小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=28

 売店の壁は板張りで、二五米もあろうか。入口が四個所ついている。五区画ある分耕地から買出しにくる人びとはおびただしい数で、早朝から店はごった返していた。店内は人いきれと、腸詰、乾し肉、生肉などの臭気が充満し、店先につながれた牛馬の垂れ流す屎尿なども加え、その悪臭に吐き気を催しそうになる。
 粗野な男たちの中に混じり、律子と弟の浩二は板で仕切った売り台に伸び上がるようにして、混血の無愛想な売り子に、自分の所在地と姓名を告げる。そこには一週間分の仕事の控えがあ って、仕事相応の買物ができることになっていた。その日のツケでは、米、砂糖、食用油など、一週間分の食糧は何とか調達できた。
 買物は二つの袋に分配して結び、それを肩の前後に振り分ける。他の一部は浩 二が背負った。朝は涼しい野の道だったが、帰路は太陽が照りつけて道の砂は熱く焼けるばかりだ。靴擦れを起して、素足で歩いている浩二はいたたまらず、道端の草の上を飛び飛びに歩き、草のないところは、次の草まで走るといった始末だった。
「靴擦れでも何とか履けないの」
「走った方が面白いよ」
 四キロの道のりは、歩行に一時間以上かかる。西空から黒い雲が流れ出していたが、それが層を増やし、見る間に曇り空に変わった。強風が吹きはじめ砂埃が舞い上がった。熱帯のスコールはこのようにしてやってくるのだ。近くで雷鳴が轟いた。
「早く帰ろう。もうすぐ雨になるよ」
 浩二は律子の先になって走った。
「豪雨になるばい」
 後方から追いついて来たのは、八代隆夫と房江だった。彼らも買い出しに行っていたのだ。それぞれ荷物を背負っているが、二人は元気がいい。
「あの向こうにフィゲイラの樹が立っているけん、あそこの木の下で雨を避けよう」
 隆夫は、三人の道案内でもするように走った。
 大粒の雨水が不気味に光りながら落ちはじめた。コーヒー樹林を覆って伸びている巨大なフィゲイラ樹は雨宿りに恰好の場所だった。四人がその下に着いた時は、もう本降りになっていた。荷物を濡らさないように樹の根元に集めたが、それでもしぶきがかかる。彼らはその横に繁茂しているコーヒー樹の許にもぐりこんだ。フィゲイラの樹冠が大きな傘となり、その下のコーヒー樹が二重の傘となって雨漏りはほとんどなかった。

最新記事