意外に高齢化が進んでいる現実
サンパウロに住み始めてしばらく経ったころ、毛利ペドロさんという、本年を以って満90歳になられる賢老からお電話を頂いた。「あなたと『姓』が同じなので、兄弟ですかと尋ねられるんです」ということからお付き合いが始まり、サンパウロでの暮らし方や人生指南をたくさんご教授頂いている。現在はアチバイア在住で、娘さんと同居し、ご夫妻は悠々自適の生活を満喫。理想的な高齢者生活を送られていると羨ましいことこの上ない。
ブラジル日系社会の高齢者は長命な方が多く、健康でしかも健啖家揃いである。それぞれが大いに我が人生満足という自信に満ちた余生を楽しんでいる。
サンパウロでは、まだまだ若い人の姿を多く見かけるので、この国では高齢社会は先の話と思いきや意外に、急速に少子高齢化が進んでいるようだ。ブラジルの国際的なイメージは「若くて活気のある国」だが、実際には、65歳以上の人口は2022年には2220万人に達したという。
早速、ブラジルの高齢者対策についていくつかの研究機関の調査を確かめてみた。
高齢者が都市に住みたがる理由
高齢者人口の都市化は2018年には約85・6%(IBGE)増加が進む傾向が示されており、内訳は、農村部では高齢男性の割合が高く、都市部では高齢女性の割合が高い。都市に住む高齢女性で、特に独身者や未亡人の場合は、家族縁者が近くにいること、医療サービス、その他の娯楽施設のサービスが受けやすいというのが主な理由である。
都市では、電化製品、携帯電話、テレビやパソコン使用などの物理的インフラが充実していること。交友関係が活発で、経済的支援や緊急対応サービス。心血管疾患や緊急移動、日常生活で起きる事故、ケガなどの健康上の問題に直面した時の速やかな処置ができるといった利点が多い。
その上、高齢者の権利として、公衆衛生ネットワークを通じて総合的な医療が受けられる。治療後には、義足、車椅子、眼鏡、補聴器などが提供されること。公共および民間の施設で優先的に治療を受けられる、といった様々な設備が充実しているのである。(https://agenciadenoticias.ibge.gov.br2023/11/18)
高齢者の死亡率と虐待被害
ブラジルの男女別高齢者の死亡率は男性が高い。それは、主に冠動脈アテローム性動脈硬化症の合併症、殺人、交通事故、アルコールや何らかの精神疾患を抱え、行動的障害、肝臓を中心とした消化器系の疾患が原因の死である。長生きしたとしても肝硬変、アルコール、薬物依存のために生活の質は非常に悪く、家族の介護負担が深刻になる。
高齢者虐待は、「身体的虐待、心理的虐待、性的虐待、経済的虐待、ネグレクト(介護放棄)」の五つのカテゴリーがあり、ブラジルの高齢者への暴力は蔓延していることが、長年の研究で明らかであるが、その調査報告、統計等は不十分である。法律では、高齢者虐待には通知が義務付けられているが、報告されるケースはわずかで、現状が見えにくいことから、予防措置が取りにくい。
その理由は、高齢者虐待は家庭的背景、相互の金銭的価値観のギャップ、その他の複雑な要因があり、非常にデリケートな問題で、長期的、短期的に虐待が続いていることが推測されるが、外部からの介入は困難なことから、状況に合わせて常に可能な対処策を講じなければならない。
誰が暴力的虐待をするのか
家庭では、家族や親戚、隣人が虐待の加害者となるため、高齢者の身体的、心理的健康を損なっている。家庭内介護は「親孝行」という伝統的な文化的理念が根付いているため、成人した子・孫が年老いた親の世話をすることが求められる。しかし、現代のように家族の絆が薄れつつある世代では、長い介護などで疲労し、危険な暴力に走るようになる。
老人ホームあるいは介護施設内で起きる虐待は複数の職員に依る、さまざまな種類の虐待が繰り返される。
施設内などでの虐待に至る要素は、
(1)高齢被害者の身分の特徴として、被害者の性別、人種や民族の違い、低所得・低い社会的身分など。介護される側の被害者の反抗的態度や、職員に対するとめどない暴言など。
(2)家族、友人、隣人など身内の間で起きる虐待は、多くの理由は被害者の財産、経済的依存度が強く、相応の報酬、貯金等を委託しないことへの不満など、潜在的に感情的対立が続くことにより、些細なことから虐待が誘引される。(MDPI geriatrics、https://www.mdpi.com)
高齢者の代表的病というと「認知症」
高齢になると、本人も家族もともに苦しむのが、「認知症」である。日本の医師が認知症と呼ぶものは、高齢になると多くなる症状として自然なことだが、人生のどの時点でも発症する可能性がある病気という。
人間の脳は老人になっても大病をしなければ、「生きているため」の脳によって生存維持が保証される。一方、たくましく生きる人間的行動を展開するための「生きてゆくため」の脳は極めて複雑巧妙、精巧に作られているため、認知症の兆候が表れ始めたとしても、本人も周りも過剰に悲嘆することはない、とは専門医の見解である。
ブラジル高齢者の認知症の場合
ブラジルの高齢化による認知症人口も急速に進んでいると、神経学、老人医学、精神衛生の専門家グループの調査結果で分かった。
その報告によると現在、60歳以上の少なくとも176万人のブラジル人が認知症を患っている。実態としての割合はまだまだ不明で、糖尿病、高血圧、肥満の治療や指導、管理が不十分であること。それが認知症状を引き起こす要因となるため、潜伏患者数は大多数に及んでいるのは間違いないが、公的な調査さえされていない。
