フィエスタは国民が払う
ラテンアメリカでは大騒ぎすることを「Fiesta」フィエスタといいます。それはときには楽しいパーティーのことを指し、パーティーの費用をどのように払いますかという意味で「¿Quién paga la fiesta?」とよくスペイン語で表現します。
去る5月4日、土曜日の人気番組「ミルタと夕食を」に招待された大統領府官房スポークスマンであるマヌエル・アドルニ氏は「(残念ながら)フィエスタは国民が払う」と言及しました。
この番組は豪華な食事をとりながら、その時期の時の人が招待され、アルゼンチンの黒柳徹子さんのような現在テレビ歴80年の司会者ミルタ・レグランが国民を代弁して質問し、対談をする番組です。
公共機関の閉鎖や規模の縮小の波
折しもアルゼンチンは新政権のミレイ大統領がスローガンとして掲げる「No hay plata」(金がない)に端を発し、公共交通機関の値上げ、即ち交通機関への補助金削減、国立対差別研究機関(INADI)などの公共機関の閉鎖、国立社会保障局(ANSES)や国立映画機関(INCAA)の一部機能の閉鎖、科学技術者(CONICET)の解雇や補助金削減による公共支出の削減を行っています。
そのため、組合を中心にストやデモが組織されています。特に助成金の使用用途の明確化への回答をしないがために助成金削減を宣言された国立大学においては、約10万人の国立ブエノスアイレス大学学生を中心に、それを支持する他大学生並びに卒業生のデモが去る4月23日にこれまでにない大きな規模で実施されました。一方で教員への研究費などを削減する給与関係の教職員ストは3月から繰り返し実施されています。
無料の公立病院の現状
公共機関は年々肥大化し、その維持費だけでも大きな国庫支出です。アルゼンチンではhospitalと呼ばれる国公立病院はどんな人にも無料で応対してきました。しかしながら全国で初めて北西部サルタ州では3月から外国人への医療行為を有料にしました。
一カ月経ちオラン市では月3千人受診だったのが60人になり、州全体では90%減になりました。在住外国人や人道的緊急医療はこれに該当しません。受診者数の多さは、隣接国からワクチン予防接種や出産などの医療目当てに到来する人々が後を絶たないことが原因です。
続いて南部パタゴニアのサンタクルス州でも外国人有償化が決定されました。ほかにネウケンやコリエンテス州が続く予定です。
公教育の現状
アルゼンチンは公教育も長年にわたり無料であり、高等教育機関も無償です。
国立ブエノスアイレス大学に入学試験は特になく、高校を卒業していることが条件です。教養学部機関がいわば突破口となり、これを乗り越えないと学部の授業が受けられません。なお、大学にも近隣諸国からの外国人が多く、推定10万人の在学生中ブラジル出身者は1万人とも2万人ともいわれています。
特に医学部はボリビア人、パラグアイ人を中心に人気のある課程です。国立ブエノスアイレス大学はレベルが高いことで有名ですし、近年下降中とはいえ、世界トップ100大学に常に位置し、しかも無償なのですから人気は高まる訳です。
公教育の校舎では時に、停電や断水があり、インターネットのつながりが悪かったり、暖房がきいてなかったり(冷房はもともとありませんが)、機器や機材が十分ではありません。教室によっては先着順で席が足りないことが多く、一方で教員の欠席率も高く、休講も多くなります。それらを乗り越えて、学業を修める優秀かつ根気のある卒業生が輩出されています。
教育は国家としては支出というよりも、むしろ投資ですから補助金削減はあってはならないことではあります。ただ、その補助金の内訳が不透明であり、また現実には各種省庁の予算や政治家への資金補填の隠れ蓑になっていることが指摘されています。そのために内訳を請求され、今度は大学の自治を盾に開示する必要がないと主張し、補助金削減反対とデモをするのは、本末転倒だと思わざるを得ません。
小口会計はコオペラドラと呼ばれる義務でない協力券が発行されますが、年間200%のインフレでは自転車操業です。逆にきちんとした予算案でさらに請求するのが望ましいと思われます。
公共交通機関の値上げの現実
公共交通機関の料金据え置きは国庫には大きな問題となっています。
