小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=8

 全長四〇メートルくらいの駅舎で、機関車がプラット・フォームに停まると、他の車輌はすべて野晒しとなる。
 ペンナ駅はサントス港から五百キロほど北西に離れた田舎町である。それでも同じサンパウロ州に属している。駅をはさんだ赤い煉瓦に、例の反りせんべいを上下に並べた瓦屋根の平屋が軒を連ね、馬車が土埃を立てて往き来していた。
 ゴーギャンの絵にあるように日焼して素朴な娘や子供たちが、顔をしかめながら着いたばかりの列車を眺めていた。白い歯を見せて笑っている黒人もいた。上半身は何も着けていず、半ズボンの下に炭棒のような細長い脚が伸びていた。
 田倉家の六人と、八代哲二の十二人家族がこの駅に降りた。互いに船室が別だったので面識は薄かった。
「同じ所へ配耕のようですな。わしは田倉といいます。よろしくお願いします」
 と、田倉は言った。
「こちらこそ、八代です」
 八代は、少々横柄ともとれる態度で挨拶し、ポケットから煙草を取り出して火を点けた。どこかインテリぶったところと、威厳のようなものも見えた。初対面である相手に心を許せぬ気持ちもあったのかもしれない。
「ひどい旅でしたな。未知の国への移住なんて、予想外の嵐の中に立たされたみたいです。八代さんは大家族のようで頼もしいですな」
「甥や姪、家内の弟などを連れてきましたが、うまく行くかどうか、責任も重いのです。働き手の多い方が成功の早道だと教えられたもので」
「先見の明ですな」
 田倉も腰の煙管を抜いて煙草を詰めた。彼ら二家族は、ここから更に二〇キロほど西南に行ったシャンテブレー耕地に配耕されるのである。家財道具は、追って後日届けられることになっていた。手荷物だけでよかったが、それでも各自ができるだけの荷をさげたり、抱えたりしていた。
 サントス市のホテルを出てから二日間、誰も食事が口に合わず、病人のように活気がない。こういう食生活では今後の労働に耐えられるのか、思えば暗澹となる。
 この国の六、七月は乾燥期の最中で、もう二ヵ月以上も降雨がなく、世の中が埃っぽい。強い西風が吹いていた。パイネイラ(パンヤの木)の落葉した枝先に、徳利のような濃緑の果実が無数にぶら下がっていた。四月頃、桜色の花が咲き、八月から九月にかけ、黒く熟した実が弾けて真っ白な木綿が噴き出すという。

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