華人民共和国政府は中国全体を代表する唯一の合法的な政府であり、台湾は中国の領土の不可分な部分である」と繰り返した。つまり台湾有事があってもルーラは批判しない可能性がある。
ルーラは、中国訪問中に受けた温かい歓迎と素晴らしいもてなしに感謝し、2024年にブラジル中国交樹立50周年を祝うためにブラジルを国賓訪問するよう習近平国家主席を招待した。
一方、14日付エスタード紙《ルーラは訪中の間にドル覇権を批判するなど「声高になりすぎた」とアナリストは言う》(10)の中で、ジェトゥリオ・ヴァルガス財団のブラジル経済研究所の研究者リビオ・リベイロは、国際貿易でドルを回避するという考えはばかげているわけではないが、大統領の演説のトーンは必要以上に攻撃的で、ブラジル外交が中国と米国の間の論争で偏った立場にいることを示したと指摘した。
「不必要な騒音を避けるために、話し方や発言には細心の注意を払う必要がある。ブラジル外交の伝統は中立であり、これは維持されるべきだ。大統領の口調は必要以上に数オクターブ高かった」と批判した。
ブラジルにとって輸出入とも断トツ1位の中国
2022年1月4日付G1サイト《貿易収支: 2021年のブラジルの主要パートナーのランキングを参照》(8)によれば、中国は断トツの主要パートナーであり、2021年のブラジルの輸出先の31・28%、輸入先の21・72%を占め、2位は米国、3位は隣国アルゼンチンと続く。
金額でいえば輸出先1位の中国は876・96億米ドル(31・28%)、2位の米国はその3分の1に近い311億4千万ドル(11・09%)、9位の日本に至っては55億3400万ドル(1・97%)に過ぎない。中国の約20分の1だ。
輸入先でも1位の中国の金額は476億5100万ドルと全体の21・72%を占める。2位の米国は393億8200万ドル(17・95%)、8位の日本は51億4600万ドル(2・35%)だけ。
このように中国はブラジルにとって貿易収支に巨額の黒字をもたらせてくれる主要パートナーだ。貿易収支で過去7年間連続してブラジルにとって最大の貿易黒字相手国は中国だ。この記録の最高値はパンデミックの最中、2021年に記録した434億米ドルだった。
22年8月31日付エザメ誌サイト《ブラジルは2021年に中国の最大の投資先であり、中国はさらに多くを約束》(9)によれば、《ブラジル中国ビジネス評議 (CEBC)の新しい調査によると、ブラジルは2021年の中国の主要な投資先だった。中国企業は昨年、ブラジルに59億米ドルを投資し、合計28の大規模プロジェクトに投資した。うち石油部門が最大だった》と報じられている。
さらに同記事には興味深い指摘も書かれている。《ブラジルとは対照的に、米国やオーストラリアなどの市場への中国の投資は、これらの国と中国の間のより激しい政治的衝突の中で減少している。米国では、中国の投資は2005年以来の最低水準に達し、27%減少した。中国の戦略を含む他の理由で、パンデミック前に大量の中国の投資を受け取ったアフリカ、アジア、その他の国々を含む新シルクロードへの投資も減少した》とある中で、ブラジルへの投資、特にエネルギー関係は増額している。
そんな中、13日、ルーラは習近平との会談で15もの2国間協定を結び、中国から500億レアル分の投資の申し出を受けた。そして一帯一路参加を本格検討し始めたと報じられている。
今年2月にルーラが訪米した際、アマゾン基金に5千万ドルの申し出しかなくガッカリして帰った。それが訪中後、20日にオンライン環境国際会議でバイデン米大統領から5億ドルにするとの表明を受けた。10倍だ。今回の訪中はそれだけの衝撃があった。
来年ブラジルが議長国となってG20サミット
ルーラは16日に帰国した翌日、今度はロシアのラヴロフ外務大臣と会った。ラヴロフ外相は17日のブラジルを皮切りに、べネズエラ、キューバ、ニカラグアの中南米4カ国を歴訪した。国際事情通の読者にはピンとくるだろうが、ラヴロフ外相が訪問した国はブラジル以外全て独裁国家だ。戦争中の国の外相と会談する国など、その種の国しかない。その中にブラジルも入っているのが国際的にみた今のブラジルの位置づけだ。
そもそもルーラは中国では一言も民主主義擁護発言をしなかった。選挙期間中ですらキューバ、ニカラグアを擁護し続けていた。ルーラは口では「民主主義を守る」「外交は中立の立場で」と言いつつ、「実は独裁国家側に重心を置いている」といわれても仕方ない状態だ。
15日付ブラジル247サイト(4)によれば、トランプ前米国大統領はフォックス・ニュースのインタビューで、「我々はブラジルを失いつつある」とコメント。「ドル覇権を失うことは決してないだろうと言う人は、余裕をもてあそんでいる。中国はドル基準通貨体制を変えたいと思っている。もしそれが起こったら、世界大戦に負けたようなものだ。私たちは二流の国になる」と強調した。
ルーラ1の時にBRICSが創立され、ルーラ2ではG20首脳会議(2008年)が始まった。共にG7を補う、もしくは対抗する形で始まった。G7の力を削ぐ方向に世界の体制が変わりつつある中軸にルーラがいる感が強い。来月には広島でそのG7首脳サミットがあり、インド首相と共にルーラもグローバルサウス(途上国)の一角として招待されている。
そして来年、ルーラ3はブラジル初のG20議長国開催をする。中国の意を受けてグローバルサウス側の立場を強化するような議題が持ち出される可能性があるかも。しばらくはルーラの動きから目が離せない。(敬称略、深)
(1)
https://www.nikkeyshimbun.jp/2020/201021-11brasil.html
(2)
https://www.estadao.com.br/economia/celso-amorim-brasil-nova-rota-da-seda/
(4)
“Estamos perdendo o Brasil para a China”, diz Trump em entrevista (vídeo) – Brasil 247
(6)
https://pt.org.br/lula-a-kennedy-pais-tem-que-se-apoiar-na-soberania-e-nao-se-curvar-aos-eua/
(7)
https://pt.org.br/lava-jato-promoveu-desmonte-da-petrobras-e-ataque-a-soberania-energetica/