小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=71

 有村は警察署長と顔なじみなので、事が拗れぬように交渉してみると日本語で話す。戦時下で日本語使用は禁止されていたが、どうしても日本語になってしまう。
 町の警察署に連行された十八名の青年たちは、警官から所持品を検べられた。銃器を持っているわけでもないが、ナイフ、バンド、靴、マッチ、煙草といった些細なものを取りあげられた(一部の者は煙草を隠し持っていた)。検査のすんだ者から順に留置場へ誘導された。全員を収容し終えると、看守は鉄の重い扉を横に押し、眼の前で大きな錠をかけた。
 留置所は三メートル四方くらいの部屋で、大勢の青年たちを収容するには充分とは言えない。マッチ箱に軸を立ち並べた恰好で詰められてしまった。天井にぶら下っている裸電球は切れて灯らず、蠅の糞で汚れていた。通路からの光が鉄扉ごしに辛うじて皆の不機嫌な顔を照らしていた。若者たちの体温が房内の空気を膨張させたためか、傍らの便所から悪臭が漂っていた。
 事件現場からそのまま連行された青年たちの、乱れた髪毛、穢れた顔、泥まみれのシャツなど、どの男もブタ箱に入れられてもおかしくない風貌に見えた。絶えず身体を動かして働いている若者たちが、手持ち無沙汰でいることは苦痛だった。ある者は隠して持ちこんだ煙草に火をつけ、一服しては次の者にまわした。煙草の煙が部屋に充満し、全員が発散する体臭とまじり合った。廊下の時計が二時を打ち、三時、四時を告げても誰一人眠る者はいない。寝ようにも横になる場所がないのだ。

 留置所に二日目の夜がきた。最初の夜、警察署長は、十八名も投獄(留置所なのだが、その地方では通常、カデイア《牢獄》と呼んでいた)するにはおよばないから責任者の二、三名が留まるだけでよい、と告げたが、血気盛んな若者たちは、連帯責任だから全員で入る、でなかったら全員解放すべきだ、と言い張り、署長は仕方なしに全員を収容したのだった。昨夜から寝ていない一同は、かなり不安定な精神状態におかれていた。
「永い夜だな」
 と誰かがつぶやいた。
「いま何時だ」
 と、別の一人が訊いた。
「時計は没収されたので誰も持っていないよ」
「お前たち、意気地のないことを言うな。覚悟で入ったカデイアだろ」

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