和美の話を聞いていると、自分も少しは成長したとでもいうのか、何となく心に暖かいものを感じた。これが青春というものだろうか。
「和美さんと話していると、私にも心に触れる人がいたような気がする」
律子は思いきって言った。
「それ、どこの人なの」
「一緒に配耕になった家族がいて、その中に隆夫さんという青年がいたの。恋人と言えるかどうか解らないけど……」
「その人、今、どこにいるの」
「解んない。不良家族ということで耕地を追われ、行方不明なの」
「何だ、そんなこと」
「それでいいの。私はまだまだ、家のために努力しなければならないから」
それだけ話すと、急に胸の動悸を覚え、顔の赤らむ思いがした。複雑な八代家のこと、ことに隆夫と交わした片言隻句がほのぼのと蘇ってきた。初めて知り合った渡航船の甲板で、互角に戦った卓球試合、八代家が耕地を追われた時、わが胸を痛めたのは、青春の疼きだったのだ、と今にして思えるのだ。
それにしても何と明るい植民地なのだろう。あのシャンテブレー耕地では奴隷同様の生活を強いられ、死ぬか生きるかの苦闘を繰り返してきた。そこからわずか十数キロ離れたこの植民地では、人びとが別世界のように、自由で、明るく生きている。以前の律子には想像もつかぬ世界だった。
「おい、君たち、そちらで何をひそひそと話しているんだ。こちらへこいよ」
浜野の大きな声がした。二人は枝から降りた。
「月夜の涼みって気持ちがいいわね」
「そんなこと言ってる時期じゃないんだ。日本はロンドンでの世界軍縮会議から脱退したと言うぜ。日支事変もはじまったし、日本は大変だぞ」
深刻な表情で言う浜野に、
「それがどうしたと言うの。今まで楽しそうに歌ってたのに、急に真面目くさってさ」
和美は話をそらした。
「女には解らないだろうが、海外に住む我々は世界の動向をよく観察してかからなけりゃ」
「戦争は国と国との争いでしょう。私たちには関係がないわ」
「解らないんだな」
和美はさらに反論するつもりだったが、兄の一也から誡められたので、首を引っ込めちょっと舌を出した。