会話がちぐはぐであるが、ユーモラスだ。永い旅の緊張から解放された田倉親子は、ほっとした心の緩みから急に睡魔に襲われて、直ぐに寝床に案内された。
耕地における第一夜が明けた。昨夜、闇の中で見つめた地獄絵かとも恐れた自然は、すごく爽やかで清々しい。眼前に広がる牧場では牛や馬が尾を振りながらのどかに草を食んでいる。アヌーと呼ぶ黒い小鳥が家畜の背中や頭などを飛び跳ねて皮膚の寄生虫を捕っている。
谷の彼方には、コーヒー樹林の等高線が緑の孤を描いて空の果てと接していた。裏山には早朝からオームの声が聞こえている。大自然の中で聞くのは、決してやかましくない。むしろ快い自然が奏でる音楽のようだ。
昨夜、本耕地から馬車に積んできた板が殺虫剤の臭う空家に置いてある。その板で食卓、寝床、食器棚などを作るのだそうだ。炊事場には前の住人が使い古した壊れたかまどがある。さしあたり田倉はかまどの修理に取りかかった。律子が手伝って庭先の赤黒い粘土を捏ねた。日本から持参した茶釜の縁を型どって、加熱部をしっかりと塗り固める。待ちきれぬ律子は、生乾きのかまどに火を入れ、昼食の支度を急いだ。
直ちに食卓が要る。その脚となる材料は森林から探し出すのだ。そうした仕事に経験のない田倉は何をするにも不器用だ。日本にいた頃の悠揚迫らざる態度が失せて、どことなく哀れである。
十歳になった浩二は比較的体格が良かった。慣れない仕事にもたもたしている田倉や律子の様子を見ているとじっとしていられない。
「ボクも一緒に山へ木を切りに行くよ」
森林のことを一般に《山》と呼んでいた。刺のある灌木、触れると痛みの走る蔓草、身体にまとわりつくブヨや蚊を払いながら、寝台や食卓の脚になる適当な木を鉈で切り倒す。田倉は、むこう鉢巻きで格好はいいが、さっぱり能率が上がらない。やっと数本を切り倒し枝を払って、田倉と浩二はそれを背負った。生木なのでかなり重い。二人は辛うじて家まで辿り着いた。
次の日曜日は、農園仕事は休みで、田倉の家に隣の吉川が手伝いにきてくれた。
「これ、マッシャードというブラジルの斧でね、日本の鉈じゃ能率が上がりませんよ」
そう言いながら、長い柄のついたマッシャードを軽々と振り上げ、浩二たちの運んできた丸太に打ち下ろすと、いとも簡単に丸太は切断され、そのまま枕として利用できた。吉川さんは北海道で開拓に従事したことがあり、少し講釈は多いが、実行が伴うので感心させられる。その丸太を土に打ち込み、食卓や寝台の脚にする。その上に桟を渡し、板を並べるとでき上がりである。
「こういう仕事、あきまへんわ。やったことがないので」
と、田倉は溜息をつく。