本耕地の支配人をはじめ、岡野と田倉の説得によって日本移民はもとより、抗議を続けていたブラジル人たちも平常に戻って仕事をはじめたが、八代家だけは監督を罷免するまでは仕事に就かないと居座っていた。同胞でありながら、ストを共にしないと、田倉その他数家族の日本移民を裏切り者呼ばわりにした。食糧が不足したと言っては、牧場の中の流れを塞き止め、家族総出で魚を捕ったりした。何事も監督の許可を必要とする耕地の掟からすると許せないことだ。耕地に適応しない不良家族ということになる。
「八代さんたち、どうなるんかしら」
移住して以来、親しく付き合ってきただけに、八代家の動向は、律子には気になった。
「えらい剣幕や。虐げられどおしの我々に丁度いいチャンスだ。日本人の面子にかけてもこの際、徹底的に制裁を加えるんだ。大和魂の持ち主が毛唐ごときに負けてたまるか、などと言っている。いい傾向ではないな」
田倉は苦笑した。
「大和魂って、勇ましくていい言葉じゃないの」
律子が言う。
「地の涯まで来て大和魂でもあらへん。仕事の能率の悪い、口先ばかりの連中だと言われるだけや」
「そうやろか」
大和魂とか世界に冠たる日本民族などと聞くと、胸の高鳴りをおぼえる律子だった。自由のない束縛された耕地の人びとが、大和魂によって緩和させることができるのなら、大いに利用していいのだと、胸のうちで思っていた。
そうしたある日曜日、一台のトラックが八代の家の前に停まった。トラックから降りた五、六人の男が八代の家を包囲し、中の一人が表戸を叩いた。頭に包帯した八代が戸を開けると、ピストルを手にしたルーベンス監督が立っていた。
「本耕地からの命令だ。今すぐこのカミニョン(トラック)で耕地を出て行ってもらうことになった。マンダ・エンボーラ(追放)だ」
「ケ・イッソ・ネン・アヴィゾウ・ナーダ(何んてことだ、何の通知もしないで)」
八代は、まだ不自由なブラジル語で言った。
「前もって穏便に解決するよう言った筈だ。それにも拘わらず、ストを決め込んでいる家族をこれ以上耕地に置くわけにはいかない。問答は無用だ。荷積みはこの男たちが手伝う」