《特別寄稿》渡航移植をめぐる〝黒い霧〟=厚労省は移植臓器を増やす確固たる政策を=(中)=ジャーナリスト 高橋幸春

 証人は、インターネットで「支援の会」をみつけ、菊池に電話したことから渡航移植の第一歩が始まった。
 「もしあの時に菊池さんと出会ってなければ、今私はこの世に生きていないと思います。命の恩人で、感謝してもしきれないほど深い思いを今日まで持ち続けています」
 渡航移植に踏み切らなければ、患者の証言通りになっていただろう。
 子供の頃から腎臓が悪く、35歳から透析治療を受けるようになり、10年が経過した頃から歩行も困難になった。
 「私の家族、親戚に慢性腎臓病が多く、私を含めて5人が透析を受けており、私を除いては4人がすでに亡くなっています」
 慢性腎不全を発症する原因は、一つには慢性腎炎症候群のような腎臓自体の病気からくるものが挙げられる。また、糖尿病などの生活習慣病が原因で腎機能低下が進むケースもある。そして、多発性嚢胞(のうほう)腎(じん)などは遺伝的要素が高いとされる。

 菊池を恩人だという思いを抱く患者は少なくない。2013年に天津で移植を受けた患者は、菊池逮捕の報道に、こう語っている。
 「私たち渡航患者は『もしかしたら日本の土を二度と踏めないかもしれないな』との思いで旅立っています。失敗したらすべて菊池さんの責任と押し付けるのはどうしたものかと、私の周りの人たちも憤っています。海外移植についての是非はあると思いますが、あくまで自己責任の上で渡航して、生還した人たちは、多かれ少なかれ菊池さんに命を救われたことは感謝していると思います。報道やネット上でも大きな批判が起きていますが、『じゃあ、あなたの大切な人や自分自身が余命宣告され、海外移植に行くだけの条件を満たしている状態でも、行かないのか?』と問いたい」
 彼の父親も伯父もやはり慢性腎不全が原因で若くして死亡している。同じ症状が自分の体にも現れてきた。
「当時まだ7歳だった娘が異変を感じ取ったのだろうと思う。『お父さん、手をつないで寝よう』って突然言い出した。私は心から生きたいと思った」
 「生きるには、渡航移植しか方法がなかった。その選択がそんなに悪いことなんですか。渡航移植を止めろということは、私たち患者に死になさいと言うのと同じだ」
 渡航移植者に共通する思いだろう。
 しかし、菊池は逮捕され、渡航移植についてその罪を問われている。菊池も証言台で陳述した。
 「私は恥ずべきことは、何もないとの想いを胸に抱き、当裁判に臨んでいます。私たち支援団体は死を目前にしたレシピエントや長年の透析により余命が迫った人を海外の医療機関へ案内する活動です。テレビ、新聞等で報道された臓器の手配や仲介など、支援活動を始めた18年以来(開設以来)、今日まで一度も関与したことはございません」
 逮捕は「支援の会」スタッフの内部告発と、その実態を明らかにした患者の存在が発端だ。

ベラルーシの国立病院で日本人患者受け入れの正式調印をする菊池(著者提供)

 「支援の会」に採用され、1年ほどこの仕事に従事した男性スタッフは、ブルガリア、ベラルーシ、ウズベキスタン、キルギスと4ヵ国で患者のケアにあたってきた。NPOが行ってきた移植実態を知り、警察に内部告発した。証拠の中には菊池との16時間に及ぶ電話の録音記録があった。
 「録音は21年末頃から始めたと思います」
 録音内容は、元スタッフ、通訳、患者らと菊池との会話だ。
 また、キルギスで腎臓移植を受けようとしていた患者も、聞いていた説明とはまったく違っていたと実名を出してマスコミに事実を公表した。『読売新聞』に昨年夏から大きく報道され、一連の報道は新聞協会賞を受賞した。

[加藤紘一との約束]

