小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=149

「お前も意外と常識人だったんだな。ジョンの方が一枚上か」
「あ奴の遣り方は、狂気の沙汰だ」
「以前の話のタニアとかいう娘とは違うのか」
「別だ。タニアのことは、この前ジョンの口から聞いた通りさ」
「それでお前、ヌイナとはどうしたんだ」
「ジョンが、たんまり出すから井戸掘りを手伝えというので耕地を去った。後のことは知らん。ジョンがものにできなかったのは確かだ」
 
 ジョンはその日、夜が更けても帰らなかった。二日、三日と過ぎた。もはや彼は、アラポアンやカラムルには義理にも行けない筈だ。としたら何処へ行きやがったんだろう。田守は舌打ちした。いやもう、そんなこと詮索なぞしなくてもいい。妙な因縁で引っ張り込まれ、一時、協力してはいたものの、内心では警戒していた男だ。消えてくれた方がむしろ開放感があった。
 その週、田守はジュアレースと二人で、数粒の原石を見つけた。当分食い扶持のある田守はその全部をジュアレースに渡してやった。歓び勇み、来週はもっと工夫して探し掘りしようとも言ってくれた。が、様子がどことなくそわそわし、その《石》をしきりに換金したがった。
「田守よ、やっぱり俺は、ジョンを探してくる。あの男なぞどうでもいいが、車を取り返さないと不便だしな。それに、アギアル耕地攻撃の報酬の分け前を請求したい」
「計画的に逃げたのなら、お前の力じゃビタ一文取れやしないぞ」
「相手にも弱点があるさ。警察に訴えると脅せば、幾分出す筈だ。野郎、きっとタニアの所にしけこんでいるに違いない」
「あの女の件は、父親の農牧主から猛反対にされているのに、どうして彼女の許へ行けるんだ」
「それがだよ、タニアは他の男と結婚したんだ。ところが、生娘でないことがばれて離縁された。その成れの果ては、巷の娼婦に落ちたんだ」
「下衆い話ばかりだな」
「それで、俺、明朝のバスで、行きたいんだが」
「バス停まで十キロもあると言うじゃないか」
「平気さ、十キロぐらい」
 この男も消える気だな、と田守は読んだ。小粒の《石》をポケットにすると、もはや落ち着きは失せた。出奔と解れば、説得も無駄だ。勝手にさせる以外にない。

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