G7広島サミットで波紋を呼んだルーラ発言
G7最後の記者会見でルーラ大統領は、BRICS共通通貨創設によって貿易におけるドル依存を減らすことの重要さを強調したことで波紋を呼んでいる。
22日付テラサイト《ルーラはユーロのようなBRICS共通通貨の擁護に戻る》(1)によれば、ルーラは共通通貨創設に加えて、左派フェルナンデス政権下で深刻な経済危機に直面しているアルゼンチンへの援助を改めて擁護し、国際通貨基金(IMF)のクリスタリナ・ゲオルギエバ専務理事と会談し、アルゼンチンの債務圧力からの解放を求めた。
これらは従来からルーラが言っていることを繰り返しているにすぎないが、米国中心のG7というドル覇権擁護の砦で言ったことは大きい。ウクライナのゼレンスキー大統領との二カ国協議がキャンセルされたこともあり、ルーラは余計にグローバルサウス側寄りの代弁者としての印象を強めた。
ルーラがBRICS共通通貨擁護発言した背景には、左右の政権を超えた大きな金融界の流れがあると思われる。
21年、伯中銀は過去20年間で最多の金を購入
例えば、CNNブラジルは2021年8月14日付で《中央銀行の金準備は3カ月でほぼ2倍に》(2)と報じた。
21年5月からブラジル中銀は外貨準備のための金の買い付けを急に激増させた。5月には11・9トン、6月には41・8トン、7月には8・5トンの金属を購入した。3カ月で購入量はすでに62・3トンに達し、それ以前の金埋蔵量はほぼ2倍になった。《2000年12月以降で見ると、この中銀の金購入は単月としては最高記録となった》とある。
その後、中銀は購入量を公開しなくなり、BPマネー22年23日付は社説で《ブラジル中銀は大量の金の購入を隠すことを選択した》(3)と批判した。
同記事によれば、伯中銀は21年の3カ月間で過去20年における最多の金を購入した後、なぜか情報アクセス法を無視して金購入増加に関する質問に答えなくなった。
昨年5月に購入するまで、中銀は10年間も買っていなかった。1999年11月以来で最多の金保有量である計129トンを保持して21年を終えた。
同中銀が秘密にしていたにも関わらず、《IMFは、ブラジル中銀が2021年に最も多くの金を購入した国の中でハンガリーとタイに次いで第3位であると明らかにした》と書かれている。
中央銀行が金保有を増やす目的は、主に外貨準備における資産分散が考えられる。「外貨準備」とは、中央銀行あるいは中央政府の金融当局が保有する外貨や金などの資産のことだ。金融当局が、対外債務(外国に対する借金)の返済、輸入代金の決済のほか、自国通貨の為替レートの急変動を防ぎ、貿易などの国際取引を円滑にするために蓄えるのが「外貨準備」だ。
リーマン・ショックやユーロソブリン危機の発生をきっかけに、ドルやユーロなどの主要通貨に対する信頼が揺らいだ。その結果、新興国の中央銀行を中心にドルなどの特定の通貨への依存度を下げて、外貨準備の多様化を図る方針が始まった。
22年、世界の中銀が金購入に走る
伯中銀は以前から妙に先見性のあることをすることがあるので「何かあるのか」と首をかしげていた矢先、ヴァロール紙サイト2月1日付に《2022年の中央銀行による金の購入量は55年ぶりの高水準に》(4)という記事が出た。
つまり、ブラジルだけでなく世界的な動きになっていた。いわく《業界団体であるワールド・ゴールド・カウンシルの報告書によると、中央銀行による2022年の金の純購入量は合計1135トンとなり、55年間で最も高い水準に達したことが火曜日に発表されたデータから明らかになった。これは、米国の財政赤字と英ポンドの切り下げにより、金とドルの結びつきが弱まり始めたため、欧州の銀行が一斉に金を購入した1967年以来の高水準となった》。
金購入が広がった理由は、《昨年は、ロシアがウクライナに侵攻したことに対する制裁が引き金になったと考えられている。そのため、他国は経済制裁の影響を受けにくい代替品を求めるようになったのだろう》と分析されている。
ウクライナ侵攻直後に米国は、ロシアが持つ3千億ドルの外貨準備をスピード凍結した。言い方を変えれば「ドルという通貨を武器として使った」ことが反米非米諸国にショックを与えた。
