ミレイの妹と共に裏舞台で暗躍する日系人
過激発言で世界的に有名になった、お隣アルゼンチンの超リベラル右派次期大統領ハビエル・ミレイ氏(53歳、自由前進、LLA)に関して、その裏方にカルロス・キクチという謎の日系人がいることが明らかになった。なお、現地情報通によれば彼は戦後移民の息子、2世のようだ。
ただし情報が少なく、あまりに不明な点が多いため信憑性に疑問は残るが、とりあえず現地メディアで報道されている内容を抜粋する。
9月8日付CTXTサイト《ミレイの指導者たち》(1)によれば、今回の大統領選では《コンサルタントのマリオ・ルッソとリバタリアン党の若者たちは、アルゼンチンの極右指導者の最初の選挙での成功の鍵となったが、その後、古い政治では無名人物のカルロス・キクチが主導権を握った》と書かれている。
ミレイ氏が最も頼りにしているのは、金庫番の妹カリナ氏(50歳)であることは有名だ。21日付BBCブラジル《アルゼンチン次期大統領が「ボス」と呼ぶ妹、カリナ・ミレイとは誰なのか》(2)によれば、《ミレイを知る人々は、彼女が反体制の自由主義者プロジェクトを構築した「偉大な建築家」であると言う。彼女は彼の主要な戦略家、顧問であり、彼の政治団体であるLLAの中心人物でもある》《独身で女優と交際中のハビエル・ミレイは、彼女(妹)のことを「ザ・ボス」(男性的)と呼び、「彼女なしでは何も存在しなかった」と何度も繰り返している》と報じている。
そして、今回の戦略の土台を構築したのがマリオ・ルッソ氏。マリオ氏は47歳の選挙コンサルタントで、中道保守派のマウリシオ・マクリ氏を2015年に大統領に当選させた際にも活躍したといわれる。《彼(マリオ)はミレイの政治への最初の一歩のガイドであり、まったくなじみのない世界で彼を助けてくれた案内人であり、16歳から28歳までの有権者に賭けなければならないと彼に説得した人でもあった》と同記事には指摘されている。
アルゼンチンでは18歳から70歳までの国民には投票が義務だ。加えて16歳と17歳にも義務ではないが選挙権は与えられているおり、このZ世代を中心とする若年層に、国政を大きく変化させる勢いを求めてTikTokなどのSNSを駆使して選挙戦を戦ったのがLLAの特徴だ。本紙22日付《ミレイ勝利を支えた若者たち=SNS戦略責任者は22歳》(3)に詳しい。
ミレイ率いるLLAは今回の選挙戦で、長い間国政を支配してきた左派ペロン主義政党、それに対抗してきた中道右派政党の両方を「古い政治スタイル」として否定し、旧来の政治手法を断ち切ったまったく新しい形の政治を行うと訴えた。
アルゼンチンは40年前に民主主義を回復して以来、最悪の経済的・社会的瞬間を現在迎えており、「左右を問わない旧来政治家」への不満を蓄積していた有権者が、それを攻撃する新しい政治家ミレイ氏に期待を抱いた。だから、ブエノスアイレス在住の本紙寄稿者の相川智子さんは、最終的にミレイが選ばれたことが意味するのは《国民がいちかばちかの勝負に出た》(4)という決断だと分析している。
「ハビエル・ミレイの最も暗い顔、キクチ」
さらに《大袈裟に言えば、ルッソはラ・リベルタード・アヴァンツァ(自由進歩党LLA=ミレイが所属する政党)の〝父〟であり、国内の争いを鎮めた人物であり、今後の方向性を定めた人物であると言える。ミレイの選挙での成功を説明するパズルを構成するすべてのピースの中で、この戦略家は初歩的なピースだ。彼の貢献がなければ、生まれたばかりの同政党は最初の挫折で正面衝突していた。その戦略のおかげで、21年に連邦首都で全投票の17%をリバタリアン(自由至上主義)が得ることができた》と書かれている。
LLAは2021年7月にリバタリアン保守主義という方向性で創立され、そこからわずか2年余りで劇的な成長を遂げ、大統領まで輩出することになった。だがその間に路線を巡って仲間割れしてマリオ氏は脱退。
