《記者コラム》ブラジルは触っただけで「強姦」=女性が男性をレイプしたら犯罪か?

2019年7月26日付BBCニュース

女性が男性をレイプしたら犯罪か?

 2019年7月26日付BBCニュース《Penetração forçada: se uma mulher obriga um homem a fazer sexo, isso é estupro?(強制挿入: 女性が男性にセックスを強制した場合はレイプになりますか?)》(https://www.bbc.com/portuguese/geral-49104969)という記事を読んでいて気になる記述を見つけた。
 冒頭には《男性が女性の同意なしに性行為をする場合、それは強姦だ。しかし女性が男性にセックスを強要したらどうなるか? これに関する法律は国によって異なる。イングランドとウェールズの法律ではレイプとみなされないが、ブラジルでは2009年にその法的定義が変更された》とあったからだ。
 当然この種のケースは逆の場合よりもはるかに頻度が低い。だが法的解釈としては、女性が男性に対してこの犯罪を実行する可能性を排除すべきではないと研究者は同記事で主張している。そして次の具体例が挙げられている。
 ジョンさんは妻が自傷行為を始めたため医者に連れて行き、夫婦で何時間もかけて心理的な原因を話し合った。6カ月後、自傷行為をやめる代わりに夫への攻撃を始めた。居間に座っていると妻は突然夫の鼻を強く殴り、笑いながら去って行った。そのような行為が頻発するようになり、妻は医者から心理科医のカウンセリングを受けるよう指示されたが行かなかった。
 ある日、夫が仕事から帰宅すると、妻は暴力的な言い方でセックスを要求し始めた。《ある時、ジョンが目を覚ますと、パートナーが自分の右腕を金属製のベッドフレームに手錠で縛り付けていたことに気付いた。妻はラジカセで夫の頭を殴り、もう一方の腕をロープで縛り、セックスを強要しようとした。

NOと拒否する女性

 恐怖と苦痛の中で、ジョンは彼女の要求を満たすことができなかった。そこで彼女は再び彼を殴り、30分ほど鎖に繋いだままにして解放した。その後、彼女は何が起こったのかについて話すことを拒否した。
 それから間もなく、彼のパートナーは妊娠し、暴力は静まった。しかし、赤ちゃんが生まれてから数カ月後、ある夜、ジョンが再び目覚めると、ベッドに手錠でつながれていることに気付いた。そこで、彼女は彼にバイアグラ錠剤を強制的に飲み込ませ、猿ぐつわを噛ませた、と彼は言う。「私にできることは何もありませんでした」とジョンは言った》という強烈な経験だ。

2009年までは女性のみが強姦被害者だった

 1990年に刑法に修正が入り、女性への家庭内暴力防止に特化したマリア・ダ・ペーニャ法(法律11340/2006)も2006年に施行された後、2009年8月7日に法律12015/09が制定され、刑法における性犯罪の考え方が一気に変わった。その原文は(https://www.jusbrasil.com.br/legislacao/818585/lei-12015-09)。
 《ブラジル刑法における性犯罪: 2009年法律12015に関するいくつかの考察》(https://meuartigo.brasilescola.uol.com.br/educacao/os-crimes-sexuais-no-codigo-brasileiro.htm)によれば女性が男性をレイプすることはここから罪になった。これは1940年12月7日の政令法第2848号特別部分の第6編を、実に69年ぶりに本格改正したものだった。
 刑法が改正される以前は、強姦は膣への陰茎の挿入を条件とするものだから、女性のみが強姦の被害者と見なされていた。男性に対する強姦は認められず、さらにその行為が肛門から行われた場合には、女性に対してさえも強姦とは認められなかった。膣以外の場所、肛門や口腔に無理矢理挿入された場合、犯された罪は「強制わいせつ罪」だった。
 これ以降、男性も強姦罪の犠牲者と認定されるようになった。現在では性別に関係なく誰に対しても適用される。男性、女性、子供、青年、性転換者全てが対象になる。この新法の目的は、小児性愛と強姦の犯罪に対する刑罰をより重くすることだとされている。