 私は2006年、徳洲会宇和島病院で起きた修復腎移植問題(腎細胞ガンからガンの部位を除去した腎臓を移植、当時は病気腎移植と呼ばれた)を機に、移植について取材を進めてきた。渡航移植についても、患者から直接話を聞き、体をボロボロにされた者や、命を奪われた患者遺族の話に耳を傾けてきた。
 当然、菊池からも中国での移植について話を聞いていた。
「警察にマークされていると思います」
 菊池から、そんな電話があったのは、去年の11月か12月のことだった。日本人患者を引き受けてくれる病院を探すために中央アジア各国を訪問して帰国したところ、成田空港で別室に呼ばれ、一時間以上、荷物検査を受けたという。
 「これまでにあんなことはなかった」――逮捕に向けて、すでに警察は動いていたのだろう。
 逮捕容疑は、臓器移植の斡旋で、第12条違反だ。
 「でも逮捕後の警察の取り調べは、最初から臓器売買容疑だった」と、現在、保釈中の菊池は明かす。
 「警察で見せられた16時間のテープ起こしは、電話帳2、3冊分の厚さがありました。『臓器売買で多額の利益を上げていただろう』と、警察でも、検事からも言われました」
 移植手術に失敗した女性患者のドナーはウクライナ人女性で偽造旅券が準備されていた。臓器売買について厳しい追及が行われたのだろうと思うが、実際はそうではないようだ。
「日本人の女性患者について尋問された時間は、数十分程度だったと記憶しています」
 逮捕と同時に事務所も家宅捜索を受け、パソコンや携帯電話、移植患者の記録が押収された。削除された古いデータ、メール類もすべて復元された。しかし、起訴されたのは、最初の逮捕容疑の臓器斡旋で、結局、臓器売買での立件、逮捕はなかった。
 渡航移植については2006年3月に厚労省が調査を行っている。これによれば、肝臓移植については通院患者2980人中、221人が海外で移植を受け、渡航先は12ヵ国にわたり、アメリカ合衆国42人、オーストラリア14人、中国14人という順で多かった。腎臓移植に関しては8297人のうち198人が海外で移植を受けた。渡航先は9ヵ国で、中国106人、フィリピン30人、アメリカ合衆国27人だった。
 17年ぶりとなる今年5月には「海外渡航職患者の緊急実態調査」が行われた。通院している渡航移植患者は543人、そのうち生体から臓器の提供を受けた者は42人。これらのほとんどは臓器売買による移植とみて間違いないだろう。
 死体から臓器の提供を受けた患者は416人、その他ドナーが不明な者の数は85人にのぼる。渡航移植患者のうち、肝臓移植を受けた者143人、腎臓は250人だ。主な渡航先はアメリカ合衆国、中国、オーストラリア、フィリピンなどだ。渡航移植患者は減っていなことを示している。
 「日本臓器移植ネットワーク」は海外の移植にはいっさい関与していない。「支援の会」のような組織が渡航移植を扱ってきた。
 「支援の会」が内閣府認証のNPO法人を取得したのは2007年のことだ。本格的に中国での移植を進めるにあたり、菊池は臓器移植法について、厚労省とも協議している。この日の法廷でこう述べている。
 「2008年秋頃、臓器移植法12条の解釈について、加藤紘一先生(元自民党幹事長:日中友好協会会長=当時)を通じて、レシピエントを中国へ案内する支援活動は12条で定める厚生労働大臣の認可が必要なのか否か、厚生労働省へ打診して頂きました。
 加藤先生は厚労省の見解を以下のように話されました。
『菊池君、大丈夫だよ、君を取り締まる事になれば〈○○ちゃん救う会〉など、すべて、ダメになってしまう。そうはならないから……』、加えて『ドナーと接触したり、臓器を手配することも絶対にしてはいけない。営利目的もダメだ。それと、会計は明確にしなさい』と話されました。私は今日まで加藤先生との約束を守って参りました」
 その後、中国での移植は積極的に進められた。日本人患者をさらに受け入れてほしいという菊池の思惑もあったと思われるが、2009年には、中国の移植医3人を日本に招聘している。
 「お世話になっていた中国の臓器移植チームが日本の最新医療の視察を希望されたので、加藤先生の尽力により東京女子医大へ学術交流として3名の教授を招聘しました。日本人レシピエントが中国へ渡航して臓器移植しても、何ら問題がないと、加藤先生をはじめ日本の医療関係者のほとんどの方々が考えていたからこそ、中国の臓器移植の医療チームを日本へ招いたはずです。また日本移植学会の寺岡慧理事長(東京女子医大教授=当時)も講師として列席されたのです」
 法廷で、渡航移植が臓器移植法に抵触するとは考えていなかったと証言した。

ベラルーシのルカシェンコ大統領が国立病院に視察に来た際の様子。この時に日本人患者も入院していた(著者提供)

 ベラルーシは、アメリカ合衆国と並んで移植に外国人枠を設けている稀有な国だ。アメリカは移民の国で、アメリカ国籍外の外国人も臓器提供するケースもあり、その病院の前年度移植件数の5パーセントを限度に外国人枠が認められている。ベラルーシの外国人枠はどのように設定されているかわからないが、死亡したドナーから摘出した臓器を外国人に移植するのは違法ではない。

[異変]

