小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=148

「あいつの良心に任せよう」
「あいつが、良心なんて持ってやしないさ」
「まあ、いいではないか。《往く者は追わず、来る者は拒まず》と言う」
 田守は太っ腹を見せて笑った。多少こだわることがあっても直ぐに豪放な気分に切り換える処世術を心得ていた。
「田守はお人好しだが、損ばかりしている」
「その通りだ。さもなけりゃ、俺はもっと別な道を歩んでいた筈だ」
「……」
「ときにお前、あの男とはどう知り合ったのだ。あんな残虐なことをやってのける奴 ……」
 田守はジュアレースに訊いた。
「俺が仕事にあぶれ、バイア州からこのマット・グロッソ州に流れてきて、アギアル耕地で棉摘み人夫に雇われた頃、よく遊びにくる男がいた。それがジョンだったんだ。彼は近くのアラプアン市街地で井戸掘りをやっていた。
 耕地にヌイナという十三、四歳の可愛い娘がいたんだ。モレーナ(半黒人)で、顔の彫りが深く気立てが優しかった。
 話によれば、その娘の母親は耕主の家で働いていた下女で、父無し子を身籠っていた。耕主は、当初ぼやいていたが、生まれた女児ヌイナをいたく可愛がって養育したので、あれはアギアルのおとし胤に相違ない、などと噂されていた。
 後日、ジョンはその娘に眼をつけて、日曜ごとに通ってきていたが、本人もその母親もジョンを気に入っていないようだった。
 そのヌイナが白い布で頬を包み、麦藁帽子をかぶってセルタネージャ(奥地民謡)を唄いながら、いつも俺の前で棉 を摘んでいた。その歌声は何とも言えず素朴で、俺は聴くたびに彼女に魅せられていった。
 ヌイナは棉摘みにも慣れていていつも俺の先を進んでいた。そして、時どき俺の方を 振り返っては含み笑いをして見せた。それがまた世にも美しい媚に見えてな……」
「それで、どうしたんだ。もったいぶるなよ」
「俺は彼女が好きになった。汗ばんだ体臭がたまらなかったし、棉花倉庫での袋詰め作業で、その髪の毛に触れたりすると、抱き締めたい欲望で心が乱れた。彼女も俺を想ってくれていたのか、アギアル耕主に頼んで、俺に洗礼を受けないかと勧めた。ところが、除け者にされて逆上したジョンの奴、俺が彼女と深入りし結婚でもしたら、射ち殺してやる、などと脅かすんだ」
「少女を連れて逃げればよかった」
「パトロンの娘、という引け目があってな」

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