小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=74

 頑固である割りに、すぐ自己批判、自己嫌悪に陥る浩二だった。屋外で暁を告げる鶏の声が聞こえる。天井の近くにある鉄窓が白んできた。浩二は一睡もできなかった。いつもの癖の耳鳴りがした。

 有村兄弟と、植民地の男たちの奔走によって、四日目の朝、若者たちは留置所から解放された。警察署長は彼らを見わたしながら、戦時下にあるブラジル側は、君たちにいろいろの制約を課しているが、これはあくまでも国際政治上のかけ引きであって、多国籍人種の混淆するブラジル国民に敵味方はない。この度の事件も戦争と関係ないと信じている。ダミオン一味はもう植民地には侵入しないように言い伝えたし、君たちも騒動をかきたてるような言動は謹んでもらいたい、と一人一人の青年に握手を求めた。
 浩二は帰宅したものの、この数日来の出来事が気持ちを複雑にしていた。山路との口論も嫌なことの一つだった。そのため、日本の戦局がより大きな比重で彼にせまっていた。日本に若しものことがあったら、とする危惧が精神状態を乱し、農作業に気力を無くしていた。
 日独と同盟を結んで英米と戦っていたイタリアは一昨年敗れ、ヨーロッパで血みどろの戦いを展開していたドイツも遂に力尽きた。これから独り日本が、世界を相手にどれだけ戦えるのか。海外に住む日本人は、自分たちが直接参戦できないだけに愛国心はより強く、歯ぎしりをする思いで毎日の戦況に耳を傾けた。と言っても邦字新聞の発行は禁止され、海外からの短波放送を聴くのも禁じられていたのである。要はブラジルの新聞から国際情勢を知れ、ということだったが、英米に加担している敵性国の新聞を信ずるわけにはいかず、日本からの短波放送を隠れて聴いている同胞からの情報が、唯一の頼りであった。ブラジル側の新聞報道とは大きな食い違いがあった。
 これを是正する情報はどこにもない。各自の判断によるより他はなかった。日本は負けそうだと書くブラジルの新聞は信じたくなかった。誰の胸にも日本に勝って欲しいという一心から、祖国からの短波放送にすがらざるを得なかった。
 その年の農作物は順調な成績をあげることができた。植民地ではほとんどの収穫が終り、摘みためた棉の出荷が続いていた。運搬業である有村の仕事もふえてくる。棉花は大袋に詰めても軽いのでトラックの積載量を満たすには荷台の上二、三メートルも積みあげることになる。その上に荷主も乗って町の仲買商人に売りに行くのである。その仲買商は隠れて日本のラジオを聴いている一人で、戦争ニュースを得意先に配っていた。

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