特にコロナ禍での状況は仕方がないとはいえ、多くの負債をもたらしました。2020年のバスや地下鉄の料金は20ペソでした。しかしながらこの時期為替は1ドル50ペソから2022年までに100ペソと推移しました。それでもバス代はそのまま20ペソでした。それから少しずつ上がり、昨年2023年にバス代はようやく100ペソほどになりました。アルゼンチンの身分証明書(IDカード)を持っている人は、3月までにSUBE(メトロやバスの乗車磁気カード)に登録していれば270ペソで乗車できますが、もっていない外国人などは500ペソ近くを払うことになります。
地下鉄は5月1日からの値上げが10日からと延期になり、現在の125から574ペソに、そして、6月には667ペソへと段階を経て値上がりします。なお、バスも地下鉄も実際には800から1000ペソほどのコストであるので、結局政府からの補助金も得て、この料金で抑えられているのです。
一方で為替は昨年まで中央銀行の統制で300から400ペソで抑えられてきましたが、ブルーと言われる非公式為替が横行し、現実的には2023年11月には1000ペソまで達し、経済にも歪みが生じています。12月からの新政権では実質為替レートと近づけるため800ペソとしましたが、現在890ペソにまで達しています。ブルーレートは1000ペソ前後に推移しています。
このため今まで抑えられていた物価は上昇しましたので外国観光客からはうまみが減ったと言われています。現実には2023年末で年間200%以上のインフレが12月は25%、3月では11%となり、4月には一桁となる見込みで、沈静化しつつあります。
公共交通機関にはもちろん社会福祉料金、学生料金なども存在します。通勤時間の大混雑でサービスがよくないのに値上げすると言われますが、投資に回せないレベルの価格設定であるのが現状で、政府はまずは減便を行う対策をとっているので、さらに混雑が生じ、国民の不満も高まっています。
「ミルタと夕食を」の会話
前政府の行ってきたことから現政府へ
これまで見てきた国民に必須のサービス以外に前政府以前から社会福祉に向けた配当金が正常に使われていない状態が指摘されています。
たとえば小学校へ通うための制服である白衣を縫製し、支給する社会団体への資金援助や、子ども食堂への食材購入支援など仕入れ価格が市場価格を上回る金額で支出されているのにもかかわらず、実際は白衣が子どもたちのところに届いていなかったり、食料の品質に問題があったりという事実が少しずつ明るみにされています。
「ミルタと夕食を」に同席した長年大統領府記者を務めるリリアナ・フランコ氏は、ミレイを政治のアウトサイダーと評し、さらに同ジャーナリストのルイス・ガスジャ氏も現在の物価高に比べ、賃金上昇が追いつかないことを鋭く指摘しました。
中心となる司会のミルタ氏は涙を浮かべながら人々が幸せにすごすことができるように対応を改善してほしいと、こんな状況では人々が食べることすらできないと訴えました。
政府スポークスマンのアドルニ氏は一貫してアルゼンチンの今までの官僚主義を調整し、悪いニュースではあっても事実を明確に伝えることが重要であることを強調しました。
そしてこれまでの政治によるばら撒き政策など手厚い補助金に見えていたことのツケは、実際は「フィエスタは国民が払う」と説明し、この税金を有効に活用し、現在の国民の45%が貧困であり、ホームレスや毎日食事ができない子供たちの数を減らしたいという政府の意向と並び、インフレを抑え、投資を呼び込み、教育の質も向上させたいという方針に言及しました。
痛みのない政治経済改革はない
まずはツケを払ってから
各種市民サービスの様々な面を概観しましたが、痛みのない政治経済改革はなく、現政府はこの苦しみを乗り越えてアルゼンチンを正常な状態に近づけたい意向です。要は今までのツケが今回ってきていることなので、アドルニ氏は政治のミッションは中小企業経営から学ぶべきところがあると付け加えました。
なお、5月6日は交通機関ストが実施され、5月9日はゼネストが決行予定で、ストやデモのカレンダーはこれからまだまだ予定が書き加えられる見込みです。
(5月8日 記 相川知子)