《中国が突出した買い手となった。11月と12月に合計62トンを追加し、3年ぶりに金準備を増加させたと報告されている。11月までの1年間に米国債の保有量が約20%減少したことを考えると、実際の購入量はもっと多かったかもしれない。これは、北京が人民元建てで石油を購入するなど、ドル離れを進めるための措置をとったためである。その他の中央銀行で金を大量に購入したのは、トルコの148トン、インドの33トン、カタールの35トン、ウズベキスタンの34トンだ》
西側の経済的・地政学的秩序に従わない国々に対して、米国が懲罰的にドルを使用しようとする方針への嫌悪感が高まった。米国は正義を振りかざして懲罰するが、返す刀で自らの足元も崩している格好だ。
世界の金利上昇で脱ドル化の流れ加速
BBC5月14日付《中央銀行が過去80年間で最高額の金を購入している理由》(5)によれば、ウクライナ侵攻で米国がロシアにドルによる経済制裁を課したことに加え、米中銀の連邦準備制度による金利上昇により、世界各国はドルを手放して他の資産に割り振るようになったと論じる。
いわく《世界中で金利が上昇していることも、多くの国の「脱ドル化」の決定に影響を与えた。
ラチェディ氏は「連邦準備制度による利上げにより中央銀行の米国債の価値が下がっているという事実により、中央銀行の分散ニーズはさらに高まっている」と語る。なぜなら、国債価格は金利と逆相関の関係にあるからだ。金利が上昇すると国債価格は下落する。金利引き上げは逆効果だ。
したがって、米国通貨以外の資産、特に米国国債からのシフトも多様化を促進する要因となっていると教授は説明する。
ドル建て債務を抱えるラテンアメリカ経済にとって、金利上昇もまた挫折だった》というのがスペインのエサデ経営管理大学院のオマール・ラチェディ教授の見方だ。
同記事いわく、世界のドル準備高は20年間で70%から58%に減少した。以前から始まっていたドル覇権の弱体化が、ウクライナ侵攻で加速され、世界経済の多極化に向けて一段ギアが上がった感じだ。
新しい共同通貨創設に意欲見せるルーラ
その文脈からすれば、最近のルーラが声高に訴えているBRICS共通通貨や南米共通通貨などの発言には納得できる部分もある。
4月25日付本コラム《中国に近寄るルーラの思惑とは 「世界統治を変えるためのパートナー」》(6)で書いたように、ルーラは4月13日、訪中先の上海で「ブラジルが中国、あるいは他のBRICSの国々と貿易を行うのに、独自の通貨を持って何か悪いことがあるか?」とのべ、BRICS国間の国際貿易においてドルに代わる通貨を使用することを擁護し、貿易で自国通貨を使っても中央銀行はそれを処理できると爆弾発言した。
ルーラが「貿易で自国通貨を使っても中央銀行は処理できる」と言った根拠は、実際にブラジル中銀総裁の発言にもあるから荒唐無稽ではない。
3月1日付本紙《中銀=南米4カ国で統一PIX創設へ=通貨統合せず経済ブロック化》(7)でブラジル中銀のロベルト・カンポス総裁は、わざわざ共通通貨を作らなくても、送金手段であるブラジルのPIXを国際化すれば、それだけで事実上の経済ブロック化ができるという話を発表している。
その中で、コロンビア、チリ、エクアドル、ウルグアイも参加する「PIXインターナショナル」創設を検討中だと明らかにした。南米4カ国間でこのアイデアを進めて経済ブロックを形成し、将来的にはこれらの国の国境を越えて決済可能な方法を実現するとのこと。大陸の単一通貨を作るという複雑な問題に直面することなく、各国経済の距離を縮めることができる。
カンポス総裁は「これは通貨単位で話し合う必要のないブロックとしての統一方法だと思う。既に統一された即時決済があれば、国境を越えた決済を既に行っていることになる」と述べ、最終的な導入には約2年かかるとの見通しを示した。2025年にはそれが始まる可能性がある。
同じく3月にカンポス総裁は、ブラジル独自のデジタル通貨「レアル・デジタル」の試験を3月から開始し、今年後半からテスト運用レベルに引き上げると発表した。すでに始まっているPIXはレアル・デジタルのウォレット(口座)間決済を担う主要な一部分だ。その意味でレアル・デジタルはもう始まっているとも言える。
ブラジルが主導するPIXが南米諸国に広がれば、事実上の経済ブロックが形成され、そこではドルを省いた自国通貨同士の決済が行われる可能性が高い。
さらに中国が進めるデジタル人民元とPIXの間でやり取りができるようになれば、南米と中国との貿易がより簡易化する。
