九時には朝食を告げるラッパが鳴る。若者たちはこの九時を待ちきれずにラッパの真似をして、朝食を促す。時計を持たぬ者はこの贋ラッパに引っかかることもある。
「本もののラッパが鳴ってるわ」
律子はコーヒーをさびる(*)手を休めて、埃まみれの顔を頬かむりの布で拭った。上気した顔が若々しい。採取したコーヒーの実は袋に入れて回収路まで担ぎ出し、田倉の分と合わせて袋詰めにした。一俵は標準三〇キロである。
今年のコーヒーは豊作であり、一人で一日に十五、六俵も採取するというが、慣れない律子にはそうはいかない。
「姉ちゃん、何俵さびたの」
弁当を運んできた浩二が訊いた。
「あかんわ。一俵さびただけや」
「後でボクも手伝うよ」
「そうだ、浩二も少しやってみるといい」と、横から田倉は言った。
「あかん、あかん。弁当を運んで来ただけで汗だくじゃないの」
「うん、暑いことは暑いさ。それに途中牧場を横切ったら眼の黒い牛がボクを追っかけてくるんだ。川まで降りて丸木橋を渡って逃げたが、あの大きな角で突っかけられたらかなわんものな」
「牛は人間を襲うんじゃなくて、親しみを持って寄ってくるのよ。私も最初は恐かったけど……」
「ボク、明日から棒を持って歩くよ」
「それがいいわ。時に、ここすぐ解ったの」
「コーヒー園広いものな、やはり迷った。道端でとかげの大きいのが赤い舌を出しやがるし、遠くでクイクイと山鳩が淋しく鳴くし、何だが心細かったけど、そのうちに人声が聞こえたので、ほっとした。外人って大声で話すものな」
「外国に居るんやから浩二が《外人》やろ」
「そう言えば、そうなるかな」
田倉はそんな会話を聞きながら、子供たちもよく成長している。あと何年かすれば浩二も一人前の農夫になるだろうと、頼もしく思っていた。
律子の開いた弁当はシュシュー(はやと瓜)の煮付け、青いマモン(パパイアの原種)の漬物、それに塩鰯の焼いたものだった。シュシューもマモンも野生で、裏庭に自生しているものである。
田倉はコーヒー樹の蔭にあぐらをかき、シャツのボタンをはずして、腰の手拭いで胸や腋の汗を拭いた。律子の差し出した皿を受けながら、
「今日は飯が白いな、これはいい。何ぼ豆が安くても米粒より豆の多い飯じゃかなわんものな」
(*)ジャトバー (Jatobá, Hymenaea courbaril L.)