その後に主導権を握ったのが、例の日系人で同記事は《ハビエル・ミレイの最も暗い顔〝黒い修道士〟カルロス・キクチの出番が来た》とかなり意味深な表現をした。要は、選挙や政治に関わる〝黒い闇〟に関係した疑いがあるように同記事には書かれている。というか、合法非合法を問わず選挙運動を強引に推し進める〝汚れ役〟のような存在にも読み取れる。
また、キクチをミレイ陣営に送り込んだのはドミンゴ・フェリペ・カヴァロ氏だとも書かれている。カヴァロ側はそれを否定しており、「キクチはラジオでミレイに会った」としている。キクチはラジオ番組のパーソナリティをしており、そこに経済評論家としてたびたびミレイを呼んでいたという。直接の関係がありながらも、キクチはなぜか昨年から選挙運動にかかわる際、まずミレイの妹との信頼関係を築き上げ、そこから影響力を広げていったとある。ミレイは何か自分に判断できない質問を受けた際、「妹と相談する」と答えることで有名だ。
ちなみに、カヴァッロ(5)はイタリア南部生まれで、親に連れられて1930年にアルゼンチン移住した子ども移民だ。カルロス・メネム政権(1989年7月―99年12月)で経済大臣を務め、アルゼンチン・ペソと米ドルを同等にする経済通貨安定化プランを打ち出したことで知られる。その焼き直しを今回、ミレイにもやらせているようにも見える。
LLAの裏工作を牛耳る存在か
22年11月26日付ノチィアスサイト《ハビエル・ミレイに影響を与え物議を醸している選挙参謀カルロス・キクチとは何者か》(6)によれば、キクチはリベラル派閥と妹に影響を与える中で、彼を告発した仲間を次々に追放していったと政治ジャーナリスト、カルロス・クラー氏は書く。
いわく《ハビエル・ミレイの最初の頃の政治信条は、現在ほとんど残っていない。リベラル派が全国的な影響力を獲得する中で、彼が大統領選に立候補することになって〝設定〟がどんどん変化し、妹のカリナの同意を得ながら協力関係を拡大している。その変化やそれに伴って起きている問題の大部分に責任があるのが政治家カルロス・キクチ(「el Japonés(日本人)」)だと、多くの人が考えている》と冒頭から書いている。
さらに《(キクチは)60歳で、ミレイ陣営で唯一、政治的な人脈と実績を持つメンバーであり、LLA創設過程において最も論争を積み重ねてきた人物である。数人以上の人々が、かつての盟友数人のLLA離脱の責任者としてキクチを挙げている。さらに悪いことに、かつての政治的参考人(旧来の政治家)と協定を結ぶために、リベラルな若者を排除した張本人であるとも指摘されている》とも。
10月22日の大統領選第1回投票で、反米左派の与党連合「祖国のための同盟」が推す現職経済大臣マッサ氏は組織力を発揮して36・68%を得票し、2位で29・98%だったミレイ氏とは差をつけて勝ち、二人が決選投票になだれ込んだ。
負けたのは、3位で中道右派の野党連合「変革のために共に」のパトリシア・ブルリッチ氏(23・83%)だった。これが意味するのは、長年続いてきた「ペロン党対非ペロン党」による選挙の構図の崩壊であり、〝第三の勢力〟の台頭を国民が選んだことだ。それだけ、左右を問わず現在の政治家に対する国民の怒りが蓄積していた。
ここでキャステングボードを握ったのは、3位のブルリッチ氏だ。彼女が付いた側が、決勝戦で勝つことは明らかだからだ。だが第1回投票までの選挙戦で、ミレイが最も激しく攻撃していたのは、与党マッサ勢ではなく、中道右派ブルリッチ勢であった。
ミレイ陣営は右派であり、政治信条が同じ側にあるだけに、ブルリッチ勢には近親憎悪的な攻撃が向かってもおかしくない。しかも「旧来の政治手法」を全否定して、まったく新しい政治を求める若者が、ミレイ勢を支持していたから与党側も野党代表も当然〝敵〟という認識だった。
だが、あれだけミレイ氏から攻撃されていたにも関わらず、ブルリッチ氏は第1回投票直後にミレイ支持を表明した。その数日後に雪崩を打ったように、中道右派の大物マクリ元大統領もミレイを支持すると表明したことで、一気に政局が動いた。どうやら、その裏工作に動いたのがキクチ氏のようにその記事からは読み取れる。
