小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=9

 二家族は、その裸木の下で耕地からの出迎え便を待っていた。強風に揺れ続ける茄子型の木綿の実が、今にも自分たちの頭上に落下してきそうであった。
 小一時間が過ぎて、耕地からのトラックが土煙を舞い上げてきた。大男の黒人運転手が、移民たちにトラックに乗るよう手振りで指図した。
 舗装されてない土の道は、深い先轍が不規則に刻まれていて、それに添ったり、時には避けたりしながら進むトラックは大きく右に揺れ、突然左にかしいだりした。男たちは立ったまま荷台枠の桟につかまって振動に耐えた。しかし、引っ越し荷物に腰掛けている女子供は、荷台が飛び跳ねるたびごと、放り出されんばかりに揺さぶられた。生後三ヵ月の乳児、稔を抱いていたはぎは、その都度、幼児を落とすまいと必死に抱きしめた。傍で律子が、はぎとその胸の末弟を懸命に庇った。

 途中で雨がぱらついてきた。西風が強いのは雨の兆しだったのだ。運転手はトラックを停め、荷台の片隅に常備してあるテントを引き出し、それを頭から被るよう皆の者に教えた。雨はやがて本降りとなり、雷が頭上で轟いた。彼らは頭からテントをじかに被った。霰混じりの豪雨がパンパンとテントの上で跳ねた。テントの中は人いきれと埃があふれ、蒸し暑くて居たたまれない。稔が泣き出した。そういう状況の中でもトラックは走り続ける。弟はますます甲高い泣き声をだす。
「息苦しいんだよ、きっと」
 律子は弟を抱いてテントをでた。顔にハンカチを当てながら、
「ほれ、ほれ、もう雨はやんできたよ」
 静かに揺すってやると、弟は漸く泣きやんだ。スコールが通過した南国の空は、嘘のように晴れわたる。
 一定の起伏を保って展開する大地は、視界の涯まで続くコーヒー園である。コーヒーの樹は、茶株を大型化したような灌木で、二メートルの株間を保っている。先ほどのスコールで、瑞々しい葉面が水滴を光らせていた。
 二時間近い走行の後、高い門構えの横板に《シャンテブレー》と彫ったコーヒー農場に着いた。門を通ってしばらく行くと、広い露天コーヒー乾燥場がいくつにも区切られて続き、その奥には数棟の巨大なコーヒー倉庫が並んでいた。
 乾燥場から先方は低地となって、谷向こうは牧場で、刈り込んだような黄緑の地域が丘の果てまで拡がっている。その一隅には、左右一定の間隔をおいて労働者の住宅が五〇軒ほど建っている。

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