小説=流氓=薄倖移民の痛恨歌=矢嶋健介 著=151

(十一)
 
 田守がこの地に住みついて二年ほど過ぎた。
 ある時、ひょっこりやってきた男は、去る日、妙な口実を設けて失踪したジュアレースだ。
「何だお前か。出戻りという訳じゃあるまい」
 半ズボン一枚で半裸の田守は、ジュアレースの手を強く握り、左手で相手の肩を力一杯叩いて、屋内に招いた。
「田守よ、お前、こんな一軒家に何年も住んでいるとは、全く根気のいい男だな」
「ものは考えようで、ここは天国だよ。誰も俺の生活を干渉する奴もいないし、物慾に捕われることもない。俺は、この一見不便な生き方こそ、純粋なりと自分で決めているんだ」
「持ち前の、相変わらず難しい話だな。俺はあの日、お前のお陰で、この鉱山を降りて現金を手にできた。その金を元に色気を出して、あれこれ手を染めてみたが、総て失敗に帰した。お前が待つと言った上等のピンガも、今日まで、持ち帰れなかった。二年の月日だ。ところで、その永い間に、ここへ、来客なぞは無かったのかね」
「いや、それが一度あったのだ。先々月だ。日本の大学の考古学者たちが訪れた。通訳を加えた四名は、黄金都市の遺跡探求に憑かれたイギリスの探検家父子の失跡地点を踏査する途次、ジープでここへ迷い込み、この山小屋に二泊してくれた。リオ・デ・ジャネイロの国立図書館で奇しくも知った、日本人ドキュメンタリー作家が、長期滞在の土地勘を活かして、一団の車輌ドライバーと通訳を兼ねていた。クラウディァ郡管轄を拠点に、シングー河の源流へ向かう計画だと言った。俺も協力してもよかったのだが、案内役作家の溢れるバイタリティーを見て、その必要なしとした」
「それは興味深い来訪者だったな。その後日談をぜひとも知りたいものだ。ときに田守よ、最近、お前はダイヤモンド鉱脈を掘り当てたらしいな。アラポアン周辺の、その筋の風聞だ。前大統領に似た髯面のジャポネース(日本人)と謂えば、田守、お前以外にいない」
「つまらん判断をする奴もいるんだな」
 田守は笑いながら、棚から酒瓶を取り、二つのコップに琥珀色のピンガを注いだ。二人は再会を祝して、コップを合わせた。
「このランビキ酒は、知り合いの工場主から特製の品を分けてもらったものだ」
 ジュアレースは舌の先で味を利いてから、肯き、一気に流し込んだ。

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