くっきりと差が出た選挙結果であったので、誰しも胸をなでおろすことができた。ミレイか、マッサか、どちらが勝者、敗者側であったとしてもおかしくない。票差がなければ、我が国は取り返しがつかない混乱状態になっていただろう。
ミレイ氏55・69%、マッサ44・30%は直接選挙を行うアルゼンチン国民一人一人が「いちかばちかの勝負に出た」結果である。
金融関係者からは、ミレイ氏の通貨ペソと民間銀行へ監視機能をもつ中央銀行への対処を具体的にどうするつもりかについて早急な表明が待たれているという。予測不能であったアルゼンチンへの、ある一定の方向性が見えてくれば、直接外貨に関与していない市民であっても慢性的なアメリカドルに対するペソ安や外貨規制は、流通コスト、原料コストにより、日常生活の消費物価に深刻な影響を与えるからである。
1975年のような「ロドリガッソ」(アルゼンチンの元経済大臣にちなむ用語、一朝一夕で大幅な価格更新を行うことを意味する。かならずしもハイパーインフレではない)が起こる可能性は大きいという見方もある。
バス停で隣に乗り合わせた高齢の女性が、憤りをまじえて、こう語っていたのが印象的であった。
「年金でなんとか暮らしていたのに、今では受け取る度に先月払えなかった分を払い、その繰り返し。同じ顔(政治家)では同じ。いいえ、きっとさらに悪くなる。だからどんな馬か知らないけれども、『走るのには新しい馬がいい』という言葉もあるのだから、私はミレイに投票する」
けっして若者だけが支持している訳ではないことを認識した瞬間だった。
いずれにせよ、アルゼンチン人はこの国をまだ見捨ててはいない。12月からさらなる可能性を秘めた新生アルゼンチンへ皆さまの応援をおねがいしたい。
私は産官民アグリフードビジネス交流に参加して現在訪日中だ。東京、福岡、広島、愛知など行く先々で「アルゼンチンから来ました」と挨拶すると、必ず「ああ、今経済大変なんですね」と言われる。でも今では「実はそれ、いつものことなんですよ」と冗談で笑い飛ばせる自信がさらについた。
2022年12月のサッカーW杯優勝に続き、さらなるアルゼンチン・アイデンティティを高め、12月10日の新大統領就任式には、ブエノスアイレスで「バモス・アルヘンティーナ!(いくぞ勝つぞアルゼンチン!)」と叫びたい。
だが、これから2週間で組閣や内部調整がある。実はこれからが正念場であり、選挙が現在の経済状態を終わらせるものではない。「明けない夜はない」。今こそ新しい幕開けでもある。(現在東京、ブエノスアイレス在住 相川知子 11月20日記)