 最近まで渡航移植を斡旋する四つの組織は、海外での腎臓、肝臓移植を望む患者を堂々と募集していた。「支援の会」の他に、「海外腎臓移植無料サポート協会」は、代表者が2019年9月に急逝して自然消滅。「海外移植事情研究協会」「臓器移植119」の二組織は現在ホームページを閉鎖している。
 「海外移植事情研究協会」は、以前はフィリピンなどで移植を進め、その後、メキシコでの移植を進めた。日本人患者とメキシコ人の偽装結婚や養子縁組を行い、家族間の移植を装った臓器売買による移植だ。コロナ禍の中、メキシコも入国が困難になり、2020年末から21年にかけて、ブルガリアに腎臓移植患者1人、肝臓移植患者1人を送り、首都ソフィアで移植を受けさせた。肝臓移植のドナーはウクライナ人、臓器売買による移植だった。
 20年12月3日、肝臓移植患者は手術を受けた。通常の肝臓移植は3分の2を占める右葉が移植されるが、左葉を移植するというあまりにも無謀な移植だった。手術直後からICUに入ったままの状態で、21年1月28日死亡した。この移植は現地の警察のみならず、警視庁も事実を把握し、捜査に動いたが、代表者の逮捕には至っていない。
 腎臓移植を受けた患者は、20年12月8日に帰国したが、羽田空港でPCR検査を受けている最中に死亡した。付き添っていた妻は、羽田空港署で事情聴取を受け、渡航移植の事実を告げている。
 もう一つの斡旋組織「臓器移植119」のホームページには、「中国、フィリピン、ベトナム、カンボジア、インドネシア、インド、イラン、スリランカ等で400人以上の内外の患者をサポート」と記載されていた。

世界の臓器提供数(本文中に掲載されている図表2点は「日本臓器移植ネットワーク」のホームページにある「データで見る日本の現状」を元に「望星」編集部で作成したもの)

 2008年11月、中国瀋陽市公安局は「臓器売買を禁止する衛生省規定に違反した」などとして、「臓器移植119」代表者を逮捕している。瀋陽や上海などの病院と提携、200人以上の日本人に臓器移植を仲介したとされる。しかし中国の検察当局は虚偽広告罪のみで起訴。代表者は国外追放の判決を言い渡された。
 強制送還されても、日本の警察当局に逮捕されることもなく、帰国と同時に渡航移植を再開させていた。前述の国の他にパキスタンも加え、病院とは名ばかりの民家を改造したヤミ病院で、臓器売買による移植を重ねていた。
 レシピエントには移植が成功したようにみせかけるために、大量の免疫抑制剤が投与され、移植臓器への拒絶反応を抑えて帰国させた。その結果、免疫力が落ちた患者は、衛生状態の悪いヤミ病院で重篤な感染症を引き起こし、帰国後半年も入院して治療に当たらなければならないケースもあったほどだ。当然、死者も出ている。
 この二組織は、最近まで臓器売買による移植を行ってきたが、これらの事実が明るみに出て、ホームページの閉鎖に追い込まれた。しかし、海外での臓器売買は、移植費用の受け渡しも現地で行われ、ドナーや移植医の特定も困難を極める。日本の警察も捜査権はなく、事件の立証には高い壁が立ちはだかる。
 厚労省の今回の調査で、543人もの渡航移植患者がいる事実が判明したが、多くが臓器移植法第11、12条に抵触すると思われる。しかし、警察が捜査に動いた形跡はない。
 また、この調査によると、合法的に外国人への移植が行われるベラルーシで、移植を受けた日本人患者は5人。「支援の会」を通して手術を受けた患者は1人で(「支援の会」の斡旋は3人だが、2人はすでに死亡)、4人は他の団体の斡旋で移植を受けたと想像される。菊池だけが逮捕されている。
 私が奇異に感じるのはそれだけではない。
 菊池は、現在、患者から医療費の返還を求める訴訟を2件起こされている。1件はキルギスでの移植を断念し、帰国した患者だ。支払った医療費の返還と渡航期間中の逸失利益を求めるものだが、これは和解の方向で訴訟が進行している。
 もう1件は22年9月、ベラルーシで肝腎同時移植を受け、同月に死亡した40代男性の遺族が起こしたものだ。死亡した患者の移植は、斡旋容疑の対象外だ。この患者は、移植を受けるために「支援の会」と「準委任契約」を締結し、8500万円を支払った。ところが22年7月28日、患者から「準委任契約」を解除すると「支援の会」に通知が送付されてきた。
 「通知を行った時点でどの程度必要な経費が利用されたのか不明であるが、原告(患者遺族)らとしては(残金は)4千万円程度であると考えている」――訴訟はその残金の返還を求めるものだ。
 この裁判に菊池は代理人弁護士を立てずに本人訴訟で臨んだ。
 「中途解除(準委任契約の解除)など、これまで患者の支援活動をして初めてのケースです。常識的に考えられない申し出でした」
 この肝腎同時移植が逮捕容疑から外されたのは、突然の「解除」があったからではないかと思われる。なぜ突然、「解除」したのか、その理由は今後の法廷で明らかにされていくのだろう。(つづく、14日発売の「月刊望星11月号」より)

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