その裏工作によって、ミレイ氏は決選投票で55・69%も獲得し、44・30%だったマッサ氏に大差をつけて勝利した。その陰で、あれだけ嫌っていたはずの「旧来の政治家」と、ミレイ氏が手を組んだことに反発して、多くの若者たちが出て行った。その若者に共感した記者が22年11月26日付ノチィアスサイトの記事を出したようだ。
キクチが今後の政策立案、議会工作のカギか
《中銀廃止、通貨ドル化、臓器売買合法化などの過激なミレイの提案は本当に実現可能なのか?》という真面目な問いがよく見られるが、今までのミレイ氏の行動を見てくると、口だけに終わる可能性を感じる。イデオロギーよりも実利を優先するという、いわゆるプラグマティズムだ。そもそも「無政府資本主義者」と自称するとされるが、それが本当なら権力の最高峰たる大統領を目指す意味はない。
実は若いだけに、本人はけっこう臨機応変であまりこだわる政策がなく、右翼ポピュリスト的な言い分は、旧来の政策との違いを際立たせるための方便である可能性を感じる。政策の方向性が選挙期間中にどんどん変わっていくような性質のものであれば、今後も同様である可能性が高い。
事実、本紙24日付《ミレイ=習近平の祝辞に感謝=中国は両国の関係発展を重視》(7)にもある通り、選挙運動中は「中国と関係を切る」的な発言をしていたが、いざ当選・就任という段階になると、現実的な対応に変わる。
26日(日)、アルゼンチン次期内閣のディアナ・モンディーノ外相はブラジリアで、マウロ・ヴィエイラブラジル外相と3時間にわたる会談を行い、ハビエル・ミレイ次期大統領からルーラ大統領への書簡を手渡した。グローボ紙報道によれば、正式な招待状はアルゼンチン外務省が27~28日の間に送る予定だ。その際、モンディーノ次期外相は《ブラジル大統領が出席してくださることは、私たちにとって喜びであり、名誉なことです》と歓迎の意を表した(8)。
おそらくミレイ氏本人というよりは、キクチ氏のような取り巻きや参謀、そして連立した中道保守勢のような存在が、何をどうしようとしているかによって、物事が動いていくのだろう。ミレイがいくら大統領令を出したところで、連邦議会がそれを承認しなければ政策は実施されないからだ。
20日付BBCワールド(9)は《アルゼンチンの政治学者セルジオ・ベレンシュタイン氏は、「ミレイ氏は、立法府で自身の政策を推進することができないという構造的な弱点を抱えている。そしてアルゼンチンのような連邦国家では州知事の重みが並外れたものだが、同党の州知事は一人もいない」と語る》とかなり弱い立場にあることを強調する。
ミレイ側が連邦議会の過半数を抑えていない現状からすれば、いきなり過激なことを実施するのは不可能であり、そこでのやりとりでは政治的な〝汚れ役〟の出番は多いはずだ。12月10日の大統領就任式までに、キクチ氏は何らかの閣僚に選ばれる可能性すらあるかもしれない。
アルゼンチン国民は過去の悪循環を断ち切る賭けに出た。賭けに勝つか負けるかは、これからだ。隣国国民として温かく「新しい船出」を見守りたい。その歴史的な門出に日系人が関わっていることは、南米らしくて興味深い。
アルゼンチンには南米第3位の日系人口6万人がいるが、かつて閣僚を輩出したことはない。日系人はペルーで大統領を出したことがあるが、アルゼンチンはG20参加国であり、そこで政局を左右する存在に日系人がなったのであれば、南米移民史に残る出来事かもしれない。(深)
(2)https://www.bbc.com/portuguese/articles/c80wr1yew1po
(3)https://www.brasilnippou.com/2023/231122-19brasil.html
(4)https://www.brasilnippou.com/2023/231122-61colonia.html
(5)https://pt.wikipedia.org/wiki/Domingo_Cavallo