小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=75

 浩二は、ニュースの受信源である短波放送を、一度、自分の耳で確かめたいと望んでいた。ある日の出荷トラックに便乗して町へでかけた。ニュースの受信時間は夜の九時と言うから、その日は町で一泊となる。帰りの便は翌日の夕方までない。大勢の棉摘み人夫を雇っている農繁期に、二日の休暇は贅沢すぎたが、浩二は最近の戦況ニュースにはじっとしていられぬ苛立ちがあったのだ。
 その仲買商は津野という小柄な精悍そうな男で、棉の目方をごまかすと言われていたが、ニュースを聴くために農家の多くは彼の店に生産物を卸していた。古い作りの住宅で、骨董家具類の並んでいる薄暗い居間に五〇センチ大の箱型のラジオが置かれてある。その人目を忍ぶ集まりには十人に近い聴取者がいた。津野は低い声で、
「最近のニュースは、かんばしくありませんぜ」
 と言いながら、ラジオの周波数を合わせている。聴取者といえば、日本の運命を知る手がかりはこのラジオのみにあるといった神妙な顔付きで、隻語も聞きのがすまいと緊張している。やっと周波数の合ったラジオは、途切れがちに、
『……大本営発表のニュースをお伝えします。南方……方面に進駐のわが……部隊は……方面へ転進せるも、……は天誅作戦の一つで、……の敵殲滅に向かっての重大作戦で……』
 と、癇高い声を発してくる。日本軍に不利な報道はなかったが具体的な説明もない。余裕のないがなり声が、聴取者に満足を与えたようでもなかった。しかし、その声が日本との唯一のつながりであると納得せざるを得なかった。

 八月は乾季で、山焼きの季節でもある。日ごと方々で煤煙があがり、何千、何万ヘクタールもの森林が焼け野原と化してゆく。天光は黒煙に遮られ、地には焼け爛れた木の葉が舞い落ちてくる。何ヵ月も雨は降らない。表土は深く乾燥して、種蒔きができない。太陽は輝きのない赤い玉となって煙空に浮遊している。
 植民地の中央に、入植者が共同で造ったグラウンドがあった。集団行動の禁止令で、最近は雑草に覆われていたが、やはり、村人たちは誰言うことなくここに集まってくるのだった。
 毎日、町との間を往復している有村のトラックも、帰路は決まってこの会館を廻り、大本営発表のニュースを配るのだった。笑顔の少ない有村が、ますます渋面を見せるこの頃だった。
 その日、トラックから降りた有村は、居合わせた同胞に言った。

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