小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=22

「らしいな。モジアナ地方からきた男の話では、町の出口に塹壕など掘ったが、政府軍の飛行機に襲われ、耕地の監督のラッパの合図で革命軍はコーヒー樹の下にもぐり込んだという。義勇兵の口ぶりだった。革命の首謀者も奥地に潜行中と言う。その男もあいそをつかして逃げてきたらしい。色の黒い体格のいい奴だったが、根は意気地なしみたいに見えた」
「それでサンパウロ州はどうなるの」
「政府軍が和議提案を申し出ているらしいから、それを受諾するんじゃないか」
「それで、革命は終るの」
「だろうよ、俺にもよく解らんさ。それより、俺いいものを奢るよ」
 隆夫は、近くのコーヒー樹の下から黄色い大きなマモンを抱えてきた。
「どこから持ってきたと」
 房江は訝った。
「裏の植民地から頂いてきて、樹の下で熟らかしておいたのさ」
「黙ってもぎ取ってきたの?」
「声をかけようにも、そばに人がいないじゃないか。どうせ野生の果物だ。この国じゃ空きっ腹の時、少し失敬しても罪にならないらしい」
「うまいこと言いやはるわ」
 律子は笑った。房江も隆夫も笑った。
 隆夫は革帯からナイフを抜いて、マモンを四つ切りにし、その一片を律子に差し出した。黄色く厚い果肉の中心部には黒い種子がいっぱい詰まっている。それをコーヒー樹の小枝でこそぎ落とすのだ。南国フルーツの強い香りと甘味が漂う。
 律子は、南米航路の船内から隆夫に特別の好意を抱いていた。奇しくも、同じ耕地に配耕されたとはいえ、今こうして、再び話し合えることに、やはり強い因縁を感じずにはいられなかった。
 
 
(*)さびる 〔中部、四国、北九州地方の方言〕 箕で穀類の塵芥を篩い分けること。《小学館/国語大辞典》
 
第二章
 
  はぎの病
 
 その日の律子は、一俵三〇キロ入りのコーヒーを五俵採取した。現地人の三分の一ぐらいの能率だが、律子にはこれまでの最高記録なのである。この喜びを病床の母に早く知らせたい。六時の終業ラッパを待って、走るように家路を急いだ。三キロあまりの道程なので、家に着くと辺りは、もはや暗くなっていた。

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