息子ジョージに接する時の細やかな情感を、自分の父母や夫に対して抱く素振りが全くないのである。こういう情意の使い分けがどうしてできるのか、八重は情が厚いのか薄情なのか解らない。
その頃、八重は田守のパドリニョ(名付け親)にあたるダニエルというポルトガル人の土地を借りて棉作りをしていた。ダニエルの指導を受けながらよく働き、田守を何不自由なく学校に通わせていた。まだ若い八重が、ダニエルやその他の人々の勧める縁談に、耳をかすこともなく黙々と働く姿は美しかった。事実、八重は美人であった。ある気品を備えていた。田守は学校の休日や日曜日がくると、時どき早く起きて野良仕事を手伝った。八重は、
「お前のその几帳面なところ、四角四面なところが、おじいちゃんにそっくりだ。だけどね、男の子はもっと自由奔放にサッカーなり野球なりをやって志気を養うのがいいのよ。お前の学資ぐらいはお母ちゃんが稼げるから……」
と言って、田守が彼自身の生い立ちに触れない限り、八重は天使のようだった。級友の中にも父なし子は幾人かいた。しかし彼らの父や母は離縁とか死亡とか、その理由がはっきりしているだけに内にこもるものがなく、明るく登校していた。
田守の場合は違っていた。父親に思いを馳せると居たたまれなくなり、勉強にも力が入らなかった。何とかして訊き出そうとするのだが、その度に八重の顔は曇った。そういう鬱屈した日を重ねつつも、やがて、中学校を卒えることができた。
卒業式に参列した八重は、嬉し泣きに泣きながら田守を抱擁した。田舎町の中学校での質素な式典が済むと、八重は珍しく、修業のプレゼントだからと言って、タクシーを停めた。車中で、ずっと泣いていた。家に帰り着いても泣きやまない。
「泣いてばかりいて、どうしたんだよ」
田守は母に尋ねた。
「嬉しいのよ。そして悲しいの」
「どうして悲しいんだよ」
「いつか本当のことを話そうと思いながら、今日までお前をだまし続けたことが悲しいのよ。お前も心で苦しんでいたことをお母さんは知っている。もう子供ではないんだから、卒業したら説明してあげようと決心してはいたものの、それを話すことは、お母さん、死ぬほど辛いの」
「だったら言わなければいいじゃないか」