奥原マリオさんと沖縄県人会が政府に謝罪請求
「日本人コミュニティに対する国家的暴力を認める見直し請求が、好意的に判断されるのに十分な要素がある」――本紙が同委員会の元法律補佐官チアゴ・ヴィアナ弁護士(35歳)にメール取材したところ、そんな回答が返ってきた。「恩赦」とは、政治的な判断により、国家や司法が下した刑罰を免除すること。
この「日本人コミュニティの申請」とは、「大戦中に起きた6500人の日本移民サントス強制立ち退き」や、「終戦直後の勝ち組幹部172人のアンシャッタ島監獄収監」などに代表される、政府による日本移民迫害を巡り、奥原マリオさんとブラジル沖縄県人会が連邦政府の恩赦委員会に請求していた「損害賠償を伴わない謝罪請求」(件名番号08000.039749/2015-43)のこと。それに関して、今年再検討される可能性が高まってきたとヴィアナ弁護士は明言した。その一問一答は本文後半で公開する。
前者はサントス強制退去事件を特集した『群星別冊』(日ポ両語、ブラジル沖縄県人移民研究塾、2022年)〈1〉や、ドキュメンタリー映画『オキナワ サントス』(松林要樹監督、2020年)〈2〉に詳しい。この映画はアマゾン・プライム・ビデオで視聴可だ。
後者は『闇の一日』(奥原マリオ純監督、2012年)(3)が詳しく、Youtubeで無料公開されている。戦中の日本移民迫害を記した書籍を刊行した勝ち組系ジャーナリストの岸本昂一氏が政治警察に逮捕されて国外追放裁判にかけられるという迫害を受けた件を描いた連載《『南米の戦野に孤立して』=表現の自由と戦中のトラウマ》(4)にも詳しい。
今回の謝罪請求の前に奥原さんは、2013年10月10日のサンパウロ州真相究明委員会でも連邦レベルの同元委員長ローザ・カルドーゾ弁護士から「真相究明委員会の名において日系コロニアに謝罪する」との声明を引き出していた(5)。その後、奥原さんが恩赦委員会にも2015年12月に提起した。沖縄県人会は2018年4月の定例役員会で支援することを全会一致で決めた。
恩赦委員会は、1946年9月から1988年までの間に迫害された国民への賠償を促進するために、FHC政権が2002年に設立した。主に独裁政権や軍事政権による迫害を検証するもの。
本来なら戦中は対象期間ではないが、ヴァルガス独裁政権と軍事政権をつなぐ期間を「移行期司法」と呼び、政権は変わっても警察などの司法機関からの迫害は変わらなかった実態を調べる研究者が出てきた流れから、特別に奥原さんの申請は認められた。
しかし2019年1月に始まった保守派ボルソナロ政権は軍人を閣僚や官僚に多用することで知られ、移民迫害は軍や官憲が実行機関なので謝罪することに抵抗が強く、却下されることは予想されていた。事実、同委員会は前政権中に法務省から人権・家族・女性省へと移管され、委員長はフラビオ・ボルソナロ上議の政治補佐官になり、委員の多くが軍関係者に入れ替わっていた(6)。
前政権中に7対2で否決された謝罪請求
だが県人会の上原ミウトン定雄会長(当時)、島袋栄喜元会長、宮城あきらブラジル沖縄県人移民塾代表は、奥原さんと共に2019年12月11日にブラジリアに赴き、恩赦委員会の担当弁護士2人に請願書を渡して説明した。通常は15分で終わるはずの面談が2時間も長引くなどの手ごたえを感じていた。
その時に手渡した文書には、《連邦政府は「スパイ通報」という無実の罪を着せられた私たちの先人たちに対し、今日に至るまで謝罪の言葉もなく、無言のままであります。連邦政府は、過去の幾多の困難を克服して、民主主義を標榜する新しい国家建設を目指している今日、過去の歴史を振り返り、汚名を着せられ差別的な人権抑圧を強いられてきた全ての日本人移民・沖縄県移民に対し、その名誉回復に真摯に向き合うべきことを切に思うのであります。私たちは、連邦政府が2度とあのような忌まわしい過ちを繰り返さないために、退去を命じられた沖縄県人移民を含むすべての日本人移民の名誉回復のために政府としての謝罪を強く願い訴えるものであります》と書かれていた。
