世界各国で活躍する日本のビジネスパーソン〈2〉■オーストラリア編■異文化理解マーケティング 日豪つなぐ新進気鋭の起業家=「マーケティングカンパニーdoq創設者」作野善教さん=取材:石井ゆり子(日豪プレス)

 この連載は世界の日系メディアと協力し、各国で活躍する経営者などにインタビューしてお互いに掲載する連載企画。1月はブラジル編、2月はオーストラリア編、3月はアメリカ編、4月はカナダ編の予定。各地で活躍する日本人の今の姿をお届けする(編集部)。

◆プロフィール
さくの よしのり◎兵庫県芦屋市出身。2001年に外資系広告代理店ビーコンコミュニケーションズ入社。2005年に渡米し、米系広告代理店レオ・バーネットのシカゴ本社でAPAC及び欧米市場向けマーケティング立案を経験。その後オーストラリアに拠点を移し、2009年シドニーでdoq(ドック)を創業。2014年クロスカルチャー・マーケティング・エキスパートとしてTEDxTitechに登壇。2019年オーストラリアの移民起業家を称えるエスニック・ビジネス・アワードでファイナリストに選出されたほか、2021年NSW州エキスポート・アワードのクリエティブ産業部門で最優秀企業賞を獲得など受賞多数。著書「クロスカルチャー・マーケティング(宣伝会議出版)」

各界の方々とメディアに掲載される対談なども行う作野さん

 オーストラリア連邦東南部に位置し、同国で最も工業化されたニューサウスウェールズ州(以下、NSW州)の最大都市シドニーで、マーケティング・カンパニーdoqを創業してグループ・マネージング・ディレクターを務める作野善教さん(さくのよしのり、46歳、兵庫県出身)。2009年の創業以来、異なる文化と背景を持つ多様性に富んだチームと共に、開業する前の経歴も含めると20年間で50社以上の越境マーケティング戦略立案を手掛け、日本発ブランドを世界中の消費者に訴求する「クロスカルチャー(異文化理解)・マーケティング」の重要性を唱えます。趣味はサッカー、スキー、旅、食べ歩きという作野さんに、オーストラリアでビジネスを立ち上げた経緯や今後の展望など、話を伺いました。

─オーストラリアに渡った経緯は?
 移住の理由は、ひと言で言うと「家族愛」でしょうか。妻はオーストラリアのパースで育ち、日本で仕事をしていましたが、私が外資系広告代理店ビーコン・コミュニケーションズから、本場の空気に身をおいてみようと親会社であるレオバーネットに転籍するために米国に移る際、彼女は日本での仕事を辞め、何の縁もないシカゴについてきてくれました。その後、彼女がシドニーでのポジションを獲得し、彼女の家族もパースに住んでいたため、今度は私が彼女の気持ちに応えるためにオーストラリアに移住することを選んだのです。

─起業を決断した背景にはどのような思いがあったのですか。
 順調に構築したアメリカでのキャリアを辞め、職もない、コネや友人も全くいないシドニーで、今後自分はどうなるんだろうと考えたこともありました。しかし、せっかく見知らぬ土地に来たのであれば、これまでに培ってきた経験をもとにゼロから新しいチャレンジをしてみようと奮起し、シドニーに来て半年後の2009年6月に自宅のベッドルームからdoqを立ち上げたのです。
 その決断の背景には、私が阪神・淡路大震災の被災者であることが関係しているかもしれません。当時私は高校2年生だったのですが、一夜にして街の景色が変わり、少なくない数の友人・知人を失い、これまで当たり前だと感じていた生活が、決して続くわけではないと知った実体験はいまでも強く心の中に残っています。同時に、いつ途切れるか分からない人生の中で、悔いのないチャレンジをしていこうという私の行動原理となっています。
 幼少から高校卒業までサッカー漬けの生活を送っていた私がそもそも海外での仕事に興味を持った大きなきっかけは、立命館大学在学中に参加した吉本興業のインターンシップ・プログラムでした。業務内容は、外国人アーティストの来日公演を手伝うというものだったのですが、その一連の業務を通じて「日本と世界をつなぐ」ビジネスの面白さを肌で感じました。

