ブラジル日本移民とその子弟を題材にした演劇の脚本制作のための聞き取りを目的に、「劇団1980」代表で俳優の柴田義之氏(71歳、福岡県出身)と文学座俳優で劇作家の瀬戸口郁(せとぐち・かおる)氏(59歳、山口県出身)の2人が、8月12日から同29日までブラジル滞在した。
両氏によると、演劇はブラジルの戦前移民編、戦後移民編、日本での出稼ぎ編の3部作で構成されている。当初は2020年にブラジル訪問する予定だったが、コロナ禍の影響で実現できなかったという。仕方なく、3部の「出稼ぎ編」に当たる『いちばん小さな町』を前倒しして、21年10月に東京・六本木の俳優座劇場で1週間にわたって上演。同演劇は群馬県大泉町をモデルとした架空の町を舞台に、外国人住民との「共生」を模索する人間ドラマを描いたもので、大きな反響を得たそうだ。
今回、戦前移民編、戦後移民編の脚本制作のため、サンパウロ市在住アート・プロデューサーの楠野裕司氏、その仲間である久保ルシオ氏、松本ウーゴ氏が支援協力。柴田、瀬戸口両氏は聖市内をはじめ、サンパウロ州バストス、アリアンサ(ミランドポリス)、弓場農場、ペレイラ・バレット等を巡り、約50人に口頭による聞き取りを行った。また、日本移民が上陸したサントス港や、サンパウロ市ブラス地区の旧移民収容所にも足を運んだ。今後、日本移民やその子弟たちの実体験を「フィクション」として瀬戸口氏が脚本を書き上げ、移民劇3部作を実現させる考えだ。
これまで、『素劇あゝ東京行進曲』『ええじゃないか』公演などでブラジル訪問している柴田氏は「各地でたくさんの方々の人生経験談を聞かせていただきましたが、共通しているのは皆さん楽しそうに生きていること。今の日本にはない、ユーモアを交えてお話していただきました」と、率直な印象を語る。
また、今回が初めてのブラジル訪問となり、日本の慶応義塾大学や東京藝術大学などで講師としての活動も行っている瀬戸口氏は、「皆さん、本当によく話してくださり、堰(せき)を切ったように話される方もおられました。体からにじみ出てくるような体験話を聞くことができ、話されている間に感極まって泣かれたこともあった」ことに、自身ももらい泣きしそうになったと振り返る。
好評を得た『いちばん小さな町』は、来年5月~8月に改めて日本各地での40公演が決まっており、今後制作される戦前移民編、戦後移民編の1部、2部作は25年5月頃の完成が予定されている。
移民3部作に出演する柴田氏は「(日本に住む)日本人が希薄になっている熱烈なもの、ピュア(純粋)なものを3部作を通じて感じてもらいたい」と新作への意欲を見せていた。
なお、ブラジルでの移民3部作の上演予定は、現在のところ無い。
サビアの独り言
ブラジル日本移民の体験談を聞いた柴田氏と瀬戸口氏が「ユーモアがある」と話していた具体的なエピソードとして、次のような話があったという。戦時中のブラジルで、地方に住んでいた日本人の父親がサンパウロの刑務所に収監される際、事情が分からない娘が「どこに行くの?」と尋ねた。父親が「サンパウロだよ」と答えると、娘の弟は「お土産を買って来て」と言い、別れを惜しんでいた母親が思わず笑ったとか。確かに、コロニア(日系社会)では苦労話を「あっけらかん」と話す大らかな人も多いですな。