青年は、津子のすぐ横に馬をすすめて、
「……若しや、律子さんじゃないか」
と、馬上から半身をかがめてのぞきこんだ。
「そうですけど……」
律子はわざと他人行儀に答えた。
「やっぱり律子さんだ。隆夫ですよ」
隆夫は馬から降りた。帽子のつばにちょっと手をふれて挨拶した。その顔は忘れもせぬ隆夫のものだったが、以前より日焼けして、どこどなく粗野に見えた。
「久しぶりね。すっかり逞しくなったみたい。今、どちらに……」
律子は、我にかえって言った。
「ポルトガル人のコーヒー農場なんだ。今度ここに郡道が通じたから、この植民地は近くなった」
「あれから、どうしてなさるの」
「田倉さんたちと別れてから……別れなんて言えるものではなかったな。トラックの荷台に家財道具と一緒くたに俺たちも押しこまれて、耕地を追放されたんだ。知らない土地へ連行され、家屋もないコーヒー園の中へ投げ出された。午後の四時頃だった。この国へきて一年足らずだから、何がどうなっているのかさっぱり解らなかった。寝る家屋はないし日が暮れたらどうすればいいのだ。米は多少持っていたが炊く所がない。
親父がガンコで、耕地の監督の指図に従わぬからこんなことになったのだと俺が愚痴ると、兄貴は、親父ばかりでないぞ、俺たちも頑固だった。これはいい体験だよ。一晩ぐらい食べなくてもいいから、今夜は野宿してじっくり考えよう、と言った。とにかくがっくり落ち込んでいる所へ、降って湧いたように四頭だての馬車が通りかかったんだ。顔の丸いカイゼル髭をはやした、一見してポルトガル人と解る男から、
『きみたちはわしのコーヒー園で何をしているんだ』と詰問された。
比較的ブラジル語の解る俺は、耕地から追放されて途方にくれている。どこか、今晩泊めてくれる所はないだろうか、とお願いすると、彼は根はお人好しと見えて、自分の名前は、フォンセッカだと自己紹介してから、
『わしの所に一軒空いた家があるからそこに泊めてやろう』と、親切に言い、荷物を馬車に積み込むのを手伝ってくれた。その夜、フォンセッカは、俺たちに夕食を振舞ってくれる席で、自分の農場は人手不足だから、もしよければ、ここで働いてみないか。真面目に勤めてくれたら生活の保証はする、と奨めてくれた。俺たちは、ひと先ず彼の農場にお世話になることになったんだ。