市民・人権省サイトのトップページ

 昔は性区別といえば男と女だけだったが、「LGBT」(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアルに加えて、トランスジェンダーの頭文字)が一般化して、最近は「LGBTQIA+」などと更に増えてきている。市民・人権省サイト(https://www.gov.br/mdh/pt-br/navegue-por-temas/lgbt)はトップページがそれだ。社会が変化したら犯罪も変化するし、それを取り締まる法律も変化せざるを得ない。
 社会変化によって国民の慣習や価値観がどんどん変化する中で犯罪の定義も適応を迫られている。

レイプと認定される可能性のあるパターン

 2020年10月20日付GZH記事《レイプとみなされる7つの状況》(https://gauchazh.clicrbs.com.br/donna/noticia/2020/10/sete-situacoes-que-sao-enquadradas-como-estupro-e-talvez-voce-nao-saiba-ckgiaesu70008015xikhikd7z.html)によれば、現在の刑法第213条は強姦を「暴力または重大な脅迫によって、誰かに性交を強いること、または別の性的行為を実行すること、またはその実行を許可すること」と提起している。つまり、挿入だけでなく、触ることもレイプとされる。
 同記事いわく「レイプには膣や肛門への挿入は必要ない」「友人や親戚があなたの陰部を触ったら、それもレイプ」「同意のない関係はレイプであり、酒に酔った人との性行為は状況によっては犯罪に分類される場合がある。飲酒したり薬物を使用したりした女性は脆弱な状態にあり、判断力が欠けているからだ。被害者がノーと言わなかったとしても、それは彼女がイエスと言ったことを意味するわけではない」
 「挿入したのが一人でも、被害者を抱きかかえていた人、犯行で使われたナイフを買った人なども共犯者になりうる」
 「専門家が立場を利用して被害者を性的行為に誘導するケースも、状況によっては強姦とみなされる。カメラマンが女性に『仕事の成果を高めるためにモデルの陰部に触れるのも仕事の一部』などと告げたら犯罪になる。レイプは必ずしも暴力でなく、権力の行使も多い」
 「レイプは合意の上で始まる可能性がある。二人で楽しい時間を過ごした後にセックスの時間になったが彼女は不快感を覚え、続きを拒否した場合、彼から性的関係の継続を強制されたら、たとえそれが合意の上で始まったとしても強姦とみなされる」
 「女性が膣への挿入のみを希望し、アナルセックスには応じたくない旨を説明し、それでも男性が主張して被害者を力づくで挿入を行った場合、これは強姦となる」などの注意事項が列記されている。
 GZH記事によれば、《新しい法律文言は、憲法上の原則通り、偏見なく誰に対しても平等に遵守され、尊重されることを保証しようとするものである。性行為とは、膣内性交だけでなく、陰茎、膣、乳房、肛門への口による接触、これらの器官への(手や指による)エロティックな動作を伴うもの、陰茎を肛門に挿入したり、陰茎を乳房に接触させたりするもの、自慰行為を伴うものも含まれるため、同性間または異性間で犯罪が発生することは共に想定されている》
 この法律の第217条Aでは「14歳未満の未成年者と性交をしたり、その他の性欲に満ちた行為をした場合の罰則は8年から15年までの懲役」とある。だが、現実には、保健省のデータによると、10歳から24歳までの若者の16・1%、つまり610万人が「初体験は13歳」と答えている統計データがある。法律にどこまで理想を残し、どこから現実に適応させるかと言う線引きが難しいと同記事には指摘されている。
 ブラジルで「レイプ」と言った場合、触るだけでも該当する可能性があり、「パートナーと同意がある」といっても「どこまでの同意か」を気にする必要がある。