高齢者への医療サービスも行き渡らず、多数の高齢者が必要な治療を受けていないことになる。そのような現状を踏まえて、推定では10年後には278万人、2050年までに550万人以上に達するであろうと、予測されている。(https://revistapesquisa.fapesp.br)
ブラジル高齢者社会の挑戦
社会・人口・自然研究所 (ISPN、www.ispn.org.br)の創設者ドナルド・ソーヤー氏が、2019年に発表した「ブラジル高齢者社会の挑戦」には興味深い実態が報告されている。その中から、とりわけ興味深く思われた点を要約し、次のように紹介したい。
大多数の貧しい高齢者たち
サンパウロの路上で年金も貯金もない老人たちが、水やジュースを売って生計を立てようとしていた映像がテレビで放映され、高齢者の不安定な生活が注目を集めた。中産階級では、昔は珍しかった祖父母同居も普通になりつつあり、合わせて年老いた両親や義父母の訪問や介護にかなりの時間とお金を費やしている。ブラジルは、高齢者数の増加に伴い、家族や地域社会、政府にとって前例のない新たな挑戦が始まっているのだ。
最高の治療や介護が受けられる富裕層は少数で、論外である。
1970年代以降、あらゆる所得レベルで出生率が低下したため、高齢の親の世話をする子供が少なくなった。さらに、若い世代の多くは外国や都市に移住し、両親は貧しい農村部に残される。その介護は、親せきや近隣の人に委ねられる。
若い世代の親は、我が子のための高額な教育費や安全に対する懸念から、車で子供の送迎をしなければならない。日常経費は高騰する一方で、親の介護のための経済的余裕は無い。
介護は同居、施設、それとも独居か
ブラジルでも日本と同様に、年金財政が不安定化する「世代間扶養」の問題が深刻である。「世代間扶養」とは、現役世代が納める保険料によってその時点での高齢者への年金給付を賄うという仕組み、ブラジルでも扶養者が少なく、増大する受給者への給付が追い付かないということである。
1980年代の医療改革以来の政府の公式政策にもかかわらず、ブラジルの国営社会化医療制度(SUS、Sistema Único de Saúde)はすべての国民に十分な医療を提供できていない。当該医療施設はどこも長い行列を為し、医師もベッドも不足している。
民間の医療プランは、特に高齢者にとって非常に高額であり、新しいプランはもはや個人向けレベルではなく、ほとんどの人にとってそれらに加入する余裕はない。
ブラジルでは人件費は比較的安いが、個人の在宅介護の場合は、特に就労者への労働法が厳しく適用され、30日間の休暇、13カ月分の賃金、社会保障、退職金、その他の手当の支払い義務が課せられているため高額である。そのため、高齢者の中には3人以上の介護者が必要な場合もあるというのだ。
多くの場合、高齢者は生涯にわたる貯蓄や財産を保有している。それはかつては子や孫、ひ孫への相続財産となり、教育資金としての目的であったが、現在では医師、薬、介護者のために費やされているのが実態だ。
都市部の高齢者は、庭のある家ではなくアパートに住む人が増えている。木、花、果物、水、景色などの自然との触れ合いが不足する。路上での盗難や暴力のリスクの不安症は著しく、以前よりも家に留まり、テレビやゲーム、読書などで時間を潰し、急速に足腰が弱り、身体能力が低下する。
そういう日課は寝たきり状態を早め、高齢者は自分が役立たずになったと、家族の顔色に一喜一憂するようになる。そのような悪循環で、生活の質が悪化するといった状況である。
さらに大きな課題として、高齢者のペットの問題がある。ペットも長生きするので介護が必要となるため、高齢者自身の散歩等の移動が制限され、ますます自宅から出る機会が減ることになる。
ソーヤー氏の未来構想
一つは、高齢者による高齢者のためのボランティア活動の促進である。その知識と経験は、正規雇用ではなく、自由に好きな時に働くことを目標とする。
高齢者の共同住宅の建設。それによって、互いに交流する機会が増え、見守り助け合うことができる。
ブラジルはすでに、銀行、店舗、空港の列に優先的に並ぶ法的権利があり、一部の交通機関は無料で、医療や医薬品の割引もある。
社会の総体的な向上としては、より多くの若者が仕事に就き、納税し、社会保障に貢献することが重要となるだろう。文化的な観点から言えば、高齢者の過去の業績と現在への貢献がもっと評価されるべきである。特効薬はないが、現在の高齢者の生活を改善する計画は、続く世代に貢献することになるのである。
高齢者の幸せな余生のための実践課題
日本の場合、人生百年時代の働き方・活躍の仕方として「生計就労~生きがい就労」の実現を目指している。「65歳までは生計のための就労(=生計就労)に勤め、その後は85歳くらいまで、生きがいのための就労(=生きがい就労)に従事する」を推進している。
「生きがい就労」とは、週2~3日、1日2~3時間くらいの軽度な仕事である。活躍場所は子育てや福祉などマンパワーが不足している領域や、観光や物づくりなど地域活性化強化のためにマンパワーが必要な領域など、高齢者の力を活かしていくことを目標とし、地域にとっても高齢者にとっても有益な事業である。
世界的に百歳人口が増える中、高齢者は現状を悲観したり、生きている限り家族や政府に面倒を見てもらえると期待すべきではない。高齢化社会では、個人が中年期から老後への備えを始める必要性を腹に据えて、それぞれが自分らしい老後生活に向けて取り組んでいかねばならないことを、これらの報告書から学ぶのである。
【参考資料】
(1)https://revista.drclas.harvard.edu
(2)ドナルド・ソーヤー著『金持ちになる前に老いること』2019年