ところが2022年6月に同委員会では7対2で却下された。奥原さんはその時「普通なら判断が下る前に、委員の前で直接に主張をする機会が設けられるのに何もなかった。いきなり『却下された』と連絡が来た」と悔しそうに語った。
それが2023年1月から始まった第3次ルーラ政権によって、恩赦委員会メンバーの入れ替えが行われ、見直し機運が高まっている。23年1月17日付G1サイト記事(7)によれば、ブラジリア大学(UnB)法学部のエネア・デ・ストゥッツ・エ・アルメイダ教授を新委員長に新メンバー14人が任命され、《その使命は2019年以降の事業における「政治的介入を撤回」し、包括的見直し(reparação integral)の概念を復活させること》と報じられた。
つまり、ボルソナロ政権中に否定された案件の再検討を始める。前政権中の2019年から2022年にかけて恩赦委員会が討議した賠償訴訟4285件の内、4081件(95%)が拒否された。そのうちの一つが日本移民への謝罪請求だ。
ルーラ政権が委員会メンバーと規約を刷新
今政権から復活した「包括的見直し」という方向性とは「独裁政権の暴力などによって被害を受けた集団の精神衛生にも配慮することを重要視し、被害者や家族への金銭的賠償、もしくは政府謝罪」を意味するとされ、ここに日本移民迫害への政府謝罪が含まれるとの期待がある。
2023年3月から恩赦委員会は、特にボルソナロ政権時代に係争中あるいは申請が却下された件に関する再検討を実際に始めた。さらに手続き規則にも重要な変更があり、それまでは個人からの申請しか受け付けなかったが、集団からの申請が可能になった。ただし、集団的申請では経済的賠償はできない。
このメンバー変更と方針転換を受けて昨年9月、奥原マリオさん、沖縄県人会の上原ミルトン定雄元会長、島袋栄喜元会長が、首都ブラジリアで恩赦委員会元法律補佐官のチアゴ・ヴィアナ弁護士と懇談した。
法科修士研究国家評議会(CONPEDI)23年論文集に収録された、アルメイダ教授(委員長)とヴィアナ弁護士らが連名で執筆した「集団的政治的恩赦-ブラジルにおける移行期司法の新たな視点に関する考察」(8)の中では、《集団への政治的恩赦の可能性が(恩赦委員会の)新手続規則に明示されたことで、その実施と司法論議への影響について考える必要が出てきた》と書かれている。
つまり、前政権時代の日本移民迫害に謝罪する審議で否決に賛成が7人、反対が2人いたことに関して、当時は「集団に対する恩赦」には検討対象外であったにも関わらず、謝罪すべき派が2人いたことは、それが新規約として対象に入った現在なおさら再検討に値すると示唆している。
これに関して、奥原マリオさんは「この論文を読んで鳥肌が立った」と語っている。
ヴィアナ弁護士との単独インタビュー
今月から恩赦委員会が毎月開かれるのを受け、ヴィアナ弁護士は今後の見通しを次のように説明した。彼は人権分野で12年の経験を持ち、現在ブラジリア大学で法学博士号を取得するために研究中だ。
記者《恩赦委員会におけるあなたの役割は?》
まず重要なのは、恩赦委員会の任務は恩赦申請を審査し、最終的な意見を発表し、判決を下すこと。またその決定について人権・市民権大臣に助言することである。
私は1年余りの間、恩赦委員会の司法補佐官として、判定会議の開催や事件分析後の手続きを担当する部門にいた。私は2023年の初めに、人権・市民権省が任命した新しい委員会メンバーとともに、連邦政府の前政権において、この委員会を率いた前大臣が恩赦委員会に深刻な攻撃を与えて解体したのを再建する任務を引き継いだ。
《記者》前政権が却下したケースを見直すための内規が、なぜ変更されたのですか?