売春が合法的なブラジル

 日本では1956年に制定された売春防止法により、売春も買春も法律上は禁止されている。だがこの法律の抜け道と、厳格でない解釈やゆるい施行によって、実際には年間推定2兆3千億円にも上る性風俗関連特殊営業名目での性産業が許されているという。法律上は禁止だが、実際には抜け穴がある状態だ。
 一方、ブラジルにおいて売春は最初から合法だ。売春とは、何らかの利益のために性的な好意を交換することと定義される。通常はセックスと金銭の交換で成り立つが、そればかりではない。性的関係は、仕事上の便宜、(金銭を含む)物質的な商品、情報などと交換されることもある。
 ただしブラジル刑法は売春行為そのものは認めているが、売春を斡旋すること、売春宿を経営すること、女性の人身売買を罪としている。つまり、第三者による売春婦の搾取を罰するものだ。
 売春を合法化することに賛成する理論は単純で、公衆衛生へのリスクを伴う経済活動に関して、それが避けられないものであるなら、無理矢理禁止するより規制する方が最善だというものだ。実に、南米らしい現実主義的論理だ。

岡本カウアンさんの告発が日本社会を動かした

文春オンラインに出されたジャニー喜多川の告発記事の一つ

 ここまで書いて岡本カウアンさんの件を想起せざるを得なかった。カウアンさんが4月に東京の外国人記者クラブで、青年期にジャニー喜多川から性的被害を受けたことを告発して以降、日本国内では大問題に発展しているからだ。それ以前に本紙1月31日付(https://www.brasilnippou.com/2023/230131-21colonia.html)でも、その件には触れていた。
 カウアンさんは4年間で100―200人、常時20人の合宿参加者が被害を受けていたと証言している。これは氷山の一角だと見られている。石丸志門さんが40年前の被害を告発したからだ。ジャニーズ事務所が1962年に設立されてから、2019年にジャニー喜多川氏死去するまでの57年を考えると、1千人以上が性被害にあっていた可能性があると報じられている。
 不思議なのは、日本にもジャニー喜多川氏の行為を裁く法律があったのに、適用されなかったことだ。児童福祉法(1947年制定)や児童買春・児童ポルノ禁止法(1999年制定)で取り締まれるはずだった。
 児童福祉法34条1項6号は18歳未満の児童に淫行させる行為を規制しており、これに違反すると10年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金又はこれらの併科となる。
 もう一つの児童買春・児童ポルノ禁止法では、同法2条2項で児童買春を「児童、周旋者又は保護者若しくは支配者に対償を供与し、又はその供与の約束をして、当該児童に対し、性交等(性交若しくは性交類似行為をし、又は自己の性的好奇心を満たす目的で、児童の性器等(性器、肛門、乳首をいう。)を触り、若しくは児童に自己の性器等を触らせることをいう。)をすること」と定義している。これに違反すると、5年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金又はこれらの併科の刑罰を科せられる。
 仕事やお金といった報酬を約束してこれらの行為をすると処罰されるわけだ。両法とも、相手が18歳未満であれば、男女の区別なく犯罪となり、さらに、児童に対して暴行や脅迫をしていなくても、同意があっても処罰される。
 さらに2017年の改正ではレイプ被害者として男性も対象となり、肛門性交、口腔性交も含まれるようになった。強姦罪から「強制性交等罪」に変わり、刑罰も3年以上の有期懲役から5年以上の有期懲役に厳罰化された。また18歳未満の人については、監護者が性的虐待を行った場合は、暴行や脅迫がなくても処罰の対象になった。
 にも関わらず、ジャニー喜多川氏は裁かれる事はなかった。被害者を取り巻く現実や力関係に、告発させない空気をかもし出す何かがあったのかも。法律でなく、そこにこそ問題の本質があるのだろう。

カウアンが日本の芸能界で果たした役割は大きい

カウアン・オカモト氏(同氏提供)

 法律的には、英国や日本のような歴史の古い先進国の方が伝統的で、新興国であるブラジルの方が現状により寄り添った革新的な部分があるようだ。
 伝統があるが故に、カウアンさんのような件が社会問題化するまでに時間がかかった。今回、日系ブラジル人4世であるカウアンさんが口火をきったことで、日本の芸能界の闇にようやく光が差し込んだ。
 ある意味、日本育ちの日系人が与えた日本社会への影響という意味では、今までで最大の貢献だったかもしれない。(深)

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