doqのオフィスでチームメンバーと

─ビジネスの転換期となったタイミングはありましたか。
 志高く起業したものの、現実にはお金もコネもない。米国でのサラリーマン時代のわずかな貯金も恐ろしいスピードで消えていく状況でした。コーヒー文化が根付くオーストラリアで、一杯のコーヒーを買うのにも躊躇し、コーヒー・マシンを買ってそれを大事に使いながら、しばらくは妻が職場から帰ってくるのを心待ちにするような生活を送っていました。
 そんな状況が2年近く続き、初めて数千万円規模のキャンペーンを受注できたのはオーストラリアにおける訪日プロモーション事業でした。ただ、プロモーションを運営するためにはキャンペーンの核となる大手紙メディアの枠10数ページを先に購入する必要があったのです。預金を切り崩し、当時持っていた個人のクレジットカード3枚の全ての限度額を使い、資金をかき集めました。そのキャンペーンの成功をきっかけに、少しずつ信用と実績を積み上げていくことで、会社は今年で15年目を迎えました。

─仕事をしていて、やりがいを感じるのはどのような時ですか。
 我々が手掛けたソリューション(解決策)によって、クライアントのビジネスが成長を遂げた時です。これ以上にうれしく感じることはないです。また、doqのチームメンバーが、これまで手掛けたことのない仕事に着手できたり、キャリアにおいて次のレベルに達したり、自信を持ってプレゼンをしている姿などを見た時に強くやりがいを感じますね。人を育てること、クライアントのビジネスの成長に貢献すること、その二つに最もやりがいを感じます。

─逆にビジネスをやっていて、大変なこと、苦労することはどのような点ですか。
 やはり人ですかね。チームメンバーの成長はうれしいのですが、せっかく育てた人が辞めてしまったり、思ったように育たない時は、やはり苦労しますね。人間と人間とのやり取りが一番の苦労の種かと、日々経営しながら思います。

─コロナ禍はどのようにビジネスに影響しましたか。
 doqの約3分の1のクライアントはツーリズム関連、特に訪日事業関係なので、コロナ禍中は国境が封じられ、旅行者が行き来できなかった期間が続いたため、それらのクライアントとの予算が縮小、もしくはゼロになり、非常に打撃を受けました。
 ただ、ピンチの中にチャンスがあるというのが私の信条なのですが、ちょうどその間にツーリズム以外のクライアントのポートフォリオ(事業の組み合わせ)が成長し、今ではツーリズム以外のクライアントを軸にビジネスが成り立っているような状態です。その状態の中、コロナも収束を迎え、インターナショナルツーリズムが復活しているところで、弊社の大きな成長期を迎えている状況です。組織としても苦労を乗り越えさらに強くなりました。コロナは非常に大変ではあったのですが、ビジネスにおいては得られたことの方が大きかったのではないかと思います。

2023年6年連続でNSW州エキスポート・アワードのクリエティブ産業部門のファイナリストに選出されたdoq

─最後に、今後ビジネスでチャレンジしたいこと、考えている新たなサービス、展望などをお聞かせください。
 日豪間で最も影響力のあるマーケティング会社として成長を遂げていくこと、そこに対しては最後までやりきるつもりで日々取り組んでいます。私たちもちょうど15年目、まだまだ成長できるエリアが大きくあると思っています。
 考えているサービスとして、ヒューマンセントリック・顧客中心の軸をしっかりと持ちながら、私たちの得意分野であるデジタルを駆使したマーケティングソリューション、PRソリューションを今後、自社の製品を作るなり、プラットフォームを作るなりして、お客様にとっても消費者にとっても効率の良いソリューションを提供することです。
 あと、シドニーにはジャパンタウンが存在しないので、夢というか個人的な目標としては、次世代のジャパンタウンをシドニーに興すこと、同じような志を持った方々と一緒にやっていきたいと思っています。

■基本情報■
 社名:doq Pty Ltd.
 創立:2009年6月
 事業内容:観光、食、文化、映画、製品、サービスまで、日本のありとあらゆるブランドのオセアニア地域を中心としたマーケティング企画立案と実施管理
 所在地:Unit 89/26-32 Pirrama Rd, Pyrmont NSW 2009, Australia
 ウェブ: https://thedoq.com

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