外貨準備の大半は今もドル(USD、紺)だが、金(黄色)、中国人民元(CNY、水色)などが顕著に増えている(ブラジル中銀23年3月レポートより)
実は右も左も南米共通通貨には賛成
そもそも「南米共通通貨」という話は左派の専売特許ではなく、ボルソナロ政権のゲデス経済相も唱えていた。
昨年5月4日付本紙《南米共通通貨は実現するか?=ルーラとゲデスの意外な共通点=脱ドル化と地域統合を加速》(8)も、通貨同盟創設の背後にある戦略は「地域統合プロセスを加速し、南米の人々のための政治的および経済的で強力な調整手段を構成する」ことだ。
これに対し、ルーラは昨年4月30日、「実現すればドルへの依存度を減らし、経済統合を促進できる」と賛同の意見を述べた。
ゲデス経済相は21年8月に上院外交委員会でこの件を再提起し、「我々は完全に統合することができ、EUで地域経済の一種の錨として機能するドイツのような役割をブラジルは担うだろう」と述べていた。
今年1月にルーラが初外交でアルゼンチンを訪問した際、2国間共通通貨創設を提案したことで国際的な話題を呼んだ。だが、19年6月にボルソナロ大統領がアルゼンチンを訪問した時、右派のマウリシオ・マクリ大統領(当時)との会談でも2国間共通通貨「ペソ―レアル」が話題となった。その際も、南米共通通貨の話が出ていた。
つまり、デジタル通貨も南米共通通貨も、政権の左右を問わずに出てくるもので、ブラジルには珍しくイデオロギー的な対立がない案件だ。
そもそもPIXもボルソナロが作ったモノではない。たしかにボルソナロ政権下の2020年11月から完全運用が開始されたが、伯中銀内で研究が始まったのは2016年、作業部会が設置されたのはテメル政権下の18年のイラン・ゴールドファイン総裁時代だ。当時米国の同様のシステムZelleを参考にしたと報道されている(9)。
つまり、政治思想を超えて通底する世界的な金融政策の動きに乗っている案件といえる。
このように伯中が「自国通貨で貿易決済」とする協定を結んだこと、BRICS内貿易も自国通貨という提案も行ったこと、1月にはメルコスール中国自由貿易協定の作業部会を設置していたことには一貫性がある。
このように非ドルデジタル経済圏がじわじわと広がることで、米国のドル覇権は徐々に足元から崩されていく。
とはいえ、ブラジル中銀23年3月レポート(10)によれば、外貨準備高の大半は、いまもドルだ。だが図表1にある通り、そのポートフォリオの外貨などの資産比率の中ではドルがまだ圧倒的に多いが、徐々に割合を減らし、人民元、金が増えてきている傾向が見られる。これは、カンポス中銀総裁下で行われているオペレーションであり、政権を超えた金融政策と見られる。
BBCブラジル5月14日付記事は、ドルが弱体化する中でも《米国が安定したインフレ率で自由金融市場を維持できる限り、その優位性は今後10年以上続くだろう》との専門家のコメントで締めくくっている。だが10年後はどうなっているのか――。
弱体化の流れをさらに加速するような節目があるとすれば、米国の国家財政を揺るがすような大規模な戦争だろう。
☆
4月15日、習近平国家主席が北京でルーラを歓迎するセレモニーで、イヴァン・リンスの「novo tempo」(Vitor Martins / Ivan Lins作曲)を楽隊に演奏させた。
《No novo tempo
Apesar dos castigos
Estamos crescidos
Estamos atentos
Estamos mais vivos
Pra nos socorrer》(罰にも関わらず、新しい時代に僕らは成長する、注意深く、より活き活きと。助け合いながら)
1980年、終わりを迎えつつある軍事政権に対し「新しい時代」を迎える気持ちを歌った曲に、新しい意味合いが加わった。(敬称略、深)
(2)https://www.cnnbrasil.com.br/economia/reservas-em-ouro-do-banco-central-quase-dobram-em-3-meses/
(6)https://www.brasilnippou.com/2023/230425-column.html
(7)https://www.brasilnippou.com/2023/230301-12brasil.html