恩赦委員会は移行期司法も対象にする。これは、権威主義的国家を克服するために、社会が記憶、事実、司法の分野でとるべき措置を見直すためだ。
恩赦委員会の内規に政治的恩赦の概念が盛り込まれたことは、ブラジルでは前例のない措置である。この内規によれば、政治的恩赦の申請は、1946年9月18日から1988年10月5日(法律10.559/2002によって定められた期間)の間に、ブラジル国家側の例外的、制度的、補完的な行為によって、専ら政治的動機の結果として影響を受けた労働者、学生、農民、先住民、LGBTQIA+の人々、キロンボラ・コミュニティ、その他のセグメント、グループ、社会運動を代表する団体、市民社会組織、労働組合によって集団的に行うことができる。
集団的要請は、ブラジル国家による公式謝罪とともに、当該セグメントに対する集団的政治的恩赦を宣言することであるが、これに関する法的規定がないため経済的賠償はない。理想的には、迫害された人々のために経済的な賠償も行われるべきだが、これは法律の改正と、そのような賠償に資金を提供する公的資源の割り当て次第である。
これまで伝統的な司法政策は、農民、先住民、LGBTQIA+の人々、キロンボラのコミュニティなどの社会的セグメントに対する企業と軍事独裁政権の抑圧的な力による迫害を、国家真相究明委員会の最終報告書で、そのような迫害が行われたことを公式に認めてきたにもかかわらず、非常に弱腰な姿勢で扱ってきた。
記者《手続規則の変更において、経済的救済のない集団的訴訟はより重視されるようになったのか? これはどのように決定されたのか?》
集団的政治的恩赦の最初の要請は、2015年6月24日に連邦検察庁(MPF)がクレナク先住民の権利を擁護するために提出した。2015年8月31日、MPFはギラロカ先住民族の権利を擁護するため、政治的恩赦を求める別の要請書を提出した。最後に、2015年11月、映画監督の奥原純氏は、ゼッツリオ・ヴァルガス大統領(1937-1945)およびエウリコ・ドゥトラ大統領(1946-1951年)時代に日系社会が受けた迫害を認識し、象徴的な賠償請求を提出した。これら3件の請求は2021年から2022年にかけて審査されたが、手続き規則にも法律にも規定がなかったため全て却下された。
集団的政治的恩赦という概念を挿入するというアイデアは、これらの事例から生まれた。
記者《あなたは論文の中で日本人コミュニティも取り上げていたが、恩赦委員会は日本移民の主張をどのように見ているのでしょうか、また歴史的公正の追求においてどの程度重要なのか?》
私は、アンシェッタ島矯正院に収監されていた日本人移民に対して、ヴァルガス大統領とドゥトラ大統領という権威主義政府が行った暴力について書いた。これらの囚人たちは虐待、拷問、人種差別を受け、国外追放命令を受けた。これらの残忍な人権侵害は、日本移民がブラジルにとって「黄色い危険」であるという人種差別的イデオロギーに基づいていた。
しかし、当時のアエシオ・デ・ソウザ・メロ・フィーリョ委員は迫害を証明する十分な資料に基づき、これは特別なケースであると主張し、謝罪をすべきとの意見を提出した。採決では、ジョゼ・アウグスト・ダ・ロサ・ヴァレ・マチャド委員も同調したが、少数派であった。
委員会は、申請者である奥原マリオ純氏と沖縄県人会が提出したこの不服申し立てを審査する際に、こうした深刻な人権侵害について裁定を下す機会を持つことになる。研究者であり弁護士である私は、日本人コミュニティに対するこの国家的暴力を認める見直し請求が、好意的に判断されるのに十分な要素があると思う。ブラジル国家による謝罪は、この暴力を象徴的に償うものであり、この事実をブラジル社会に知らしめることで歴史を清算することができるだろう。
記者《3月から集団訴訟の審理が始まる。日本人コミュニティの申請は今年審査されるの?》
審議する事件数の定義は、恩赦委員会の内部で議論され、さまざまな要素が考慮される。4月には、クレナックとギラロカ先住民の事件の控訴審が行われるので、2024年の恩赦委員会本会議で、日本人コミュニティの申請が審査される可能性はあると思う。
◎
恩赦委員会の方は確実に歩みを進めている印象だ。むしろ、日系社会側で大戦に関わる日本移民迫害について、今でも知らない人がいる。もっと日系子孫に向けて積極的に移民史への関心を高める必要性がありそうだ。(深)
(1)https://www.brasilnippou.com/2022/220628-21colonia.html
(3)https://www.youtube.com/watch?v=kbaehRBjQ98
(4)https://www.nikkeyshimbun.jp/?s=表現の自由と戦中のトラウマ
(5)https://www.nikkeyshimbun.jp/rensai/2014-esp/2014rensai-fukasawa2